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再生核研究所声明 695 ( 2022.8.26): 数学の先生の期待される良い対応 - ゼロ除算問題について
添付資料に有るように世情、 また教育の場でも ゼロ除算について 混乱が生じている状況が見られるので、説明、所見、存念を述べて置きたい。
まずは 所謂ゼロ除算、ゼロで割る問題であるが、 未だ世の情報や、世情ではゼロでは割れないが常識で、毎日のように 何故ゼロで割れないかの説明が YouTube などで解説されている。 発見都度 ゼロ除算問題は解明されたと 基礎資料を紹介している。 しかるに 余りにも決まった固定観念に拘り、新しい考え方に興味、関心が寄せられないのは 誠に残念である。 数学界も 積極的に無視の姿勢を取られていると感じられ、数学界の汚点である、恥ずかしい状態であると公言、そのような著書さえ出版し、歴史的な判断を求めることにしている。
要するに、ゼロで割る問題は、 割ることを 掛け算の逆と解釈すれば ゼロ除算は定義できないのは 殆と当たり前である。 しかるにそのような当たり前の解説ばかりが 解説されているのは 余りにも馬鹿げているように見える。 当たり前の議論を唯無批判に 馬鹿のひとつ覚えのように わざわざ繰り返し 解説が行なわれている。 その様な状況は 数学の、算数の教育がいい加減で、真の数学の教育目標によってなされていなく、 点取りや 問題解きの学習で、 論理も 議論も疎かにされ 言わば 暗記科目のように教育されている状況があるように見える。
ゼロで割れない理由など、基礎だから、分数や割り算が出てきたら、きちんと 教育して欲しい。 分数とは何か、割り算の定義など きちんと教えて欲しい。 特に定義、約束は大事である。
数学では、論理が大事で、創造的な精神を涵養し、考える力を付けさせる 大事な目標が有るのではないでしょうか。
いろいろ考える そのような 態度を養成する目標が有るのではないでしょうか。
ここで 極めて教育的な事件が起きていると考えます。
できない筈のゼロ除算、不可能が証明されてしまうゼロ除算、それが 考え方を変えると 可能になる考え方が 存在する という 事実です。
できる、できない それは 考え方によるということです。 この発想は 生き方や、考え方でも基本的に 大事ではないではないでしょうか。 前提や 基礎情報、発想で結果は いろいろ変化するという 柔軟な考え方を擁くのは 大事ではないでしょうか。
数学の歴史は 不可能を可能にしてきた歴史で、ゼロ除算もやがて可能になるだろうと予見していた人が存在していた。 しかしながら、気づいてみたら ゼロ除算は実は 当たり前で、小学生にも当たり前だと言われてしまった経緯すらある。 俗語で言えば ゼロで割るは、割らないこと、従って割り当てられた数は存在せず、 ゼロ除算はゼロであると 表現できる。ゼロにはないこと、できないこと、しないこと、などの意味が有り、そのようなゼロの意味からも 当たり前だった。
ゼロ除算については 沢山の論文も 解説も行ない、著書も出版しているので、ここでは解説を行なわない。
問題は、基礎数学、考え方に 新しいものが現れた場合の 学界や 教育の場の 対応の仕方である。
我々は、現代数学の基礎には欠陥があり、数学の教育には基本的な問題があると公言して、 数学会で 繰り返し 存念を公表している。 数学の研究と教育に責任を有する人たちは、それは誠かと真摯に、真相を点検するのは、義務のようなものではないでしょうか。 学校で 教育されている方が、 おかしいことを教えている事になると言われて、 真実は どうなのだろうかと考えるのは、教育者の義務のようなものではないでしょうか。 真相を知りたいという、真智への愛 なくして 良い教育者と言えるでしょうか。 難しい内容なら、ともかく 殆どあたり前のことに おかしなことを教えていると述べています。
真実を知ろうとすれば 誰にでも簡単に分る内容と考えられます。
そこで、教育の現場では、 このような理由で、ゼロ除算はできないと説明され、 それが世界の常識で、定説で 2000 年を越えて その様に考えられてきたが、近年 実は それは狭い、考え方で、自然な意味で可能になる 新しい考え方が現れたと 言及するのは 教育者、研究者の良心ではないでしょうか。
教育の場に置ける 混乱を避けるために しかしながら、 新しい考え方は 未だ公認されていないので、 公認されるまでは、ゼロ除算は 教育現場では採用しないことにすると 言明することが 大事と思います。
数学や真実を愛する者が 新しい考え方に興味、 関心を懐くのは 当たり前のことと考えます。
以 上
添付資料:
まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10
(断言
0 除算は
0
になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。
どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。
一刻も早く文科省は手を打つべき。
https://twitter.com/MyFinalDay666/status/1559700672198868992
我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は 0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。
古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している:
再生核研究所声明 524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。
本声明
524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明
148
(
2014.2.12
)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時
2014.2.2.
周辺の存念を
思いも新たに 回想したい。
念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数
y= 1/x の原点での値はゼロであり、
e^{1/z}
の原点での値は
1
である。
(z^n)/n
の
n=0
での値は
log z
である。
明確な動機は 一般の方からの質問、
100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式
ax=b
の解を
a=0
の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は
解は何時でもゼロである
1/0=z/0=0
となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。
実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。
世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:
汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。
象徴的な例は、
1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。
基本的な関数
y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。
我々は
初等数学には基本的な欠陥がある
と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく
人類の、世界史の恥である
と述べている。
しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人
2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見
10
日後、声明
148
を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は
5
年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も
1000
件を超えています。
面白いのは
10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、
3
年、
4
年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには
最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。
言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。
それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。
現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。
数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。
以 上
2019.12.08.14:37 最近の声明
3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。
2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。
2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。
2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。
2019.12.10.06:14 完成、公表。
再生核研究所声明
528(
2020.1.1
) 年頭に当たっての想い
ー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022. 8.25.14:48 一気に纏める。 午後天気回復。
2022.8.25.15:33 既に良い。
2022. 8.25.17:59 既に良い、明朝完成できるだろう。
2022.8.26.04:40 良い、間もなく完成できる。昨夜 W. H\ ” ovel
氏からメールあり 大きな石油輸送船の運航のように ゼロ除算の理解には時間が掛かると書かれていた。
2022.8.26.05:10 良い、完成、公表。