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これまで沢山の人に何度話をしても、それでも気がすまなくて、おんなじことを何度も何度も話したい事ってありますか?今日の場合は、母方の祖母の事(今は故人)。私は何度話をしても、話し足りないんです。(なんでかな?)。うちのおばあちゃんは、97年の3月に他界しました。その頃の私は、身内の死、祖母の死というものをあんまりよく理解していなかったんだと思います。死んでから、「ああ、おばあちゃんにあんなことしてあげればよかった、こんなことしてああげればよかった」と悔やんでました。・・で、よくシクシク泣いていました。もう帰ってくるわけじゃないし、もしかしたら、次に生まれ変わる準備をしているかも(?!)しれないのにどうしても忘れられずにいました。・・で、どうしても気がすまなくって、その2年後の7月、介護職に転職しました。分からない事だらけで辛かったけど、お年寄りがよろこんでくれる顔を見ると、「少しは死んだ祖母に近づけたかな。」とか、「本当にしてあげたかった人はうちの祖母なんだ」と心で思い、陰でよく涙ぐんでいました。私は祖母の外孫でした。でも、母が入院したときや私が幼い頃入院したりして、生前は、ほぼ毎年のようにひと月ふた月は我が家に滞在し、元気な頃は家事をしてくれました。祖母はとっても優しい人でした。私が中学の頃、進路で迷っていると、祖母は東北なまりで、「オレは、おめだが(お前達が)、ままいっぱい食って(ご飯をいっぱい食べて)、元気におがってくれだらそれでいい、(元気に育ってくれたらそれでいいんだ)」と嬉しそうに言うのです。当時の私は内心ズッコケました(笑)が、うれしくって胸があったかくなったのを覚えています。小学生の頃、祖母の家で、いとこ達7,8人でかくれんぼをしたときのこと。私が「鬼」になると、祖母は、私がまだ隠れている人を探さないうちから、小声で一生懸命「あそこだ」「ここだ」と隠れ場所を教えてくれるのです・・。実はありがた迷惑でしたが、祖母の愛を感じ、今でも心があったかくなる思い出です。亡くなる数年前、うちの家族と少しの間、一緒に住んでいたときのこと。ある日の晩、祖母に「おやすみ」を言おうとベッドに近づき言葉を交わしているとき、着物の襟足がほころびている事に気づきました。私:「ばあちゃん、言ってくれたら直すのに。 いつからこうなったの?」祖:「自分で直そうと思ってたんだけんど、 最近目が痛くってよ」私:「言ってくれたら直すのに。」 (ほころびに気づかなかった私)。祖:「いんや、みんな急がしそうだから悪いべからよ、 だまってたんだ。」と、さぞかしいい事をしているかのようにニコニコして言うのです。昔の人はなんて遠慮深いんだろう、と半分あきれ、半分ショックを受けたのでした。もっとかまってあげればよかった。何度、いろんな人に祖母の話をした事か・・。また話をしたくなりました。今でも祖母の事が大好きです。ひょうきんで、気さくで、優しくって、気が利く祖母。私は、あなたのような人になります。もっとあなたを喜ばせてあげたかった。恩返しがしたかった。どうぞ、天国で幸せでありますように。
2004年04月30日
今日は、朝から事務のアルバイトの日。このお仕事も私は気に入ってる。楽しい。でも、やっぱそれでも疲れる時ってあるのです・・。今日は帰り道、なぜか心が疲れている事に気づきました。いつのまにか反省モードになっていて、落ち込んでいた。あれこれ思っていたら、ああ、もう何にもしたくない。となった。「げっ、こんなのヤダなぁ・・。」帰宅してから、何にもしたくなかったけど、急にスコーンが作りたくなったのです。甘いもの大好きなはずの私だけど、今日は砂糖を入れたくないので気分だったので入れなかった。「よお~し!」と。まずは粉類をはじめのうちに全部まぜあわせる。(作ってみたい方は下記☆印の作り方を参考にしてネ♪)その混ぜ合わせたものに無塩バターを入れ、粉と同化するまで指でこすり合わせて混ぜる。これが結構時間がかかるのだけれど、私は今まで一度もめんどくさいと思ったことがない。なぜってね、これをこすり合わせている間、心にいろんなことが浮かんできて自分に素直になれるから。下を向いて一人黙々と指をこすり合わせている姿なんて、暗いとしか言いようがないんだけれどね。実際、暗い事考えたり、悲しくなったり、涙ぐんだりしたんだけれど、レーズンを混ぜ合わせる頃には、気持ちがすっかり落ち着いて、(今日はずっとテンション上げてたんだからしんみりするのもいいよねー、これが本来の私かしら?)などと思いはじめ、焼きあがるのが楽しみな自分になっていた。不思議だ。たまにそういうことあるんです。お料理を、暗い顔して作って、いろんなことが頭をよぎって、考えたり、泣いたり、しんみりしたり・・。・・で、出来上がる頃には、気持ちが切り替わって、元気になって、食べるのが楽しみな私に戻っている。気が滅入るときや、落ち込んでどうしようもない時は、生産的なことをしながら、とことん落ち込むのもたまにはいいのかもしれません。そうそう、今日作ったスコーンは、レーズン入りのクラッカー風味のパンという感じでした。美味しかった~。緑茶と一緒に食べました。。よかったら、どなたかお気に入りの気分転換法があったら、教えてくださいませ。情報交換したいのです~♪では、今夜もステキなひと時を~☆☆京子のお部屋流スコーンの作り方☆材料・・小麦粉、お水、ベーキングパウダー、重曹、 無塩バター、レーズン。分量・・適当。。(あしからず)はじめに、小麦粉と塩とベーキングパウダーと重曹を混ぜ合わせる。それから、無塩バターを入れる。バターの固形がなくなるまで、指で粉と一緒にこすり合わせて、混ぜる。レーズンを入れる。レーズンは好みですりつぶすのも美味しい。お水適量を入れ、ヘラでザクザク混ぜ合わせてオーブンで焼く。◎生地の塩味と、レーズンの持っている甘みがマッチしていて美味しいで~す。しかもあっさりしていてヘルシ~♪
2004年04月29日
今朝、頼まれた荷物の梱包をするため、私の部屋に宅急便の伝票を取りに行った時の事。ドア近くに前から整理しよう、整理しようと思っていた荷物が視界に入った。そこには、絆創膏やガーゼ、ぬりぐすり、体温計等の入った小箱、髪の毛をまとめるピンや、バレッタ、クリップ、リボン等の入った小箱、ハケ、赤のペンキ、ブラシ等の工具類が入った小箱、などの箱が、わざとフタを開けて床の上に積んである。目に付くところに置いて、収納意欲をかき立てようと思ってした事なのだが、もうそれはほとんど散乱している、という感じに近い。逆に意欲が失せてしまっていた。少し前、三段の収納ケースを、三台購入し、押入れの中に待機してある。けど、どういう訳か荷物をその中にしまう気になれず、放置していた。さてその中で、ふと、ある小箱が視界に入った。その箱には、8年くらい前からのメモ帳やアイデア帳や手帳、仕事を覚える為に書いた「虎の巻」が入っているのだ。その箱を手に取ったとき、ふと、その中身が見たくなった。手帳の横に、中身の入った黄色い買い物ビニールが入っているが、何が入っているのか思い出せない。なんだろうと中をのぞく。中には、単語カードが8個くらい入っていた。どれを開いても英単語や和訳がぎっしり書いてあった。・・・8年前のもの。そういえば、英検合格の為、毎日一生懸命書いたっけ。ついでにメモ帳を開いて見た。そこには仕事中の同僚との接し方について気づいた事が書いてあった。・・・7年位前のもの。当時の記憶がわぁーっとよみがえってきた。ある時、仕事上のミスで職場の人全員に大迷惑をかけてしまった。もう一人、関わっていた人がいたのだが、どういうわけか、それ以来、私だけ完全無視されるようになった。(今はもう誰も恨んでいないので、詳細は省略)。メモは、そのときに書いたものだった。いかに、能率的に仕事をこなすか?自分はその日、どういう態度で、同僚に接したか等の記録がギッシリ書かれていた。私は、涙が出てしばらく止まらなかった。もうほとんど思い出さなくなってきた出来事。そのメモ帳や手帳に一生懸命生きてきた証を感じて、うれしかった。このとき私は、心の奥底で、今までの自分を見下げていたことに気づいた。そのメモ帳類の入った箱は靴箱で二箱になる。私の宝物を発見した。それは私の誇りでもある、とハッキリ言い切れる。私は、しばらく泣き続けた。
2004年04月24日
日記、書こうとすると、どうも身構えてしまいなかなか書けずにいます。その日の出来事とか、思った事とか何でもいいから素直に書いたらいいんだけどね。そういえば、小学校のとき、作文が苦手でした。先生に「さあ、今から書いてください」と言われ、鉛筆を持ち、いざ作文用ノートに向かうとそのまま手が止まってしまうのです。やっと出だしを書いた頃には、授業終了のチャイムが鳴る、、という経験が多かったです。提出して返ってきたノートに先生の赤ペンで「?」とか「×」とか大きく書かれているのを見て、悲しくなったのを覚えています。ところでそんな経験の数ヵ月後、こんなことがありました。小学校2年生のときでした。授業のはじめに先生は、「今日は先生に手紙を書いてください。出だしは、必ず、“先生あのね”から始めてください」と言いました。私は、先生にお話したい事をいっぱい書きました。数日後、何と私の書いた文章が学級新聞に載っていました。先生の赤ペンにはお褒めの言葉、母に学級新聞を見せたらいっぱいほめられて我ながら驚きつつもうれしかったのを覚えています。何だかふと思い出したのです。そういえば、作文を書こうと思うから書けないんだなぁと。「先生にお話しするように」書くことになったとたん、あれも話したい、これも話したい、と次々に書きました。ちゃんと書こうとするから身構えてしまってた。「したいこと」を刺激されたらとたんにあふれてきた。このことは、今の日常生活にもこの日記にも活かせるのではないかと思いました。おしまい。
2004年04月23日
この日記を書くのも久しぶりです。約2週間ぶり!にもかかわらず、ご訪問くださった皆様方、本当にありがとうございます。これまでの日記は、どうも、「何を書こうかなぁ」と身構えてしまうような感じでした。でも、あれですね。日記って“私の中から出てくるもの”だから、何も身構えても仕方がないですよね。身構えるのも私。でもそのまんまの自然体でいるのも私。だから、(もういいや~)っていう思いなんですよでもだからと言って決して、投げやりなのではなく、「自然の流れに身を任せちゃえ!♪」という感覚です。この2週間何をしていたのかというと、毎日、結構楽しんでいました。自営業の仕事がない日に、事務のアルバイトに行っていまして、結構これまた楽しい。休みの日に、一日中眠っていて、これまた楽しい。(ああ気持ちよかったぁ)と。・・こんな具合です。最近、何をやっても、楽しいのです。イラクの邦人人質の事件を知り、私って何にも知らないんだなぁとか、今までの私って、無神経だったなぁとか、「ゲゲゲ」と思う事もあるのですがね。でも、そこを何とかしたいとか、「ああ、そうなんだ」と知った瞬間が、なんとも言えず、ホッとするんです。そこから、「じゃぁ私に何が出来る?」と。私の心の中も春のようです。♪♪♪PS この場で、イラクの人質になってしまわれた 5人のお方のご無事を祈ります。
2004年04月15日
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