オバかの耳はロバの耳 

2015/08/24
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上の続き

■5.若者が帰ってきた

 バイオマス発電は、電気だけでなく、雇用も生み出す。今まで山間に放置されてきた間伐材を受け入れ、細かく砕いて燃料用のチップにする工場「バイオマス集積基地」が平成20(2008)年に設立された。そこにかつて都会に出て行った若者が帰ってきた。

 28歳の樋口正樹さんは、高校を卒業後、地元・真庭市で就職先を探したが見つからず、岡山市で自動車販売会社に就職していた。それが今では、クレーンを自在に操り、間伐材を運んでいる。収入は多少減ったが、木の香りに包まれてする仕事が気に入った。

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 働いてみるといろいろなものが面白い。汗をかいて自然の中で生きるのも、ぼくにはあっているのだと気づきました。木材産業なんて古くさいかと思っていたら、バイオマスって、実は時代の最先端なのだと知り、とてもやりがいを感じています。[1,p44]
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■6.「ありがとう」と言って貰えるうれしさ

 里山資本主義は経済だけでなく、人々の生活そのものにも潤いを与えるという、身近な事例がある。



 年齢は80を超えるお年寄りだが、自宅では毎日元気に畑に出て、野菜を育てている。何十年も農業をやってきたプロだから、見事な野菜が沢山できるが、老夫婦だけの家庭では食べきれない。

 昔は近所に子供を抱えた若夫婦などもいて、料理したものを「食べんさい」と持っていったりしていたが、今は過疎化で空き家が増え、食べてくれる隣人も少なくなった。

 それを聞いて、熊原さんは膝を打った。自分の施設の調理場で使っている野菜は、市場で仕入れた県外産ばかりだった。市場で野菜を大量に仕入れた方が安くあがる、と考えていたのだが、近隣でお年寄りたちの作る野菜を使わせて貰えば、食材費は劇的に抑えられる。

 熊原さんは「みなさんの作った野菜を施設の食材として使わせてもらえますか?」というアンケートをとった。すると、施設に通うお年寄りを含め、100軒もの家から、「是非、提供させて欲しい」との返事があった。

 試験的に施設で野菜を集めることになって、ある農家に行くと、たまねぎやじゃがいもをどっさり用意して待ち構えている。老夫婦の顔は生き生きと輝いている。「嬉しいですよね。ありがとうと言ってもらおうなんて思ってなかったのに、それくらいのことでたすかるんじゃね」


■7.「張り合いがでました」

 熊原さんは、従来の1億2千万円の食材費の1割を、地域のお年寄りの作った野菜などでまかなう目標を立てた。野菜を提供してくれたお年寄りには、自作の地域通貨を配る。施設でのデイ・サービスや、レストランで使って貰おうというのだ。

 レストランは近くの廃業した店を買い取って、改葬したものだ。客数は見込めないが、近所のお年寄りは時々、ここに集まって、おしゃべりをするのを楽しみにしていた。そんな場所がなくなった、という話を聞いて、レストランの復活を思いついたのだ。

 時々、このレストランに友だちとやってくるのが近所の一二三(ひふみ)春江さん。夫を亡くして、大きな家に一人暮らし。畑仕事に出たついでに、道で誰かと立ち話でもできないかと、あちこち当てもなく散歩する。誰とも出くわさなければ、一言も話せないまま、一日が暮れる。

 今は、時々、友だちを誘って、このレストランにお昼を食べにやってくる。春江さんの菜園で育ったカボチャで作ったグラタンが出されると、みんなが「おいしい」と褒める。会計の時には、貰った地域通貨を使うのも、誇らしい。「また、がんばって仕事をしなくちゃ。張り合いがでました」

 実は、このレストランの隣には、保育園が併設されている。春江さんたちは、時々そこで子供たちと遊ぶ。みな、何人もの子供を育ててきた大ベテランだ。子供たちの輪に入って、昔の童謡や遊びを手取り足取りしながら教える。



 その場に居合わせたお母さんの一人はこう語る。

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 孤立した私と子どもが、保育園に行って先生に預けて帰るという、ただ単にそれだけの関係ではなくて、周りの人に生かされている、、それがすごく温かい。私もすごく安心しますし、子どもも色々な人との関わりを通して、学ぶものがたくさんあるんじゃないでしょうか。[1,p221]
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 実は、子供を預けている母親の一人は、レストランの調理場で働いている榎木(えのき)寛子(ひろこ)さんだ。子育て中の母親に仕事の場を提供したい、というのも、熊原さんがレストランを開いた理由だ。こういう職場があってこそ、田舎の豊かな自然の中で子育てができる[a]。




「懐かしい未来」という言葉がある。スウェーデンの女性環境活動家がヒマラヤの秘境の村で伝統的な暮らしを目の当たりにして、21世紀にはこうした価値観が先進国にも必要ではないか、という考えで、唱えだした言葉だそうな。

 前節で紹介した光景は、まさに半世紀前の懐かしい過去を彷彿とさせる。農家は庭先でとれた野菜を近隣の人々と交換し合う。近隣の子供たちは一緒になって、川で魚取りをしたりして遊ぶ。赤ちゃんや幼児は、お年寄りが面倒を見る。

 そんな光景が、わずか50年ほどで失われてしまったのだ。農作物は商品として市場で売られる。大きさや形が揃い、しかも大量に作られるものが買われ、少量の作物は庭先で打ち捨てられる。

 若者は都会に出て行って、農村では子供は数少なくなった。あちこちの家が空き家となり、耕す人のいなくなった田畑は休耕とされる。森林は朽ち果てたままとなる。その一方で、大量の食料やエネルギーを遠い外国から輸入する。こんなグローバル資本主義はどこか、おかしいのではないか。

 本稿で紹介した事例は、いずれも、この矛盾をなんとかしたい、という問題意識から出ている。

 それが、いずれも、わずか半世紀前のわが国の社会のありかたを再現しているのは、興味深い。要は、里山資本主義には我がご先祖の数千年の知恵が詰まっているということなのだろう。

 スウェーデンの女性環境活動家はヒマラヤまで行かなければ「懐かしい未来」にたどり着けないが、美しい自然と豊かな伝統に恵まれた我が国には、すぐ手の届くところに、「懐かしい未来」が待っているのである。
(文責:伊勢雅臣)





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Last updated  2015/08/24 11:32:34 PM
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