りらの徒然日記

りらの徒然日記

2005年01月17日
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カテゴリ: その他
 そうだ、あれから10年経ったのだ。
 私には、まだ、ついこないだのことのように思えてならない。
 あの音、揺れの体感、そして、数日後に見た風景。
 全てが、まだ「実感」のままなのだ。

 あの当時、京都市左京区に一人で暮らしていた。
 揺れに反応したのか、音に反応したのか、とにかく、飛び起きたことは間違いない。
 とっさに「地震だ」と思い、反射的に布団にもぐりこんだ。
 揺れがやむまで、非常に長く感じた。

 その日は、私が所属していた大学オケの定期演奏会の当日だった。

 団員の中には、神戸から通っており、その日のうちには安否の確認すらとれない者もいた。
 そんな中で演奏会は始まった。
 指揮者の佐渡裕氏は、演奏の前に、客席に向き直り、こう言った。

「この曲を、今日のこの震災で亡くなった方々に捧げます」

 その声は、泣きそうになるのを必死にこらえているとも聞こえた。

 曲は、マーラーの交響曲第9番だった。
 ああ、何でこの曲なんだ…、そう思った。
 こんなに悲しく、こんなにふさわしい曲はないと思った。
 聴きながら、ぼろぼろ泣いた。

 数日後から、私は芦屋に、そして神戸に向かった。
 そこで見た風景は、とても現実のものとは思えなかった。

 でも、「この風景を目に焼き付けておかなければならない」
 そう思って、しっかりと見た。

 芦屋で、神戸で、いろんなことをした。
 いろんな人に出会った。
 いろんなことを感じた。


<当時、詠んだ歌>
避難所の代表たる母我の母に戻れと戸を打つ小さき拳 (1995.4作)

初夏というつめたき言葉震災の傷跡残る路地にもそそぐ (1995.5作)

*     *     *     *     *     *     *

 毎年、1月17日は、5時40分頃起床する。
 そして、5時46分に黙祷する。
 それが、私の慣わしになっている。
 もちろん、今日も…。

 今日、新聞で震災に関する記事を読んでいたら、胸がきゅうっとなってきて、気がついたら、ぼろぼろ涙をこぼしていた。
 どうしたんだろう。何で、涙が流れるんだろう。
 自分でも、全然分からなかった。
 私は被害に遭ってないし、親しい人が亡くなったわけでもない。
 京都だったから、震度5くらいで、神戸近辺ほど揺れたわけでもない。
 それでも、当時のことが思い出されて、体感がよみがえってきて、そしたら、泣いていた。
 10年経って、こんなことは初めてだった。

 歳をとったのかな…。





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最終更新日  2005年01月17日 23時03分11秒
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