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結局さぁアンタなんていてもいなくても大局にはなんら影響ねぇっつってんだよ!って事はさ。別にいてもいいんじゃねぇの?『だが、アンタはダメだな(笑)』
2007/01/17
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頭が痛い。 自分と、人の話を聞いて思った。 「苦しい時、人に言わない人」と、「苦しい時、それを言う人がいない人」ではどっちが悲しいんだろう? 両方だと、それがハイエンドなんだろうけど。 それに加えて、「人に話す程でもない」とか「結局自分の問題」とか、「話しても一笑にふされる」とか言う自己判断も要素に加わってくる。 難しい。 相手がいて、ちゃんとした自己判断が今出来ているんなら、それは大事にすべきです。 勿論、どちらか片方だけだったとしても…ね。 ここんとこ、「自己分析」やら「自己診断」やら「自己判断」やら、なんか自己ばっかですね。なんかの暗示か警告なんでしょうか。 『自己死』
2007/01/15
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そんな事はあり得ないのだけれど、僕は誰かの影響をダイレクトに受ける事が嫌いだ。同時に、誰かにダイレクトに影響を与える事を望まない。勿論、僕の言いたい事、想い、持論、人生観そういった物が誰かに伝わるのは嬉しい事だし、そういった物を誰かと共有できる事は嬉しい。でも、あくまでそれは僕の考えであり、それをそのまま受け入れられる事はとても気持ちが悪い。伝達において重要なのは、その言葉や思想そのものではなくて、受け取った人がそれをどう消化するかという事だ。『絶対なんて存在しない。』冒頭に「あり得ない」としたのは、そんな事は当たり前の話で、いちいち考える程の事ではないと思っていたからだ。しかしながら、年末にとある出来事があって、「誰かの言う事をそのまま受け入れる」という事も、人も、あり得るという事を知った。奴の事を危険だなと思ったのと同時に、そういう人の存在を考えなかった僕自身も危険だなと思った。その人に対しては、口を閉ざすべきなんだろうか?でも、ほっとけないという所もある。それこそ、余計なお世話なのかもしれないけれど(苦笑)それとは別に、今僕は別の知り合いの悩み相談・・・というワケでもないけれど、思い悩んでいる気分を楽にさせてあげたいという感じで、話を聞いて、納得したり、持論を吐いたりしている(ような気がする←なんだそれ)でも、その人に僕の持論を吐くのは、その人が(自分ではそう思っていないかもしれないけれど)確固たる自分を持っているから。その「自分」を僕はかっこいいと思うし、尊敬できる。だから、その人との会話はとても楽しい。しかし、例の危険な(おい)知り合いA(←ひどい表現だ)については難しい。以前書いた「肩を並べて歩きたいぜっ」っていう日記の通り行動するならば、無理やり引っ張った方がいいのか?これまた、以前書いた「でも、たまには優しくしてください。」の通りに行動するならば(←この場合は男の女に対する優しさの問題だから厳密にはそぐわない内容なんだけど)、無理やりひっぱるのはその人のためにならないから、ほっとくべきなのか。今の所は静観してるけど。というか、そういうおせっかいが嫌いじゃなかったのか?僕は(笑)自分以外の全方位を気にかけてるといつか破綻するっていう好例なんじゃないか、これはっていう気がしてきた(笑)どうすれば良いのかは悩みどころですが、この文の結論としては、「相談事には注意しましょう」ってなとこか。無理やりだけど(笑)他人はやっぱり他人です。じゃないと好きになれません。『お前は選択から逃げているだけだ。』
2007/01/07
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