これから仕事が始まる。昨日、足を止めてくださるお客様が少ないので、何となく虚しい気持になった。こんなときは不安になる。店長は時間帯だよ、と言うが、心は休まらない。ピークを知っていると、前に行きたい気持が留められたかで、行き場がない心ゆきになる。
休み時間に前の職場に電話をかけた。お世話になった人だけれど、その人にも愛人がいることがわかったから、何となくショックだった。男女の仲は当人の気持以上の力が働くのかもしれないけれど、けれど、父と離れてから起きた事によって背負った影がまだ私の心の中……。一生消えないと言われている。父と離れてから次々と起きた悲しい、不幸な出来事。どこかで父親のせいではないか、と、思い、どこかで父親をそれでも慕い、探し続けている。
どこにいるのかは現実には知っているけれど、取り戻したいのが過去なのだから、質が悪い。
そうした父親との出来事があって、その人は”娘を愛している”とはいったものの、その人ですら、結局知らない間に大切な人を傷つけてしまうのではないか、と、思い、その事実を知った時、はらはらと涙を流してしまった。
私の仕事内容を評価し、元気付けてくれた、とある料理人の方も、不倫が原因でかなり前に家族が家を出て行ってしまったようだ。両親の離婚当初の私よりも幼い娘さんがいた。そうしたことを境に、その人の口から子供の話を聞くことがなかった。
不倫相手は、その人の離婚と共に、皆が気づきながらも何も言わない相手から、”彼女”に昇格したようだ。大人しく黙々と仕事をこなし、余計なことは言わない。その代わり冗談も通じない同い年の女の子で、私は一緒に仕事をしたくない、と、しょっちゅう思っていた。
私は本当にそういう”大人の事情”が苦手なのだ。
だから、お世話になっている、私が電話をかけてお願い事をしなければいけない人に電話をかける時、ちょっと嫌な気分になった。
その人に愛人がいると初めて知った時、それは、その人が家族連れでお店に来た時だ。小学3年生くらいの娘さんが、その人の着ていたシャツに穴が空いていたので、”穴空き父さん、穴空き父さん!!”と連呼して、私はクククと笑った。”幸せ”ってこういうことを言うのだなぁ。つつがなく育つと、このような元気な子供に育つのかなぁ、と、羨ましい気持も半分で、眺めていた。私の横には店長がいた。見た目、子供には縁がなさそうで、いつも黒いものばかり身につけている人だ。それでも、その人が少し微笑む時、私は好きだった。好きだったからこそ、そこにいる家族のその光景に仮の幸せの偶像を求めた。
けれど、彼らを見送る時、料理人の一人が私の後ろで言った。”あんな幸福そうに見えても嘘なんだよね”
ふぅーーと、寒くなる背中に、”まさか!!”と聞いた言葉を流そうとした。
幸福を演じること、それは苦しい。あの子がまさにそういう子供だったら、幸福そのものに見えたのに、やるせない。最も愛している人の一人が、彼女にしてやれないことの唯一。安心できる場所を提供できないこと。それが子供にとって必要なのに、”大人の事情”でもらえない。
私は夢の中でもがくと、ふと、落ちていく場所がないような感覚に襲われることがある。きちんと布団の上に眠っていることがわかると、心を落ち着けようとする。
電話の内容はきちんと言えた。”年末調整の為に書類を下さい”それだけなのだから……。
用件を伝えて電話を切ると、後の休憩時間はひたすら眠たかった。
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SEAL OF CAINさんComments