≪(ユング研究所での試験のときのこと)夢の分析を受けていたときにカラスの頭に宝物みたいなものが載っている夢が出てきたんです。ところが、どう考えても脈絡がつかないわけです。それでぼくはカラスについていろいろと調べたんですが、それでも何も思い当たらない。 そのうちに、昔話の大家フォン・フランツ女史の試験があって、その昔話の試験問題にカラスが登場したんです。ぼくはカラスについて調べていたので「当たり!」(笑)というようなもので、ぺらぺらしゃべるわけ。それでほめられたんですが、彼女が僕が日本人だから日本の伝説を持ち出してくるんです。太陽が九つ出て明るすぎるというので弓で射て一つだけを残すという話なんですが、その太陽は実はカラスなんですね。カラスというのは太陽のシンボルと結びつきやすいんです。それでものすごく感激しましてね。ユングはシンクロニシティということをよく言うんです。「共時性」と訳していますけれども、つまり意味ある偶然の一致ですね。ぼくのこの体験は本当の意味ある偶然の一致でしょう。夢に出てきて調べてその次に試験ですから。ただ、ぼくは合理精神が強いからまあこんなこともあるわという程度で、共時性というのを簡単に認めたくない。それにこんなことがありましたといえば、ユング派の連中が喜ぶのが分かっているので、絶対言うまいと黙っていたんです。ところがその後フォン・フランツを図書館で待っていたとき、何気なく本を開いたら、それが中国のことを書いた本で、なんと太陽にカラスが描かれていて、それを打っている絵がパッと出てきた。ものすごくびっくりしましてね。そしてもっと傑作なことに「It is true,but pity you have said it.(それは真実だ。しかし言ったことは残念だ)」という文が書いてあるんです。これにはますます驚き入りました。それで、女史に言おうか言うまいか、ものすごく迷い、とうとう手紙に書くんです。こういうことを言うのは僕の趣味に合わない。真実であればあるほど言わないというのが東洋人の考えで、中国の言葉にもそうあった。しかし、ぼくはあったことはあったこととして、ともかくあえて言うことに意味があるんじゃないかと書いたんです。女史はすごく喜んでくれましたけれど、あれは面白い体験でした。≫『魂にメスはいらない ユング心理学講義』 -意味ある偶然の一致-より)
・・・これ、ですね。 「It is true,but pity you have said it.(それは真実だ。しかし言ったことは残念だ)」河合さんが偶然引き当てた文章はおそらくこのあたりでしょう。「言うものは知らず、知る者は言わず」ですよ。
ユングの思想に「道(Tao)」に強い関連性があり、河合さん自身も、ドイツ語版とスイス語版で『老子』を勉強したと告白しています。ユング研究所の研究者達が当然のように『老子』を持っていたとか、『影の現象学』で『荘子』が引用されていたりするというだけでも、なんとなくは分かると思うんですけども・・・・ま、黒船来航で有名なペリーの孫ジョン・ペリー(John Weir Perry (1914-1998))がユンギアンでタオイストだという話は、単純に面白いと思います(笑)。