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私
: 1981年
に アメリカ大統領
に就任した レーガン大統領
が行った施策が「 レーガノミックス
」だね。
大統領
は「 アメリの再生はなった
」というが、 浜
氏はこの施策こそが ドルのさらなる下落
を引き起こす「 終わりの始まり
」だという。
A氏
: 財政資金
の厖大な投入と 大幅減税
による バラマキ型の需要喚起策
だったのではないの?
しかし、大きなバラマキは インフレ
となるのではないの?
それが インフレ
にならなかったね。
私
:その原因の1つは、 輸入の拡大
だね。
供給は十分にあるからインフレにならない。
さらに ドル高
で、 輸入品の価格は低下
する。
A氏 :「 浪費するアメリカ 」だね。
私
:しかし、 ドル高
はアメリカの産業・企業にとっては苦しい。
こうして 1985
年の「 プラザ合意
」となり、 ドル安が進行
する。
しかし、 アメリカの対外赤字
はなかなか解消しない。
A氏 :そこに 1987年 に「 ブラックマンデー 」が起きるのだね。
私 : 株価大暴落の引き金 は ベーカー財務長官 が「 このままいくとドルは大暴落になる。ドイツが金利をあげるからだ 」という 泣き言 だったという。
A氏 :弱者の泣き落としだね。
私 : ドルの弱気発言 に市場は敏感に対応して、 ニューヨーク株は大暴落 した。
当時、 浜 氏は、いつまでも借金をして財務拡大路線を放棄しないアメリカに苛立ちを感じていたので、この出来事に対して 快哉 を叫んだという。
A 氏 :しかし、 ブラックマンデー の衝撃はたいしたことはなかったね。
私 : 浜 氏は、 日本のバブル経済のよる需要 が、世界需要の上げ底をもたらしたためだという。
本来なら、この時点で、 ドル
は 基軸通貨
の座から滑り落ちていたのが、日本のバブルで首の皮1枚でつながったという。