りらの徒然日記

りらの徒然日記

2006年07月12日
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カテゴリ: 短歌
 今日は、お昼間、久しぶりに歌会に行ってきました。
 また体調壊しちゃったらどうしよう? とかすごく心配したんですが、何とか大丈夫で、無事参加できたので、ε= (*^o^*) ほっ
 いつもにも増して、充実した歌会だったので、楽しかったです
 そして、またまたたくさんやる気をもらって帰ってきました。
 でも、よほど気がはっていたのか、自宅に帰ってきたら、途端に疲れがどっと出ました

 今回は、パッと見では分かりにくい歌が多かったのですが、歌会をしながら、そういう歌でも「あ、これ分かんない」といって簡単に突き放すのではなく、少しでも自分なりに読んでいこうという姿勢が大切なんだな、と思いました。
 日本語で組み立てられている以上、どこかにとっかかりはあるはずで(語感とかリズムも含めて)、そこからできるだけ歌を感じとろうとすることが必要では?と感じたのです。

 歌会に出ると、ときどき「この歌は、私分かりません」だけで済ませてしまう人もいるけど、それは最初から「読み」を放棄しているようで、あかんかな、と。
 どこは感じとれて、どこがどういう風に分からないのか、何と何で迷うのか、それを言語化していく作業も、時には必要なのでは、と思ったのでした。


 どの歌もちゃんと読んでもらえている、という一種の安心感のようなものがありました。

 ただ、あまりに「読み解く」ことに熱心になりすぎると、自分(の経験)に引きつけすぎてしまうという危険性もあるかな、とは、後で考えたこと。
 さっき言ったことと矛盾するかも知れないけど、歌って全部を完璧に読み解いてしまう必要はないと思うんですよね。
 謎は謎として、その謎な部分を感じ取れればいい。
 極端な言い方をすれば、あまりに謎がなさ過ぎる歌は、それはそれで魅力が薄いような気もします。
 いい歌って、たいてい何かしら謎な部分があるもので、それがどんなふうに謎なのかを感じ取れれば、それ以上に細かいディテールを追求しすぎなくてもいいのかな、と思います。

 なんとなく思ったことを、ざっと書いてしまったけど、これを追求しようと思ったら、もっと感受性を磨かなければならないな。
 そのためには、もっと歌集をはじめ、いろんなものを読んで、いろんなものを見聞きして、いろんなものに触れなければならない、そしていろんな事を自分の頭で考え、それを表現しようと努力しなければならない。

 よぉっし、もっとがんばろうっと!!

《追記》
 帰ったら、「塔」7月号が届いていました。


今日もまた負け続けている楽天の二番遊撃沖原佳典

 今は残念ながらファームなんですけど…。
 密かにオッキーファンとしては、早く上がってきて欲しいです!










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最終更新日  2006年07月12日 22時32分13秒
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