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いつもブログ読んで下さってる方、今年も一年お世話になりました。仕事や私事にいろいろとあった一年でしたが、何とか大晦日です。10年前の腰の手術後、一番キツイアタックが来た年でした。来年はいよいよ用心しなくてはなりません。遠出するときは腰のコルセット持参となるでしょう。手術する前よりずっと状況はよくなっているのですが、神経が一度痛めつけられると、天気や気圧によって、痛みや違和感がもたらされ、体調の異常につながることが多いモノです。悪天候→イタイ→気持ちの不調→具合悪い→イタイの負のサイクルに落ち込むとちょっと大変です。そうならぬように、歩いたりビタミン補給したり、体調管理をしているつもりですが、うっかりしたり漫然と過ごしていると、突然キツイアタックがきちゃいます。なので、天気の変化があまりない、もしくは台風とか来ない穏やかな土地に将来は住みたいなあ、とも思うのです。かなうかどうかはわかりませんが。ちなみに、昨日は、とても嬉しいことがありました。そんな時は少しくらい天気が悪くても、脚が攣りそうになってても、気持ちの強さが体調の不調を押さえつけるファクターになります。ヒトの身体は、想像以上にデリケートですが、うまく使えば快適に長持ちさせることもできそうです。今後の課題はそうと意識せずに、長持ちさせる習慣化ができるかどうか、です。にしても、2009年は、職場の同僚や上司、家族や友人に助けられつつ、充実したイキカタのできた年でした。やりたいことをやりきったとは言えないのですが、あちらこちら周りに迷惑をかけたり、不愉快な気持ちを持たせたり、とか時々我が儘が過ぎたこともあったな、と自戒もしてます。で、さっき、紅白で「いきものがかり」の”YELL”を長尺で初めて聴きましたが、いい曲ですな。中学生の合唱に涙でそうです。来年もいい意味であっという間の年になればいいなあ、と思ってます。最後に、蛇足。でも、今年一番のシャッターチャンス職場に迷い込んだカルガモのヒナ。来年もよろしくね。
2009.12.31
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スツールを三脚いっぺんに作る計画のため、二枚ほぞをこんなにあけました。あけちゃいましたおめでとうってくらいです。何か都庁っぽい。オスを決める際に更にシビアなミリ単位の調整がいるのですが、40mmの幅に8mmのメスほぞを6mmの間隔で2つあけるのは、神経を使います。部材の中でL字型にオス同士がぶつかりますので、深さは深い方で32mm、浅い方で19mm取り、椅子ですので構造や強度を下げないようにしつつ干渉をさけました。部材はナラとブナです。ブナは粘りがあって硬く、きちっとしています。ナラは木目に導管がはっきりと見えており、キレイな表情です。あしかけ2年の制作となりますね。
2009.12.27
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都内に住んでる方はあまり使わんと思いますが、JR都区内パスです。730円です。 区間の金額に馴染みのない地方のヒトには、切符買う手間がなくて、わりと便利でお得です。 あ、地方のヒトにはスイカなんて選択肢の範囲外ですので、あしからず。 その日の都区内の移動スケジュールがダイタイ決まってる時は、購入検討したほうがよいかと。 メトロと都営の1日パスの500円と合わせると1230円ですので、場所にも因りますが、5、6ヶ所観光するなら元とれるかと。 ジブリの三鷹は範囲外なので、150円追加で払いましたけどねぇ。
2009.12.23
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東京へ向かう道中に清々しい建造物を発見しました。朝日を浴びてます。
2009.12.21
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日曜日の竹下通りは、大混雑でした。北国の人口密度の低い地域の住人には、辛い状況でした。頼むからモールにでもして広くしてくれ。無理か。ホグロフスへ行って雪かきの際の防寒具を物色。ダウンジャケットのサイズが異常でした。値段も張っていたので見るだけにしました。で、原宿通りを眺めて、表参道へ回りました。夕方から、また人出が…。道路を横断中に立ち止まって写メ写す不届きな輩がおり、メガホンで注意喚起する係員の方の声が風物詩にならなきゃいいが。あたしゃ、歩道で撮影ですよ、勿論。イルミネーションは流石にキレイでした。
2009.12.20
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今朝は品川で起きたので京急2駅のところにある富士山に登ってきました。 品川神社の中に浅間神社 がありまして、非常に短時間で登山と参拝を達成できました。 江戸時代のヒトの気分を追体験できましたよ。
2009.12.20
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久しぶりに、ジブリ行ってきました。ポニョの特集やってました。日が暮れるのが早く、守り神と会えたのは夕闇の中でした。熱い麦茶飲んで帰ってきましたよ。
2009.12.19
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大学ん時の指導教官のM先生が若い頃に参加していた「集団N39」の展覧会が開かれている、という情報を地元の新聞の文化コラムで知り、「若干遠いが、行かずばなるまい。1000円高速で」と今日で最終回のドラマのサムライ風に考え、行ってきました。天気は、全くよろしくなく、雨と風の中の移動でした。2時間半ほどで到着し、美術館に隣接する幼稚園かなんかの発表会があるらしく、車が多く、駐車場捜してうろうろしてやっと入館。600円。40分ほどかけて、じっくりとみました。M先生が20代の頃の作品と対面する機会は、県美やら田中屋やらあるのですが、花巻の土沢でみるとまた一段とじっくりとみることができました。「構成」という作品には、「東京五輪」とか当時の新聞で使った版下がそのまま貼られており、反転した記事が判読できそうなのですが、ちらりとサザエさんの4コマが見えてました。M先生からは、「それが何かわかるのは、あからさまでかっこう悪いね」とよく言われて制作したものですが、先生の若い頃の作品には、接着された円盤がソノシート(曲名は不明)だったり、あちこち悩みながらも逃げ道というか、ユーモアの部分、いや多分、当時の先生はエスプリだとか言うつもりなのでしょうが、そんな部分をたくさん発見できました。2006年の石神でも先生の作品たくさんみましたが、これほど細かにみませんでした。N39のお仲間の作品も興味深く、今、この方々はどのように生きておられるのか、そして、それぞれの芸術の抱える方向性が異なるという理由で発展的に解消したとは言いながら、当時の運動がそれぞれに何をもたらしたのか、知りたいと素朴に思いました。M先生は生前よく「アクリルの絵画の保存性について未だ確立されていない。未だ100年も経ってない画材だ。自分の作った作品が油絵のように長い期間保存されるかどうかがわからない」と、語ってました。それ故、画材の性質にも時間をかけて研究しておられたと思います。しかし、今回みた初期の作品の厚く塗り込んだポリエステルは、40年の時を経て、ひび割れ、はがれ、退色劣化し、鮮やかさが失われつつありました。ゴールズワージーのように、その時だけ作品が存在するという作家や、自然の中で朽ちていくことを前提に制作する作家もいますが、自分の作品が、朽ちていくのをみたときはどんな気分だったのかな、と思います。かつて存在した童話や子守歌が、郷愁というフォルダにのみ残り、ある唄は失われ、ある唄はヒトビトに語り継がれてきたように、戦後の日本に生まれた前衛美術たちも、しっかりとファイリングされることなく、幼年期を戦争下で過ごした若者による日本という枠や権威への抵抗というフォルダの記憶に織り込まれ、実物が失われていってしまうのでしょうか。帰りに林風舎という、喫茶と気の利いた小物を扱っている店に立ち寄りました。笑っているふくろうが、そして増殖した賢治がたくさんいました。M先生に、確かな目を持て、真っ直ぐ歩け、と言われた様な気がして、疲れてたけど行ってよかった、そんな368kmの旅行でしたよ。
2009.12.12
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座位保持の機構がついた車椅子を見に来ました。 木の椅子に、スポンジを成型したものを合体させたものや、数十種類のパーツが複雑に組み合わされて、子どもの身体の形に合わせられるものなど、今まで見たことのない椅子でした。 門外漢のワタシにも、丁寧にメーカーさんが、機構について説明してくれました。 勉強になったなあ。
2009.12.04
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