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「霞ヶ関官僚日記」には以前から注目していたが、これまでの最高傑作ともいうべき書き込みがなされていた。「千葉国独立から1ヶ月・・・緊急現地ルポ」私としては、「ダンスは1番」で連帯してきた埼玉、千葉、神奈川の「三国同盟」の一角が切り崩されてしまったのが悲しい。それにしても、こういうネタは、トラックバック、コメントともに食いつきがいいなあ。
2005.01.31

日曜なので、チェックアウトぎりぎりに出て、クリフサイドでサンドウィッチ食べた。私の記憶では、遺愛幼稚園(中原理恵や元ジュディマリのYukiなんかが出た遺愛女子高校の系列のミッション幼稚園)の先生が辞めてクリフサイドに嫁いだような気がしていたのだが、レジのお姉さんに尋ねたら、自分の父親の妹ではないかという。ちなみにクリフサイドが開業して37年。うーん、自分も年をとる訳だ。ちなみに遺愛幼稚園の隣りは通称ガンガン寺と呼ばれる、ハリストス正教会。東京・御茶ノ水のニコライ堂と同じロシア正教の教会である。小学生の頃、写生というとここだった気がする。で、元町からずんずん歩いて船見町に入る。私が幼稚園から小学校にかけて住んでいた某公立病院の公宅は、更地になっていた。 そのあと、三回忌からお参りしていない、父と祖父母の遺骨のある称名寺に行く。鉄仮面顔の猫が勝手に出入りしていて、すり寄ってきてかわいい。ひとりで般若心経を読む。帰りに、船見町時代に父とよく初詣に行った山上大神宮に参拝して、我が家の上の方にあった児童遊園を見たりした。そのあと、弥生小学校(石川啄木が代用教員をしていた。江川達也の「東京大学物語」で、主人公の出身小学校の絵にここが使われていた)脇からバス通り(高龍寺行き、すなわち外人墓地や穴澗海岸へ行く際に使うバスが走る通り)に出て、某公立病院の跡地を見る。傾斜地なので段々になっているが、すっかり更地。ただ、一番入舟町寄りの建物だけ、何か別の用途に利用されていた。昼飯は五島軒のラウンジでカレーライスを食べる。あとは、ホテルへ戻って預けてあった荷物を取り、駅前の先行きの分からない棒ニ森屋デパートの中の高砂屋で白い恋人ブラックとトラピストクッキーをお土産に買い、美鈴でアップルパイを食べ、湯の川で塾の先生にもう一度ご挨拶して、1610発の便で羽田に帰る。これで北海道旅行記はおしまい。
2005.01.28

2350発の「高速はこだて号」に乗る。音楽サービスは去年廃止になっていて、消灯してしまうとSTVラジオしかない。久しぶりにオールナイト・ニッポンを通しで聞いてしまった。私が始めてオールナイトを聞いたのはつぼイノリオ。大阪の三菱銀行立てこもり事件の晩であった。以来、よく聞いたものである。塾(火曜)の宿題をやるために月曜深夜の中島みゆきを聞いたのが一番多いか。ビター・スウィート・サンバが始まると「そろそろやらなくちゃ」、5時になってSTVのISと局名・周波数アナウンスになると「やべえ」とおもったものである。昔の1部に当たる時間は、笹川美和なるシンガー・ソング・ライターがやっていた。2部に当たる時間はオールナイト・ニッポンRとなっていて週代わりらしく、より子なる、インディーズからこの度メジャーデビューするらしきシンガー・ソング・ライターがやっていたのだが、小児ガンから立ち直った人ということで、でもそんな感じは受けずなかなか面白かった。彼女の話の中で「以前レギュラーでRに出ていたころはニッポン放送はお台場でゆりかもめで帰ったのに、今は有楽町なので、メジャーになったからには絶対くるま(ハイヤー?)で帰る」と言っていた。私はそもそもニッポン放送がお台場に移っていたことすら知らなかった。5時過ぎに函館に着き、ホテル函館山に荷物を預ける。フロントに人がいないのはよくあることだが、呼んでも出てこず(ベルなどもない)、携帯から電話をかけたらやっと出てきた。サービスはいいけどね(函館の「サービス」についてはいずれまた書く)。歩いて谷地頭温泉に行ったが、6時からなので谷地頭をぐるっと歩く。意外に寂れていない。自分の家があったところが2軒の新築の家になっていたのを見るのは、なんとも寂しい(夜明け前だし)。谷地頭温泉はやっばり気持ちいい。温泉でフルーツ牛乳を飲んでから、湯の川の高校時代の塾の先生のところに遊びに行く。小6から高3まで英語を奥様に、高校の間数学をご主人に習っていたのだが、奥様が75歳、ご主人が85歳。自分も年をとったんだなと実感。家も建て替えられていて、宿題をやらずに叱られて涙した教室ももはやない。午後は、中学時代の友人(バー・ノースビートのマスター)のお父さんの葬儀に出席。私の祖母の葬儀を行った町内会館である。その後は、KNという中学以来の腐れ縁のH省の公務員のお父さんのお見舞いをして、そのまま彼と五稜郭でお茶、そしてそのまま飲む。この世代はみんな大変な時期なんだよな。KNと分かれたあと、高校の担任のYF先生と夜中まで飲む。場所はバー・しろ馬。この店は当然ホームページなんかないが、http://www.pat.hi-ho.ne.jp/rima/13f.htmあたりに紹介されていて、確かに「梅宮たっつあん似」のマスターなのだが、この日は体調不良で休んでおり、大門にあったバー・葦毛のママ(マスターの奥様)がいらっしゃった。昔はバー葦毛の2階にしろ馬があって、父親がよく通ったものである。私も、酒が飲める年齢になって、早速つれていってもらった。まず、しろ馬が五稜郭に移り、葦毛も人に委ねたらしい。YF先生も68歳。私たちの高校を辞めて、私立の函館有斗高校(今は函館大附属有斗)の講師になり、それも辞めて晴耕雨読の日々。彼が担任した生徒の中には、漫画家の山本直樹(森山塔、塔山森)氏もいる。山本直樹氏の同級に、今弁護士のNM氏がいて、たまたま姉の同級生の弟さんで、当時司法修習生だったので、進路の相談をしたときに知ったことである。YF先生は、「直樹はライブやっているので、ぜひ聞きにいったらいい。」とのこと。有名漫画家に電話をするなんて、考えただけでドキドキする。 谷地頭電停に進入する路面電車
2005.01.27
午前中はH大の2年生に専門科目のマクロ経済学で「某役所の仕事とマクロ経済」のタイトルで1時間半喋ってきました。中身は完全失業率と地域における国家公務員給与の問題です。どのようなコメントが来るか楽しみです。お昼ごはんは、大学のファカルティ・クラブで、今回の招聘をしていただいた開発経済学のTK先生、それに法学部で公共政策大学院の立ち上げをしておられえるKE先生と昼食。こちらの公共政策は、2005年度立ち上がりであるが、先行の東京にある国立TK大、仙台にある国立TH大あたりより、「カリキュラム」に対する配慮が深いように感じられる。午後は、この大学を卒業し、その後講師をした祖父の足跡を調査。人事記録で、大学に着任する前に大阪の郵便局長をしていたことが判明。また、大学の演習林の紀要や学会の紀要等のコピーも集められた。帰京後に、1本複写もれがあることに気が付いたが、全国学会の講演習(集?)なので東京でも入手可能だろう。夜は、TK先生と、経済学部のTT先生、KM先生、それに別のセミナーで招聘されたTS先生とJRタワーのすし善で夕食。TS先生はアメリカで3つの修士(MBA、公共政策、都市計画)を取られた方で、恵比寿ガーデンプレースの開発のケースブックを書かれており、それを基に留学生と議論されたとのこと。この寿司屋では、生のえびの寿司を「甘えび」と標記しており、「これは東京流で北海道龍ではない。北海道では『えび』と言ったら生のえびのすしだ」と言ったら、後日TS先生からメールで「ではゆでたえびの寿司はなんと言うのか」と問われ、昨日のTTに尋ねたら「ゆでたえびとしかいいようがないorz」という返事であった。その後は居酒屋でTK先生とさしで飲む。TK先生は日本のホームレスから北海道の街起こし、そして開発途上国の貧困と、興味対象が広くて話が尽きない。時々、何を話すともなく議論をしたいタイプの方である。脳みその活性化には、時々、1.いつもと違う人と話をする2.いつもと違う場所で話をするというのが必要だと思う。TK先生との付き合いについては、また追々書きたい。このあとラーメン屋に移動したが、大通周辺は、すすきのに増してひと気がない(客引きさえいないから)。オーロラタウンも10時過ぎに入り口を閉めてしまうようだ。これが政令指定都市の現実か。ラーメン屋には中国人観光客グループがいて、TK先生によると、台湾や中国の南の方の観光客が、札幌に雪を見に来るそうだ。外に出るとマイナス5.5度。夜行バスで函館に向かう。
2005.01.26
1月20日朝はうっちゃんで朝起きるのがしんどかったけれど、なんとか羽田まで行けた。以前、東京都内に住んでいた時にはもっぱら京浜急行を使っていたのであるが、今回、JR子会社化後初めてモノレールを使った。広告どおりモノレールの浜松町乗り換えは楽になり、車体塗装も変わっていた。もちろんスイカも使用可能である。飛行機は1000円払ってクラスJにしたら、座席の幅も広くて楽だった。定刻1430であったが、千歳降雪のため搭乗手続き中止ののち、定刻を30分遅らせ1500発で飛ばすことになる。実際の離陸は1545頃。17時前に千歳に着き、1719のエアポートで札幌入り。札幌駅に着いて、JRタワー38階に上ったが、900円は高い。別にガイドしているわけでもないのに、ガイド嬢大杉。上のカフェ"T-Cafe Miyakoshiya Coffee"は杓子定規で、カプチーノにフレー バー入れてくれない(ラテにしか入れないそうだ)。せっかくココナッツシロップがあってポイント高かったのに。下のスタバにすればよかった(株主優待券もあるし)。高校時代の友人TTと、その奥様CTさん、そして中学・高校と一緒だったHSとヤマダモンゴル(http://www.tascosystem.co.jp/mongol/)北8条店でジンギスカン。高田屋なんかと同じ系列なのか。そのあと、HSと、中学時代の同級生HS2がマスターをしているバー・ノースビート(札幌市中央区南7条西3丁目 ジャスマック5番街ビル2F(階段上がって右2軒目))行ったら休みで、すすきののスナックに行く。正直なところ、最近、ねえちゃんのいる店苦手なんだけど、HSのホスピタリティはうれしい。HSととんこつ塩ラーメン食って帰る。すすきのは通行者が少なく、ポン引きが目立つ。HSによればぼったくりばかりだそうだが。これが政令指定都市札幌かよ。東京にいるとミクロの景気は見えない。泊まったホテルサッポロメッツはウィークリーマンションの転用ゆえ、洗濯機・乾燥機、キッチン付きでよろし。今回は使わなかったけど。
2005.01.25
立ち上げてから随分と書かないままになっていましたが、そろそろ少しずつ書いていこうと思っています。「自治体職員有志の会」の管理人さん他4名の訪問者の皆さん、お許しくださいorz先週、5年ぶりに北海道へ行き、札幌と函館を回ってきたのですが、景気の悪さには驚きました。札幌は、かつては風でも夜の大通からすすきのにかけての人通りが結構あったと記憶しているのですが、今回は客引き以外ほとんどいないという感じでした。函館は、駅前からの大門通りが悲惨な状態。さいかが潰れてパチンコビルになったとか、昨年暮れに空き店舗から火が出て何軒か焼けたといった話は聞いていたのですが、とにかく空き店舗が多い。そして、通りから奥に入ったところは建物も取り壊されて駐車場になっているところがかなり多い。たとえて言えば、演劇の大道具で「書き割り」というのがありますが、大門通りに面したところに書き割りの商店があるだけで、うしろには何もないのです。その書き割りもシャッターばかり。今回の旅行ではいろいろと思うところがあったので、少しづつ書き溜めていきます。
2005.01.23
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