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日本はきわめて安定した、平等な社会を築いている。ここから出発しようではないか。
2003.01.31
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食欲と性欲が人間行動を解発し、嫉妬がモチベーションとなる。宗教と哲学は、その醜さを包装し、リボンをかけるにすぎない。 しかし、その醜さゆえに、人間は懐かしい。
2003.01.30
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歴史を学ぶことはあっても、歴史から学ぶことはできない。 失敗から何かを得ることなどないように・・・
2003.01.29
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借金取りの前では、どんな人も平等なのさ・・・
2003.01.28
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明治維新は、行われなかった方がよかった。
2003.01.27
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宅間や宮崎になる権利は君にもあるのだよ。想像力ということはそういうことだ。
2003.01.26
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俺はチビだし、腕っ節も強くない。 殴り合いになったら君に勝てないだろう。 だが、殺し合いなら話は別だ
2003.01.25
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コミュニケーションは、その絶望的距離感を感じるものだけにしか、有効に利用する方法は見つからない
2003.01.24
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いい絵だな。 買えない値段でもない。 けれど、残念ながら我が家には、この絵を掛けるにふさわしい壁がない。
2003.01.23
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俺はゴマキの弟の歌を生で聴いたことがある。踊りも結構うまい奴だった。 ところでゴマキって誰だ・・・・
2003.01.22
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いい大学を出ようが、エリートサラリーマンであろうが、世界的な学問の権威であろうが、バカはバカ。 女はそれを先天的に知っている。
2003.01.21
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紅衛兵も、クメール・ルージュの兵士も、ナチの党員も、個人的につき合えばいい人なのさ。
2003.01.20
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中島みゆきの最高傑作は、谷山浩子とのデュエット 「まつわ」だと思う。
2003.01.19
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女がダイエットするのは、男のためではない。 女同士の虚栄のためである。 だから男が、もう少し太ってほしいと願っても、詮無いことである。
2003.01.18
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うまいものをうまそうに食べるのは難しい。 とくにフレンチをうまそうに食ってる奴を見たことがない。
2003.01.17
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暴力装置を持たない市民運動は、敗北すら知ることはない。 井戸端会議の主婦達が無敵であるように・・・・
2003.01.16
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個性的であることには、なんの価値もない。 独創的であることもまたしかり。 そして最も愚かなのは、個性や独創が、樹木のように伸びると思っていることだ。
2003.01.15
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人は集中力が頂点に達したとき、未来を覗くことができる。
2003.01.14
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売春婦は、売春という行為によって貶められているわけではない。たやすく権力になる危険性を知っているから、貶めずにはおけないのだ。
2003.01.13
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君が成人であり、男である以上、ひとりやふたりは殺しているはずだ。心当たりがないだけさ・・・・
2003.01.12
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子供のしつけですか? 叩くだけです。説明しませんし、言い訳も聞きません。
2003.01.11
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金を貸して感謝されることはない。 いかなる人も、いかなる国も、貸したら恨まれることを知るべきである。
2003.01.10
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戦争は、もっともソフィティケートされた政治である。おそらくもっとも野暮なのが、アメリカ合衆国であろう。
2003.01.09
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「男女が恋愛感情抜きで、友情を感じることができるか?」 という命題は古くからあり、主に女性から発せられます。男性側からいわれることはあまりありません。それは男性の性欲が、男女間のつきあいの大きな妨げになるからで、それを抑圧することの困難を、男性自身がよくわかっているからです。卑近な例をあげれば、酒を飲んだ勢いで風俗店に行こうというとき、仲間に女性がいたら、男性は非常な不自由さを感じます。 そういうわけで、男性はそもそも女性に友情を感じることを拒否しており、同性、異性のつきあいを厳密に区別しています。そしてそのことに疑問を感じることはほとんどないのです。 ところが、女性は、恋愛抜きの異性間交流を望んでおり、同性ではあり得ない友人関係を男性に求めているようです。 これから述べるのは、男性の間にある友情という感情を、男性の側から見たものです。私は女性ではありませんし、あるテストでは、典型的男性脳の太鼓判を押された朴念仁ですから、女性の感情をなかなか理解できません。従って、女性側から見た場合というものを考えるのは難しく、一方的な意見の表明になろうかとはおもいますが、おつきあいください。 では、男女間の友情を考えるために、男の側から見た女性との関係を、初対面を例にとってみてみましょう。 まず、なんの条件もなく、男女が同席して話をすることになったと仮定します。その時、男がどういうことを考えるかご説明しましょう。 男性は女性に接したとき、始めに性欲が来ます。「この女とやれるか」ということです。相手が一目で対象外である場合は、特に関わりを持ちたいとは思いません。当たり障りのない返事をして、早くその場を去り、別の女性がいる場所へ移動したいと思うでしょう。可能性のないところで時間をつぶすより、次の相手を捜す方が優先するのです。もちろん「守備範囲」は千差万別ですから、「幼女から老婆までOK」という人もいれば、「自分の年齢の前後3歳」という人もいるでしょう。 相手が一応対象となる可能性のある場合は、俄然興味がわき、あらゆることを知ろうとします。それはベットに連れ込むためです。従ってその段階で、女性の方にステディーな異性がいて、当分つきあいが続きそうな場合は、それでおわりです。ただしその判断には、相当の個人差があります。いてもいなくてもとりあえず口説く者から、さっさとあきらめる者までありますし、婉曲な方法で気をひこうとする者もあります。しかし目的は一緒です。 また、自分にステディーな異性がいる場合は、「こいつとやって、ばれるかな」とか、「とりあえず予備として確保しておくか」とか、「深入りするとやばそうだな」といった判断も同時にします。 その段階をクリアして、「俺にも可能性がある」となったとき、男性は、女性に「人格」というものがあると気づくのです。時間にすれば、おそらく10分程度のことでしょう。そこで初めて男性には感情が生まれるのです。それは大きく類型化すると1「自分にはちょっと無理かな」というあきらめ、2「こりゃいけそうだ」という期待、3「もらった」と考える自信、 などです。 そしてそれらの感情は、次の行動を選択するキーになります。 1の場合は、「つきあいが無理なら、少なくとも仲良くしておいて、あわよくば・・・・」という行動になりますし、 2の場合は、何とか、電話番号を聞いたり、予定を聞き出したりして、次の約束を取り付けようとするでしょう。 3の場合はもはや、一刻も早く次の関係に移ろうとします。 ここまで来ても、男性には「友情」などという感情はいっさいありません。振られてしまった場合の悪あがきや、次の段階へのつなぎとして、「友達」という「言葉」を使うことはありますが、本当にそう思っている男性は、ほとんどいません。いるとすれば、その人は性同一性障害であるか、不能者ではないかと思われます。 逆に言うと、そこまで男性を切羽詰まった性欲の虜にしておかなければ、男性の性欲はたちまち萎えてしまうほど脆弱なものだということです。「あらゆる文明は、男性の性欲を喚起するためにある」と主張する学者もいるくらいです。悲惨なものです。 これは初対面の場合ですが、そのほかにもいろいろな条件で、男女は関わります。仕事、学校、近所、通りすがり、それぞれパターンがあるでしょうが、ひとついえることは、簡単に友情は芽生えないということです。男性同士ですら友情を感じるときには、相当な期間と相互の感情や打算の超克が必要です。 さて、それでは、いつ男性は女性に対して、性欲を克服して友情を自覚することができるのでしょう。 女性がはっきり断ったときでしょうか? 女性が性欲の対象外であったときでしょうか? いずれも違います。断られた男は未練を引きずり、表面上紳士的であったとしても、性欲を抱え続けます。対象外であれば、相手を知ろうとすらしません。 答えは、恋愛関係になり、肉体関係を持ち、紆余曲折の末、相互の違いをお互いに充分検討し、納得し、別れ、それでも相手が必要なときです。逆に言えば、男同士の友情もまた、そのような激しい葛藤の中で育まれるものといえます。 「こいつのために死ねるか」「ふれてはいけない部分は何か」「なににプライドを持っているのか」「こいつになら恋人をとられても良いか」などということを、男は常に、無意識のうちに自問自答しているのです。殺したいほど憎い相手にも、友情を感じることがあるのです。曖昧な味方よりも、はっきりした敵の方が信頼できるものです。 おわかりでしょうか? 男性は歴史的に、家族のため、友のため、国のため、民族のため、恋人のため、命を賭ける覚悟を強いられます。戦場で、猟場で、漁場で、自分の命を託す、あるいは友の命を預かるようなことがおきたときに、安心してそれができる相手を常に求めているのです。それはもはや、遺伝子に刷り込まれているといっても良いほど、強い感情で、妻や恋人などと比較出来ない信頼なのです。 もちろん当たり障りのない「遊び友達」は、男女を問わず、簡単に出来ます。ただそんなものは、お互いの存在理由になんの益もない関係です。 通常は、ここまで極端に考える男性はあまりいないでしょう。 感情の分析は難しいですね。読み返すと支離滅裂です。 私がこのように考える理由のひとつには、私が船乗りを父に持ち、漁師町で育ったことと関係があるのかもしれません。一艘の船に乗る相棒との友情は、戦友に感じる連帯のように、どんな人間との関係よりも強い絆なのです。
2003.01.08
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愛したことすらない女と、友達になどなれない。
2003.01.07
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自らが飢えて死ぬなら、平和を語ろう。 だが、我が子が飢えるのなら、私は銃をとる。
2003.01.06
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憲法第9条は、自衛隊と在日米軍によって守られている。
2003.01.05
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マイノリティーを保護するため、差別は生まれた。
2003.01.04
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シード権獲得! こんなうれしいことはない。 来年もまた箱根三昧だ!
2003.01.03
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裸のサルが野原に降りて、美しい夕日を見つめながら、 「俺はいったい誰なのか・・・」 とつぶやいたとき、人類は生まれた。
2003.01.02
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絶望は、希望のない状態ではない。希望を求めない状態をいうのだ。
2003.01.01
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