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今日は 祐亮君の面接があります。大谷先生と佐藤先生を招いています。 教育する立場ですが 逆に人生や生き方について考えさせられます。数学を教えながら、逆に研究する事、考えさせられる事が多いのです。今日、何か新しい考え方が 浮かびあがってくるかと考えています。
2.10 国民投票の危険性について、みんなで決めればいい?(2007/4/19):
多くの人にとっては、憲法は変えるべきか、変えないべきか について、どちらがいいか判断ができないと言っているのです。
真面目に考えると国際社会の中で、変えるべきか、変えないべきか は、非常にデリケートで、専門家の間でも判断がつかないというのが真相ではないでしょうか。 すると、何も分からないで、判断を求められる事は、所詮無理で、非常に危ういという事にならないでしょうか。 一旦、国民投票で決まったものは、最高の意思決定として、重きを成し、それにしばられることになります。 みんなで決めれば良いとは全然ならないのであって、実際多くの会議では、少数意見が適切であり、またみんなの為になるということが多くあるのです。 よって、国民投票を考える場合には、非常に慎重な取り組みが必要ではないでしょうか。 民主主義は、いつでも衆愚政治に陥る危険性があることを警告したいと思った次第です。
2.11 裁判に参加、陪審制、専門家と素人(2007/5/24):
次は質問へのメールです:
最近学校の廊下に、「僕たちが20歳になるころ裁判制度が変わる」と言うポスターが貼ってあります。ポスターの下の方には最高裁判所の名前、とか書いてあります。
ちょっと変に思うのは、憲法には3権分立が謳われていますが、一体誰がどう替えようとしたのでしょうか? 僕はちっとも賛成したり、納得した記憶がないのに。 この件についてもう既成事実のようになっていることです。 国民投票とかあったのでしょうか? すべての面で時を同じくして、制度が変わっていくのも変だと思う気持ちがあります。良く分からないのですがもし分かったら教えて下さい。
これはアメリカの陪審制を取り入れたもので、確かに是非の問題は別として、アメリカの物真似ですね。議会では議論されて勿論実現しているのです。
ここで面白い考えは 裁判などの問題でも、素人の判断があるといいという 考え方ですね。専門家は偏って変な考え方をする危険性があるという事に根ざしているように思います。
このような事はいろいろな所に現れますね。 例えば学会賞なども専門家しか分からず、1部の本に1部の人の評価になり、多くの人には評価できませんから、密室だけのものになりがちです。その点ノーベル賞などはそのような事がなく、いわば歴史的に評価が耐えられる基準を持っていますから、大変良いと思います。教育界も政治家集団も専門家集団になり ある意味で閉じた世界を作って 変な状態になっている弊害が出ていると感じることが多いのではないでしょうか。
私達も、一般の庶民の中に 実は大きな真実があるのだ、常識が大事だと指摘し、今の社会 何かおかしいのではと思い、 いろいろ意見を述べて、意見を交わしていこうとして、再生核研究所声明を発しています。(2007/05/23 23:40)
2.12 再生核とは何か(2007/7/22):
再生核とは何かという質問があったので:
検索で、再生核を見て頂ければ分かるのですが、再生核は、数学の専門用語です。 しかし、その背後にある考え方は、生命が次々と新しい命を生み出していく素 という意味で私は使っています。
文化でも社会でも、次々と変わって生まれ変わっていき、それらが、続いていくのですが、それらにいえる事が再生、生まれ変わるという意味です。
人間は誰でも、死んでいきますが、新しい命を生む事によって、 生まれ変わっていくといえると思います。
その素になるものが、再生核です。
数学でも、そういうものがあります。 そして、面白い事には、その背後に 2つ という考えがありますよ。丁度男女と同じなのです。 従ってこれは、愛にも通じる考えで深いのです。男女が愛し合うと新しい命が生まれ、私達の生命は、生まれ変わっていくともいるのではないでしょうか。そこの考えの元が再生核です。
良い社会のために-よっちゃんの想い- から
http://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360