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2009.09.15
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カテゴリ: カテゴリ未分類
:知的頽廃の萌芽:

随分深いところを考えておられますね。 とても重要な観点だと思います。 ある天才少年にあったのですが、 いろいろなことに関心と興味を持ち、どんどん世界を広げていくのです。 そこで、どうしてそのように興味と関心が湧くのか とても興味をもって 観測していました。 天性としか言いようがない という結論でした。

(8)で一番大事なことではないでしょうか。 人が、何に 興味と関心 を持つかは個性であり、天性であるということです。 そこで、 自分の個性、天性を活かすように 自分を良く知ることが必要なのではないでしょうか。
もちろん、興味や、関心を 湧きおこし、育てる 環境と教育は 大事だと考えます。 生きている意味について、次を参考にして下さい。

再生核研究所声明 12 (2007/09/17): 人生、世界の存在していることの意味について 



天才教育や世界の在りようについて考えていましたら、結局は人生とは何か、存在している意味、目的が大事であると考えました。なぜならば この世の全ての問題は 結局はひとりひとりの心の問題に帰するからです。そこで、次の文章を思い出したので引用して、全ての基礎にしたいと考えます:



人生における基本定理



・・・ 1995年1月13日朝、目覚めの後、ひとりでに数学のアイディアがうかんだときのように、

「人生の意義は、 ・・・・・・ にある」



私はもの心ついてから: 自分が生きていること、そして死ななければならないことを知って以来、人生そのものの意味について、最も中心的な問題として考えてきた。その核心は、人間は生まれ、生き、死んでいくものであるが、それらがどのような意味があるのか、そして、そのような人生においてどれ程の価値があるのか、という半ば悲観的な見方:

実際、人生は何の意味もないのに、人は死にたくないから、そして人並みにあるいは人並み以上になりたいから、あるいは人に尊敬されたいから等の漠然とした気持ちで生きているのではないか、と。また、そのような人生、人間の目標はどのようなものか、という基本的な問題への疑問であった。

「人間としての存在の究極の意味、価値は」

「人類の目指すべき基本的な方向とは」

これらの基本的な問いについて、私が、全体的に、直観として得た解は、

「人生の意義は、感動すること にある」

というものである。

「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」というような、人生における真剣な問いについて、これは十分な解答になっていると思われる。 

人類の価値: 真、善、美、聖などの基礎を、我々の素朴な「感動させるもの」におき、

また同時に生と死を、感動することと感動の止むことに置き換えれば、我々は死を安らかに受容できると思われる。

 人類の永遠の課題    神、自由、不死



 存在、知、愛

を 渾然一体のもの「感動」として捉らえたことになろう。

また、藤村 操は、「・・・ 人生は不可解である、 ・・・ 」

という遺言を残して自殺したが、彼を何かに真に感動させ、

「人生の意義は、感動することにある」として、彼を救うことができたかもしれない。何が「人間を感動させるのか」を問うて行けば、「人生如何に行くべきか」の基本的な方向を捉えることができるし、それは多くの人間が素朴に、あるいはぼんやりと抱いていたものと大きな相異はなく、この「人生における基本定理」は 多くの人間によって受け入れられるばかりではなく、新鮮な感動をもって人生の基本的な指針を与えてくれると思われる。





追記 基本定理を自覚した後の心情は、



人生はそれ以上のものではないという寂しさ、さまざまな人生の肯定、

何か絶対的で永遠的なものを失ったような寂しさ、

感動できる人生を送ることは容易ではなく、逆に人生は苦悩に満ちている、

人生のことは、考えれば考えるほど、わけが分からなくなる、



等、であるが、それにもかかわらず、人生の方向と限界を知り、夢中で人生を送っているよりは はるかに賢明になったように感じている。(群馬大学工業会報より抜粋)



                                   以 上

http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360;  http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/




2009年9月15日16:08

知的頽廃の萌芽
困り度:
暇なときにでも
「知的」とはとりあえず知的好奇心や知的探究心を持ちそれを追究する「心性:こころのあり方」としておきます。
「頽廃」とは本来の目的から外れ堕落してゆくこととします。

では、知的頽廃は何から始まるのでしょうか?
例えば(順不同)
(1)未消化の概念を援用する
(2)知的虚栄心を充たそうとする
(3)党派的表白が始まる
(4)知的好奇心の衰退(自己評価含む)
(5)他者の知的達成を剽窃する
(6)権威への扈従または寄り掛かり
(7)自己模倣
(8)その他
などがその萌芽といえるのでしょうか?
(8)を選ばれた場合、例示と簡単なコメントを頂戴できると幸せです。

※質問の主旨の沿った回答をお願いします。






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Last updated  2009.09.15 16:38:38


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