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道路整備事業の大罪
私
: ロスアンジェルス
は、 1970年から90年まで人口は45パーセント増加
したが、 面積は3倍以上も増加
した。
人が広い面に広がった。
その巨大な面を道路と自動車でつなぐ
のだが、 車での通勤が長時間の人が増加
してきた。
このどうしようもない 状況を打破
するために、 ロスアンジェルス
も 公共交通の導入
を始め、 1990年には最初の地下鉄を整備
し、 現在では5路線
に達しており、 バスの増強も検討
しているという。
同じように、 自動車優先型の代表的な都市
の ブラジル
も、 歩行者は無視されていて不便
であるという。
自動車優先なので、横断歩道も歩道橋もなく、青信号もない。
自動車は高速で走る。
それが反省され、ようやく 青信号がつけられ、地下鉄が計画
されているという。
A氏 :子どもたちの 遊び場 だった 車の少ない道や空き地 がなくなってきたね。
私
: 東京ディズニーランド
がある 浦安市や周辺の江戸川区の新住宅地域
は、 道路幅が広く、自動車が高速で走る。
自動車の運転にはいいが、子どもには危険がいっぱいだ。
そこで、 平日の午前中
には、 東京ディズニーランドの駐輪場
に 幼児をママチャリの後ろに乗せたお母さんたちが続々やってくる
という。
ディズニーランドで子どもを遊ばせるためだ。
安全だからね。
A氏 :なるほど、しかし、 入園料 が大変だろう。
私
: 年間パスポート
を使えば、安くあがるし、 3歳以下の幼児は無料
だ。
年間50回も通った母親
もいるという。
道路は自動車には便利だが、 子どもの遊び場を奪い、安全な遊び場には金がかかるという行政の矛盾が現れている。
外国では、 道路を自動車から子どもたちに取り戻そう
ということで、 1970年頃から、オランダで考案されたのが「
ボンエルフ
」
だ。
デルフト市
で最初に導入されたという。
「ボンエルフ
」は、 子どもや歩行者が自動車に優先する道路空間
として位置づけられている。
道路は カーブ
を設け、 速度制限は時速20キロ
、 舗装を変えて運転者に注意を喚起
する。
この「 ボンエルフ」
はオランダだけでなく、 隣国のドイツにも広く普及
しているという。
ブラジル
の クリチバ
市では、極端で、 道路を潰して公園
にしたという。
A氏 :逆に、 子どもたちが道路の主人公だ というわけか。
私
: 1960年代から70年代
にかけて、 アメリカやカナダの都市で高速道路反対の市民運動が展開
された。
そして 多くの都市で高速道路建設が中止
されたという。
サンフランシスコ
は 1999年から2005年の期間
で 高速道路の延長距離が短くなったアメリカ唯一の大都市
で、 1972年には鉄道網を敷く計画をし、都市鉄道を整備
したという。
ニューヨーク
でも、 1960年代から70年代
にかけて、 2つの高速道路の計画が住民の反対で廃止
になったという。
現在に至るまで、 マンハッタンの都心を走る高速道路は一本もない。
A氏 : 東京都心は高速道路だらけ だがね。
私
:今の韓国の 李大統領
は、 ソウル市長時代にやった偉業
は、 ソウルの 清渓川
を暗渠にして高速道路にしていたのを、元に戻した
ことだね。
李
氏は「 都市に暮らす人たちに最も必要なのは歩いて考える時間である
」という。
かっての高速道路のあとは、再生した 清渓川
となり、市民の憩いの場
となっている。
A氏 : 日本橋の上に高速道路を作った日本 と違うね。
私
: 李
氏は「 日本は決して21世紀の先進国にはなり得ない。
経済的な効率性ばかり計算する時代は終わっているのに
、 開発と環境破壊の象徴である高架道路一つ取り外すことのできない国
がなんで 先進国
か」と 日本橋を批判
しているという。
しかし、日本でも 道路整備によって発生 した「 シャッター通り 」を防止するために、「 コンパクトシティ 」という考えが広がっている。
明日はその話題に移ろう。