PPK手帳2025 ~けわしいな 百年坂~

2025.01.17
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カテゴリ: 日記
 ♪地震にも負けない強い心をもって 亡くなった方々のぶんも
 毎日を大切に生きてゆこう 傷ついた神戸をもとの姿にもどそう 
 支えあう心と明日への希望を胸に響きわたれ ぼくたちの歌 生まれ変わる 神戸のまちに

臼井真さん作詞・作曲の『しあわせ運べるように』が聴こえてきた。黙とう。



 30年前の1.17。柱がきしみ、テレビは横倒しになり、ワープロが飛びあがった。翌日の異業種交流会のための資料づくりをしていたのである。隣部屋の食器棚の仕切り板から落ちる皿やカップの砕ける音。2階にあがると妻が呆然としていた。ぼくのベッドには本棚が倒れていた。




 震災当日の日記は、ここで終わっている。以下は、外付けHDの記録の一部。

・いつものように目が覚め、友遊会の資料を入力中だった。翌日のスピーカーをお願いしていたドーンセンター館長の津村明子さんが公用のため行けなくなったという電話を受け、知人たちの賀状を紹介しようと人力していた。 
 ■津村さんは1935年元旦生まれ。大阪放送局NHKに入局。2021年4月17日にコロナで逝去。
・僕の仕事場は読売テレビの視聴者センター。連日のように要望や問い合わせがきた。食料を届けたい、車で迎えに行きたい。ルートを教えてくれ、報道は神戸と淡路島の惨状に集中している。大阪府下の状況を伝えよ、という怒声が続いている。

 豊中市の被害 死者11人(市外での被災者2人を含む)重傷者 101名 軽傷者2395名   
 全壊家屋657棟  3036世帯5523人 半壊家屋4265棟  12760世帯26022人


・日時不明 豊中市庄内地区を歩いた。圧内は僕の住んでいる所から3キロメートルほどの距離。駅近くには市場、一帯は長屋が密集している。

 避難所の前にいたお婆ちゃんは「この機会に更地にして新しい町づくりをしょうともっぱらの噂やけど、あんさんほんまかいな。わしら、どこに住めぱいいかわからへん。そやけど、焼け出されなかったと思えばもうけもの。それだけでもありがたいと思わなくちゃ」と。  以上





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最終更新日  2025.01.17 16:38:12
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