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民主主義、世界平和、UFO、市民、軍国主義・・・・・ ひとつでも見たことのある人は、医者に行った方がいい。
2003.04.30
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天皇制などという用語を使って、天皇が、あたかも政治的存在であるかのように語る人々よ・・・ 天皇の呪縛から逃れられないのは君たちなのだ。
2003.04.29
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そこで一首 へらさけの こるがにすみれ はらほひて くんのもらだす ひじらこいてん【大意】 へらさけの友のおかげなので、自分がもらうのは気恥ずかしい。しかし、勲章をもらっても、私のことだから、肘打ちでこわしてしまいそうだなあ。
2003.04.28
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本物の芸術家というものは、殺戮にすら美を見いだすのだよ。 たかが戦争に「賛成・反対」を語るようでは、ニセモノさ・・・・
2003.04.27
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核を持たない国が、核を持つなと言うのは、強制力がない。 核を持つ国が、核を持つなと言うのは説得力がない。 しかし、強制力がないよりましである。
2003.04.26
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死は、いかなる状況、いかなる理由があろうとも無意味なのだ。 戦士であろうと民間人であろうと、そこに意味を見いだそうという努力は、死を礼賛することにつながる。 民主主義がファシズムの呪縛から逃れられないように、反戦もまた戦争の異形態なのだ。
2003.04.25
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猫に鰹節
2003.04.24
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君が本気で政治を考えるのなら、まず選挙に行くのを止めたまえ。
2003.04.23
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友のために死ねるか? 友に家族を託せるか? 友のために人を殺せるか? 友情とはそういうことだ・・・・
2003.04.22
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人権とは、個人間の相互不可侵条約である。 神様がくれた訳じゃない。
2003.04.21
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実験で殺される動物たちは悲惨だ。 戦争で死ぬ人間たちも無惨だ。 食うために殺される牛たちもかわいそう。 家を造るために切られる森の木々たちも何とかしなければ。 何より、ただ生きているだけで殺されるウィルスたちの権利を確立しよう!
2003.04.20
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天皇家への反発は、エディプスコンプレックスに他ならない。
2003.04.19
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~アメリカンドリームは、成功者にだけ与えられる賛辞ではない。挑戦し続けるすべての人間に対する賛辞であり、成功や失敗という評価が、いかに無意味なものかを思い出させるためのものなのだ。~ 挑戦、孤高、無口、伝説、開拓者・・・・ 彼に与えられた賛辞は数多い。おそらく、今後も日本人メジャーが活躍するたび、彼は引き合いにされ、賞賛され続けることになる。それは、彼が単に優秀な選手だからではない。日本での名誉を捨てて、メジャーに挑戦したからでもない。世紀を超え、2度のノーヒッターになったからでもない。それは、彼が「ひたむき」であったからなのである。 野茂はこれまで、あらゆる障害や困難を、あのポ-カーフェイスで、難なく乗り切ってきたように見える。スポーツを数字でのみ評価する人間は、ランディー・ジョンソンの方が投手として上だという。メジャー通は、イチローや松井の方が、野茂より成功するだろうという。確かにそうかもしれない。けれど忘れてならないのは、野茂が美しいスポーツマンであったということなのだ。 ここに雑誌から切り抜いた一枚の写真がある。ダイヤモンドの斜め上方から撮ったもので、美しい芝の真ん中にあるマウンドに、振りかぶった野茂が写っている。他には誰もいない。 まっすぐ頭上に伸ばされた両手、打者を見つめる目、リラックスした、ギリシャの彫像のような両脚・・・・これからトルネードにはいろうとする直前の写真である。 この写真に写る野茂の姿は、はたとえようもなく美しい。 私は時々、野茂の将来を考える。大きなお世話であろうが、彼はいったい、長い引退後の人生を、どのようにして送るのか、心配になるのである。おそらく野茂は、野球選手以外のことはできない。野球選手の多くがそうであるように、野球に関わることしかできないのではなく、野球「選手」しかできないのである。野球解説も、コーチも、監督もできないであろう。 彼がテレビで、「今の玉は少し力んでいたようですね、もう少し肩の力を・・・・・・」などと、したり顔で解説する姿を想像することはできない。コーチになり野球理論を教える姿もまた同じである。彼がコーチになったらこういうだろう。 「う~ん。少し走った方がいいんじゃないかな・・・・(後は無言)」 「ボールは・・・・もっと・・・・こう・・なんて言うかな・・・びっと・・・(やって見せる)」 これではコーチにならない。 まして商売や政治など、やるだけ無駄というものだ。そして野茂はそれを自分でよく知っている。 私の考える野茂は、野球しかしない。年齢を重ねても、誰かを指導したり、有望な選手を発掘したり、メディアで野球に関するコメントを発表したりすることはない。だだっ広いアメリカや中南米の、どこかの荒れたグラウンドで、少年達と一緒に、まるでバリー・ボンズに投げるように、少年野球の4番打者に投げ込んでいる。 10年後も、20年後も、体力の続く限り、彼はグラウンドに立ち、野球をやっている。子供達に教えるのではなく、一緒にフィールドに立つプレーヤーとして、彼は存在し続けるのである。「野球をやるのはこんなに楽しいのだ」と、生涯自分の身体で示し続けるのである。 私の勝手な想像である。ご容赦願いたい。しかしそんな生き方は、私の理想的な男(の子)の生き方であり、夢のような、うらやましい人生である。願望といってしまえば、それまでだが、そんな男がひとりぐらい実在していても、いいのではなかろうか。
2003.04.18
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天皇家はいらないって?それだけは言わない方がいいと思うぞ!
2003.04.17
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黙って去ったことを、男は生涯悔いる・・・
2003.04.16
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笑顔と青空と春風とあいさつ
2003.04.15
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自分の存在が、一時の流行だったと知ることは、つらいことだろう。
2003.04.14
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反戦と福祉しか発言の許されない野党と、大臣同士の罵り合いもありの自民党・・・・ どっちがリベラルズか、わかりそうなものだが・・・・
2003.04.13
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「一言で言えば、自分に自信がない個人主義の負け犬が、国家というものに極端な自己投影をしてしまうと言えるでしょう。その反対に、個人主義の勝者、つまり「自分とは何かを、強さも弱さも含めて自分に説明できる」ような人は、自分に自信があるから国家の非道徳性を批判できるのです。こうなると、個人主義の建て前など無力だという側面が浮かび上がってきます。日本でも全く同じ事情です。偏差値教育に疎外され、日教組系の教師に無視された若者が、国家主義的なものに思い詰めてしまうのも同じなら、リベラルの方が「巨悪への反骨」という幻想に捕われて国粋主義的な人の持つ敗北感を全く理解しない現象も全く同じです。」 これは冷泉彰彦という作家の『from 911/USAレポート』 第87回目の一節です。今回は少し気になる部分があったので、そのことについて書いてみたいと思います。 まずここにない前半で、彼はアメリカの実情を分析していますが、その部分については、私自身わからないですし、私の僅かな知識に照らしても、そう離れたものではないと感じています。しかし前記引用文の中で、それをそっくり日本に当てはめているのは、いささか乱暴と言わざるを得ません。 日本における事情は、アメリカよりも複雑です。歴史的にも思想的にも、その深さ、複雑さは、比較すべくもありません。(個人、個人の能力は別です) 日本においては、「戦争も選択肢としてある」、「憲法を改正して、軍備をすることも考えるべきだ」と述べるのがリベラルであり、「何が何でも反戦」「第9条を、守れ」と叫ぶのが国粋主義者なのです。理由は簡単で、「憲法がそうなっている」からです。 憲法の枠組みの中で硬直している左翼と呼ばれた国粋主義者は、その憲法の精神に乗っ取り、自国民を去勢し続けてきました。それに対して一定の国際常識と、現実認識を持ったリベラルな者達は、歴史の捏造に疑問を挟み、軍備というものを考えてきたのです。もちろん、極右として好戦的言辞を弄する者達もいますが、そのような者はきわめて少数であり、その心情は極左の者達と相似形をなしています。 戦後の日本はずっと、リベラルと保守が混在する自由民主党が複雑な党内抗争を繰り返しながら日本を運営してきました。それに対して批判的勢力は、マスコミと野党に陣取り、次第に国粋主義を純化させてきました。現在思考停止しているのは彼らであり、体制内にいる者達の方が自由な発想でいるのです。今回のイラク戦争に賛成する者であっても、好戦的とは限らないのです。ただ紛争解決の手段としての戦争を否定しないだけです。他国の戦争を倫理的理由によって反対することを嘲笑しているだけなのです。 彼はさらに、次のように言います。「日本の歴史観もそうです。国家主義的な人は「自虐史観」と言って罵るのですが、リベラルな人は個人に自信がある分、自分を国家に投影することが少ないので、自国の過去における非道徳性を正視するのが正義だと思っているのです。そんなリベラルには、不道徳な過去に目をつむって名誉の問題に固執する人たちは、現在形での悪に見えてしまうのですから、これまた悲劇としか言いようがありません。」 ここにも、彼の人間理解に疑問があります。日本におけるリベラルは、「被害者を装う隣国」に遠慮して自虐を語るのではなく、日本の歴史をありのままに見ようとしている者であり、遠慮しすぎた名誉を、通常のレベルまで持ち上げようとする者達をいい、逆に被害者という絶対正義に自分を同化させて小さな正義感を満足させようとする者達を国粋主義者というのです。憲法の精神に忠実な者を「国粋主義者」と呼ばずしてなんと呼ぶのでしょう。 彼は引用外の後半部で、「正義不正義の二分法を抜け出す方法を模索」しているのですが、彼自身がきわめて杜撰な、しかも国情の相違する二国に同じような分析を行うという二重の間違いをしていることに気がつきません。リベラルな思考は、「倫理」を殺すことから始まります。きわめて初歩的な哲学の命題ですが、ヨーロッパという因習のはびこる世界では、ニーチェがそれを指摘するまで、理解されませんでした。冷泉の言う「正義・不正義」の二分法など、日本ではとうの昔に超克しているのです。 今回はあえて批判的な文章を書きましたが、私は彼のレポートは大変参考になるものもあり、毎回欠かさず読んでいます。皆様にもご一読をお勧めいたします。
2003.04.12
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国連中心主義は、一種のファシズムだと、どうして気がつかないのだろう。 普段、「人権!人権!」と騒いでいる人たちが、交戦権という、おおやけに認められた権利を否定するのはなぜだろう。
2003.04.11
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つまるところ日本人は、民主主義を信奉するほど非道い目に遭っていないってことだ。
2003.04.10
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被虐の快感を知った者は、新しい主人を求める。
2003.04.09
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桜の木の下には、死体が埋まっていると言ったのは中也だったか・・・・・ 現代の西行は、かの地を訪れるのか?
2003.04.08
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神様が中東の地に降りたち、やがて辺境に至る。 あらゆる悪事は、神の御名をもって正当化される。 断っておくが、アメリカはまだ宣教師に過ぎない。
2003.04.07
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民主主義が、イラクで何をするのか、よく見ておくがいい。
2003.04.06
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選挙に行って、「政治に参加した」と思えるあなたは幸せだ。
2003.04.05
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時代に置き去りにされた新左翼たち・・・・・短い春はいかがだったね?
2003.04.04
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わからないのかね。 あなたと私は、似ているのだよ。
2003.04.03
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ファシズムの時代に生きた人は、自らの心に住むファシストに気付かないものだ。 ファシズムの時代を知らない人は、ファシストの存在にすら気付かないものだ。
2003.04.02
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あなたがユダヤ教徒と結婚し、モザンビークで暮らし、子供が中国でビジネスをしているというのなら、批判を甘んじて受けよう。
2003.04.01
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