君が教えてくれたこと
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8月29日午前2時46分。父が旅立っていきました。28日にブログを書く前に父に会いに行ったときには、座って大好きなテレビの時代劇を見ていて、私と他愛もない話をして、息子と娘にお小遣いまでくれて、元気そうにみえました。ぎりぎりまで、いやもしかしたらそれ以上に大丈夫かもしれない・・・と希望をもっていたのですが・・・。父自身もまさかこんなに急に旅立つことになろうとは微塵も思っていなかったと思います。突然すぎて、その場では泣くこともできず、私が涙をやっとこぼすことができたのは、義姉が父を迎えいれる仕度のために家に帰り、兄がタバコを吸いに外に出て、ひとりぼっちになった時でした。最後の最後に、話ができるうちに孫に会わせてあげることができてよかった。そんな思いと最後まで必死に戦っていた父の様子が頭の中をぐるぐるしていました。それからはお通夜や葬儀の仕度でバタバタし、家に帰ったのはお昼過ぎ。お通夜に備えて少しでも寝ようと思うのですが、結局一睡もできませんでした。お通夜も終わり、親族一同が帰ったあと、お線香を絶やさないようにする間、何度も父の顔を見ました。何度見ても眠っているようにしか見えず、思わず身体に触れたくなりました。少し痩せてるけど、穏やかなその顔は生前の父のままでした。出棺のとき、とうとう号泣してしまいました。耐えようと思えば思うほど、「しっかりしろ!まだ終わってない」と思えば思うほど、涙があふれ、泣き声がでて、もう止めることはできませんでした。子供のように泣きじゃくる私のそばで、娘がずっと背中をさすってくれていました。そして・・・父がやっと家に帰ってきました。74年間の人生でした。それなりの覚悟はしていたものの、親の死というものはやっぱり心のどこかにぽっかり穴が空いたようになります。嫁いで、離れて暮らしていても思いは同じなんですね。最後までお世話をしてくれた義姉と兄には心から感謝しています。父は・・・あまり「父親」らしくない人でした。母に「お父さんも叱ってよ!」とぶつぶつ言われなければ、決して子供を怒鳴ったりすることのない人でした。母にすればちょっと物足りない夫だったかもしれません。だけど、子供の私にしてみれば、穏やかで真面目で優しい人でした。子供のころはよくバドミントンの相手をして遊んでくれました。歌が上手で、大好きな北島三郎の曲をよく口ずさんでいました。達筆で、学用品に名前を書いてくれたきれいな字が自慢でした。旅立つ前に禁止されて我慢していたタバコを吸わせてあげたかったな。大好きな甘いものもたくさん食べさせてあげたかった。今は空から私たちのことを見守ってくれていると信じています。なかなかパソコンに前に座る気持ちになれず、ごめんなさい。心配をおかけしてるに違いない皆様にちゃんと報告しなければ、と思いつつ・・・。しばらくはすごく元気に家事をこなす日があったり、逆になんにも手につかず、一日眠り込んでいたり、なんだか波のある日々だったのですが、ようやく心も身体も落ち着いたと思います。息子も「なんかお母さんが優しくなった」と言っていたのですが、残念なことに、いつもの怖くて口うるさい母親が復活!でございます(笑皆様、ご心配をおかけしてすみませんでした。メッセージをくれたmikoさん、アキさん、ありがとう。お返事が出来ず、失礼をいたしました。どうぞこれからもよろしくお願いしますね!
2009年09月07日
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