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私
シリアをめぐる現在の国際状況
にふれようと思ったのだが、現在は、過去を知らないとよく理解できない。
それで、順序を変えて、 パパ・アサド大統領時代
の 30年間
にふれた第4章を先にまとめよう。
この本は、歴史の順序がこないだの「 世界経済の真実
」のように タイムトンネル式
なので、初心者にはとっつきにくい編集だね。
この本の副題は、「 アサド政権の40年 」とあるが、 パパ・アサド大統領が30年 、 今の息子のアサド大統領が10年 で、合計 40年 だね。
A氏 :世襲制なのかね。
私 :別に世襲制ではないが、後継者として息子が適任だということで選ばれたんだね。
ところで、 シリア
はまわりを レバノン、ヨルダン、トルコ、イラク
と直接、地続きで接している。
さらに、1947年に国連はパレスチナの土地をアラブとイスラエルに分割したため、シリアは、イスラエルとも直接、接するようになる。
まわりを海で囲まれている日本にはちょっと想像できないことが多いね。
194
8年
、英国の委任統治が終わると、 イスラエル
は独立宣言をする。
これに対して、周辺のアラブ諸国が一斉に 軍事行動
に出る。
A氏 : 第1次中東戦争 だね。
私
:当時の イスラエル
は、戦力は弱かったが、戦意は旺盛で、 エジプト、ヨルダン、シリア、レバノン、イラク
のそれぞれのアラブ側の軍隊は敗北し、 75万人のパレスチナ人
が父母の地から追いやられ、アラブ各国に散るね。
パレスチナ問題
の発生だね。
1956年 、 ナセルエジプト大統領 が、 スエズ運河を国有化 すると、 英仏とイスラエル3国 は、 エジプト に開戦し、 第2次中東戦争 となる。
この頃、米政府には ユダヤ・ロビー
が影響力を持たず、開戦後は戦争終結に向けて圧力をかけるだけだった。
この結果、 ナセルエジプト大統領
の威信が高まり、 NATO
に属する トルコやイラク
からの圧力から、 シリア
は エジプト
と関係を強化して、ついに 58年
に国家連合を結成し、3年続く。
エジプト
や パレスチナ人の解放機構
( PLO
)の反イスラエルの動きに対して、 1967年
イスラエル空軍
は エジプト、シリア、ヨルダン
の空軍基地を攻撃する。
第3次中東戦争
だ。
イスラエルの勝利に終わり、 シリア
は米国政府との外交関係が断絶し、 ゴラン高原
を失う。
エジプト
は シナイ半島
を失い、 ナセル大統領
は失意のうちに死亡する。
この イスラエルの脅威
に対抗して シリア
は国力、戦力を高めないといけない。
そこでシリアの バアス党
は、 1970年
末、クーデターで政権を握る。
ところで、 ヨルダン政府
が領内のパレスチナ勢力と衝突したとき、シリアはパレスチナ側の要請により軍を ヨルダンに進出
する。
そこで、 ヨルダン国王
は米国政府に支援を要請。
A氏
:しかし、 ヨルダン
はイスラエルと敵として 3回
にわたり中東戦争で戦っているし、それに米国はイスラエル側ではないのかね。
敵側に支援を要請するとはね。
私
:そこがアラブの国家間の関係は複雑で一筋縄ではいかない点だね。
ヨルダン王
は、王制が脆弱だったので、 王制維持
のため、ひそかにイスラエルと手を握っていたんだね。
だから、それを 米国政府
は好意的に見ていたわけだ。
それで シリアのアサド大統領
は米国に不信感を持ち、 1971年
、大統領として初めて ソ連
を訪問する。
A氏
:現在も ロシア
は、シリアに肩を持っているが、この頃から始まるんだね。
歴史というのはこわいね。
私
:当時の米国政府の外交は キッシンジャー
がやっていて、冷戦構造の枠で動いていたので、 シリア
は 親ソ政権
とみなされ、シリア軍の ヨルダン領内進出
はソ連の影響力の拡大とみなされた。
したがって、米国政府の了解のもとに イスラエル軍
はヨルダン国境に向けて展開した。
シリア軍は仕方なく引き揚げた。
これで アサド大統領
は自国の弱い戦力を痛感し、イスラエルに負けない 戦力増強
を目指す。
これは明日のテーマだね。