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私
: シリア
は イスラエル
に対抗するため、 エジプト
と協力して、軍事力増強をはかり、そのために ソ連の支援
を求める。
当時のエジプトは サダト大統領
だね。
ソ連
はこれに応えて、武器を供与する。
こうして、兵力を増強した シリア と エジプト は、 1973年10月6日 、 イスラエル に東と南から同時に襲いかかる。
A氏 : 第4次中東戦争 だね。
私
: エジプト軍
は 10万人の兵士、1000台の戦車
。
シリア軍
は 3万5000人の兵士、800台の戦車
。
イスラエル は想定外の二正面の一斉攻撃で敗退する。
しかし、 シリアのアサド大統領 は、 エジプトのサダト大統領 が 水面下で米国政府と接触 していることを知らなかった。
A氏 :裏切りだね。
私
: 8日
にエジプト軍は、遁走するイスラエル軍を深追いしないで停止する。
その前日の 7日
に米国にシナイ半島の奥地まで進軍する意志のないことを伝える。
米国はサダト大統領を見直す。
この情報は イスラエル
に伝えられ、 イスラエル軍
は シリア軍
との戦闘に集中できる。
一方、米国は イスラエル
に大量の武器を供与する。
そして、国連の停戦に向けた動きを牽制して戦いを長引かせる。
アサダ大統領 は、裏切られたことを知る。
10月22日 に、国連安保理で停戦決議が採択される。
ニクソン政権
のときの キッシンジャー
の活躍は、 シリアに
は信頼のおけないものだった。
しかし、 カーター政権
では中東紛争の包括的な解決を実施するには、 シリアの役割が重要
であることを理解し、 カーター大統領
は 77年5月
には アサド大統領
と会談する。
しかし、イスラエルもエジプトも カーター大統領
の姿勢に懸念を抱く。
逆に、 エジプトとイスラエル
が近づき、 79年
、 カーター政権
で エジプト・イスラエル和平条約
が締結される。
シリア
は無視され、 アサド大統領
は カーター大統領
のふがいなさに驚く。
A氏 :カーター大統領にも裏切られたか。
私
:ところで、シリアはソ連の支援があっても、イスラエルも米国の強力な支援がありかなわない。
そこで考えたのが「 蜂の一刺し作戦
」だね。
A氏 :「 蜂の一刺し 」作戦?
私
: 化学兵器とミサイル
だね。
ミサイルの弾頭に化学兵器をつける。
そこで、目をつけたのが 北朝鮮
だ。
世界中に金銭でこのような軍事技術を供与してくれるのは 北朝鮮
しかない。
A氏
:北朝鮮までからむとはね。
私: 現在、シリアが化学兵器を所有しているのはご承知の通りで、一定の抑止力を発揮している。
金日成 は 1994年 に死亡するが、 アサド大統領 は、北朝鮮大使館に弔問に出かけている。
それから、ついでにシリアの隣国 レバノン への介入問題もついでにふれておこう。
これは、 息子・アサド大統領
のときになるが、 2004年
、レバノンの政情不安なときに、レバノンの大統領選挙となった。
息子・アサド大統領
は、現大統領の任期延長策をとるように介入する。
これには、レバノンの ハリーリ首相
が反対ししたが、止むを得ず、任期を延長して、自らは辞任する。
これはまた、国際問題になり国連が乗り出す。
2005年2月14日
、 ハリーリ前首相
の乗った車が、道路端に停車していた1台のミツビシ・キャンターの側を通り過ぎたとき、爆発し、 ハリーリ前首相
は爆死する。
このミツビシ車は 前年10月
に 神奈川県相模原市
で盗まれた盗難車だった。
A氏 : シリア がやったのかね。
私
:不明だが、レバノン国内では シリア軍の撤退要求
が高まり、シリアは全面撤退する。
しかし、このとき、シリアに帰ったのは兵士だけではなかった。
レバノンの金融界からは 20億ドル
に上る資金が シリア
に引き揚げられたという。
A氏 :それだけ、 シリア にとっては レバノン は 金づる として重要性が高かったということか。
私 :明日は、 息子・アサド大統領 の話に移ろう。