October 26, 2009
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 受話器から聞こえてきたのは、聞き覚えのない女性の声だった。
「はい、そうですが…」
 振り込め詐欺じゃないにしても、また子供の塾や通信学習の勧誘か、化粧品や下着のセールスの電話、多分そんなところだろうと思って、少しうんざりした。でもそのいずれでもなく、電話は思いもよらぬところからかけられていた。
「失礼ですが高井麻実さんですね? 突然の電話ですみません。私、お父様の谷山輝義さんが入院している瀬賀浦中央病院、第二病棟の看護師長で荒木と申します」
 女性らしいとても柔らかな声だったが、何があっても芯がぶれるようなことのない、凛とした雰囲気が受話器から伝わってきた。
 けれどそう名乗られた途端、私の方はかなり大きく動揺した。父に何かあったのか? だとしてもなぜ付き添っているはずの母からではなく、遠く離れた愛媛で暮らす私のところに病院から電話が?
 難解なユークリッド幾何学と温かいココアがもたらしたまどろみは一気に吹き飛び、急に目覚めたシナプスが頭の中でスパークした。
 父は五年前に肺ガンの手術をした。その後は何事もなく順調な生活を送っていたが、今年になって正月明けに体調を崩し、病院に行ってみたところ肺に影があると言われて入院した。肺ガンの再発だった。
 母からその話を聞いた時はかなり驚いたが、母は普段の他愛ないおしゃべりと同じトーンで話していた。
「たいしたことはないのよ。影はかなり小さいし、治療のために毎日病院通いするのは面倒だってお父さんが言うから入院にすることになったようなもので、何の心配もいらないからね。慌てて飛んで来るような状態ではないから。ただ入院したことは、麻実にも知らせておこうと思って」
「ふうん、そうかぁ。子供たちの学校のこともあるし、すぐにじゃなくていいのなら、時期をみてそのうち一度顔を見に行くよ」
「気の弱いお父さんのことだから、お見舞いなんかに来られたら、俺もいよいよ駄目なのか、とか余計な心配するだろうから来なくったっていいわよ。春休みになる頃には元気になっているだろうから、その頃みんなで遊びにおいで」
 母にそう言われて、かなり気楽に構えていた。つい先日も母と電話で話したばかりで、その時も特に問題はないと言っていたのに。
 困惑する私に、予想だにしてなかったことが告げられた。
「お母さまが入院されたのをご存じですか?」
 耳を疑った。母が入院? それは青天の霹靂だった。
 昨夜遅く母は自宅で倒れ、父が入院している病院とは別の病院に救急車で運ばれ、そのまま入院しているというのだ。
 もしや…と、不安で胸がいっぱいになる。母も四年前に大腸ガンを患い、手術をしている。どうか再発ではありませんようにと、願わずにはいられなかった。
「お母様の病状について、こちらでは詳しいことは分かりません。お父様もとても心配されています。それとご自宅に一人でいらっしゃる高井さんの弟さんのことも、とても心配されていて…」
 混乱する頭に追い打ちをかけるように衝撃が走る。そうだ孝之は? 孝之も相当なショックを受けているはず。弟の孝之は長いこと心の病を患っている。この数年間にあった両親の入院や手術も、孝之には耐えがたい重圧となり、そのたびに調子を悪くしていた。なのに、また。それも今度は二人とも同時に入院してしまうなんて…。
 頭の中でシナプスが激しく火花を散らし、私の頭はショートした。
 何があったのか事実は分かったものの、それでもなお、今何が起きているのかを把握しきれない。
「ご連絡、ありがとうございました」
 それだけ言うのが精一杯で、茫然と電話を切った。
 近ければ今すぐ駆け付けられるのに。そうしたいのに横浜と愛媛では簡単にはどうにもならない距離がある。それでも心だけは先に横浜に飛んでしまって、抜け殻のような空っぽの身体だけが、遠く離れた愛媛で思考を空回りさせていた。まず何からしなくちゃいけない?
 焦る気持ちに急かし立てられて、鼓動がどんどん早くなった。(つづく)

※この作品はフィクションです。登場人物や団体等、実在するものとは一切関係はありません。


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2/24に更新の予定でしたが遅れました!
連載スタートしたばかりで私らしい…と言えばそれまでですが^^;
週末覗きにきてくださった方、ごめんなさい

ちょっと? かなり? 内容が重くなってきました。
全体的に重い物語ですが、今回あたりは一つ目のハードルかな?
これからいくつか重いハードル越えが待ってます。
こういうの苦手~な方は遠慮なくお逃げくださいませ。^^;

ところで先日、美味しいお酒造りに日々励んでいる 酒蔵天領誉さん
10.22のブログ でインターネットの百科事典 「Wikipedia」
365日の日付の項目があることを知りました

で、自分の誕生日のページを見ていたところ、
年バレネタですが… 私と同じ年・同じ日に生まれた数学者に
グリゴリー・ペレルマン という方がいらっしゃるのですが、
この方こそ、私が「poiincare」を書くきっかけとなった
「ポアンカレ予想」を解決した方 なんです

まさか同い年、同じ誕生日だったとは…
かたや数学者として「ポアンカレ予想」を解決し
かたやブローガーとしてブログ小説「poincare」を書いて
その功績は雲泥の差どころじゃなく、果てしなく大きく違いますが、
なんだか他人のような気がしません。^m^;

この偶然に気が付くきっかけを作ってくださった  酒蔵天領誉さん に感謝

「Wikipedia」でご自分の誕生日のページを
まだ見たことのない方は一度覗いてみては?^^

「Wikipedia」の365日はこちらから



■□■  10年前に別れた恋人との同居から始まる物語  ■□■
「poincare ~ポアンカレ~」はこちらから↓

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Last updated  November 25, 2009 04:47:41 PM
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