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六〇年安保
私
: 5月19日
、 自民党
は 新安保条約の強行採決
を行う。
これで、後は 自然承認
を待つだけとなった。
しかし、 強行採決の悪いイメージ
が、 安保闘争の大きなターニングポイント
になった。
独断的な政権
だとして「 安保反対
」が「 岸を倒せ
」となった。
岸首相
が 東条内閣の大臣
であったことも クローズアップ
される。
A氏
:君のブログの「 輿論と世論・日本的民意の系譜学
」では、 強行採決直後に行った朝日新聞の世論調査
では、 強行採決反対
50%
、 岸内閣退陣を望むもの
58%
となる。
世論
が 強行採決で硬化
し、「 よくわからない安保改定
」から「 岸退陣
」という、 わかりやすいイメージ
に 潮の流れ
がすり変わったね。
私 : 安保改定の中身 よりも岸 首相の政治姿勢 は 議会制度の危機 だとして、 反対の動きが急速に一般化 し、新聞もその方向に動く。
5月19日
の新安保条約の強行採決の 翌日
、都立大学の 竹内好
教授
が「 岸政府と自民党の暴挙で日本の議会政治は全く破壊された
」として辞任する。
9日後
に東工大助教授の 鶴見俊輔
氏
も同じ趣旨で辞任する。
A氏
: 岸首相
は、この強行採決の後の 記者会見
で、有名な「 声なき声
」発言をするね。
デモの「声ある声」でなく、 多くの国民の「声なき声」
に耳を傾けているという。
私
: 安保改定とは関係なく
、 アイゼンハワー米大統領訪日
の日程打ち合わせのため、 ハガチー
米大統領新聞係秘書
1行が 6月10日
に来日した。
これを日本共産党の影響下にあった 全学連反主流派の学生
が、 空港から米大使館までの沿道
でデモを行った。
ハガチー氏の車は 途中の弁天橋で全学連の学生に取り囲まれ
、車は揺さぶられ、学生が車の上に飛び乗って窓ガラスを破ろうとするなど、 大混乱に陥る
。
車は1時間余り 立ち往生
し、 ハガチー氏
らは 米軍のヘリコプターで脱出
した。
過激な全学連主流派
に対して、おとなしいはずの 反主流派が過激なデモ
をしたことは意外であった。
これは「 反岸
」より「 反米
」の 共産党の指導
が背景にあったと思われる。
A氏 : ハガチー事件 で、 岸首相 は アイゼンハワーの来日時の警備 に不安を持つね。
私
: アイゼンハワー大統領
は、 14日
に アラスカ
を発ち、夕方、 マニラに到着
。
ところが、ここで、 日本で大問題
が起きる。
15日午後
、「 安保反対
」「 国会即時解散
」を要求して国会周辺に集まった 全学連主流派約2万人
は、 棍棒
をもった 右翼
とも乱闘し、 警官
は 警棒
をふるっておそいかかったという。
今までになく激突した。
学生約5千人
が 国会構内を占領
し抗議集会を開く。
この乱闘で多くの負傷者をだすが、ついに 女子学生の樺美智子さんが死亡
する。
A氏
:これを受けて、 岸首相
は、マニラまで来た アイゼンハワーの訪日を延期
するね。
後に 岸
氏はその 回想録
で、退陣したのは、 6月15日の10万人の国会デモ
での 樺美智子さんの死亡
が 引き金
になったと言う。
私
: 主要新聞7社
は、「 暴力を排し、議会主義を守れ
」という 共同宣言
を出す。
これは、新聞が強行採決のとき、「 議会主義を守れ」
と 火をつけた責任
はあいまいになったと批判も出た。
A氏 :新聞が 全学連などの暴走を大きく報道 したことが、 安保改定への一般の関心 を高め、 反対運動の高揚を後押しする効果 を持ったのは間違いないが、それが 左右の暴力を誘発 しかねなかったからね。
私
:新聞は全学連の 暴力革命的な発想
や、共産党や社会党の一部にあった 反米思想
に基づく動きに賛成したことはなかったがね。
「 60年安保
」が 思想の闘争
であるよりも、 イメージの闘争
であった証拠に、新安保条約の「 自然承認
」の決着で、当事者さえも意外なほど、「 安保反対
」の動きは 急速に退潮
していくね。
明日は、「 60年安保 」で何が終わり、何が始まったかにふれよう。