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Ryu-chan6708

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2012.11.19
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カテゴリ: カテゴリ未分類

新宿発アマゾン行き-女ひとり、異国で開いた小さなバーの物語

:11月4日の朝日新聞の日曜書評で「 新宿、わたしの解放区 」という本の書評を読んで、読みたいと思い、図書館に検索したが登録なし。
  そこで著者名で索引したら「 新宿発アマゾン行き 」が検索された。
  8年ほど前に出版されたものなので、待ちなしで借りられた。

  著者は、 1934年(昭和9年 )、 北海道根室市 生まれ。

A氏 :「 昭和人 」だね。
 敗戦で価値観の激変を体験する「 教科書に墨を塗った世代 」だね。

:ところが、変わったのは 著者の母 のほうだった。
 敗戦と長男の戦死。 
 母は人が変わったように暗くなる。
 仏教から、新興宗教の 大本教 を信ずるようになる。
 田舎の封建的な人間関係、霧が深く殺風景な風土、新興宗教に「 転向 」した母。

 著者は、明るい土地に憧れる。

A氏 :ブラジル行きの 原点 はそこにあるのかね。

:高校を卒業して、アルバイトしているうちに、5つ年上のエンジニアと交際して、若すぎるという親の反対を押し切って、結婚し、 函館 近くに住むようになる。

A氏 :根室脱出だね。
 当時の女性は、ほとんど、地元を離れることがない時代だね。

:しかし、2年で 離婚
 喫茶店とキャバレーの事務員をして女一人で働きながら、生きてゆくことに興味が沸く。
 女でも自由に生きる道があるはずだという思いがどんどん膨らんでいく。

 それから、キャバレーが札幌に移ったので、 札幌 へ。
 そのとき母が来て「バツイチだから、結婚は不利。
 美容師など、手に職でも持ちなさい」と 5万円 ほどのカネをくれる。

A氏 :当時の 5万円 は大金だね。

:そのカネを持って 上京

 偶然、 新宿の伊勢丹裏 屋台 が気に入り、 おでんの屋台 を始める。

A氏 :まだ 22、3歳 だね。
 若い女性のおでんの屋台とはね。

東京オリンピック 1964年 だが、その前に 町の清浄化 が始まり、屋台の取り締まりが厳しくなる。
 それを機に 10カ月 ほどで屋台をやめ、 映画の撮影所 3年 ほど勤める。

A氏 裕次郎時代 だね。

:しかし、職場特有の華やかさに性格があわず、辞めて 写真学校に入学
 卒業後、1年ほど 雑誌のグラビア などのアルバイト。
 その頃、 全共闘 学園闘争 が始まり、写真の仕事より デモに参加 することが多くなる。
 デモや集会の写真をとる。

 仲間のたまり場が欲しかったので、 新宿ゴールデン街 に「 むささび 」という店を開店する。

A氏 :学生運動は 1960年 安保闘争 があったが、このときの学生運動は 1968年から1970年 全共闘運動・大学紛争 だね。

:著者はもう 34歳 だね。
1969年2月 5万人集会 で、潜伏中だった 秋田明 大・日大全共闘議長 のアジ演説を聞き一目惚れする。
秋田明大 は、 1947 年生まれだから、著者より一回りほど年下だね。
 恋仲となる。
 しかし、時代のヒーロー秋田明大を囲む女性は多く、 71年 夏に別れる。
 もう、 全共闘 の火は消え、挫折感が残り、「 政治の季節 」は終わり、 3年 続いた 3坪弱 の「 むささび 」の役割も終わった。
 著者は生まれて初めての虚無感を味わう。

  ところが、偶然、新宿で豪華な店を借りることが出来る。
50坪 の「 ゴールデンゲート 」として開店。
  しかし、全共闘関連の内ゲバの場となり、警察にも目をつけられる。
1年と10カ月 で閉店。
  この「 挫折 」が、ブラジル行きを決意する最終動機となったようだ。

  明日から、いよいよブラジルだね。






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Last updated  2012.11.19 10:14:43
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