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私
:この本は、たしか「 体罰の社会史
」関連で図書館に予約して借りたものだが、中身は「 体罰
」にはふれていないね。
中心は、 江戸時代の武士の儒学の学習方法
だね。
18世紀
になると 儒学学習の藩校
が全国各地で作られるようになる。
明
治2年(1869
)当時の総藩数は 276
であるが、資料がないために不明である藩と明治時代になって藩校ができた 57藩
を除くと、 219藩
に 藩校
があったという。
江戸後期
が「 教育爆発の時代
」と言われる所以であるという。
そして、この 教育方法 が実は 近代的 であったが、 明治20年 以降は 欧米式 に変わってしまったという。
A氏 : 一昨日のブログ ではないが 江戸後期 にあった「 伝統的・アジア的な日本 」に優れた教育方法があったのに、これを捨てて「 近代的・欧米的な日本 」的な方法に明治維新で切り替えてしまったのかね。
私 :そうだね。
ところで、 藩校
は、 武士
が 儒学
を学ぶところだね。
寺子屋
は農民や町民が「 読み・書き・そろばん
」を学ぶところだね。
寺子屋
は、 江戸後期
には全国で 数万校
もあったという。
いかにすでに 江戸後期
で 日本全体の知的水準
が高いことを示しているね。
しかし、この本は、テーマを 藩校の儒学の学習方法 に絞っている。
A氏
:日本は中国や韓国と違い、 科挙
がないのに、なんで武士は儒学を熱心に学ぶのかね。
動機は何かね。
私
:その意味で、損得を考えての学習でなく個人的な修養のためと、純粋に儒学を学ぶのが目的だったようだね。
学習には次の 3つの方法、「素読」「講読」「会読」
があった。
1.「 素読 」とは、 7,8歳頃 から始め、漢文の意味内容を理解しなくても、先生の読みに合わせて、 音読し、暗誦 することだね。
2.「 講読 」とは、「 素読 」が終わった 15歳頃 から、先生が生徒に漢文の意味を説明する 一斉授業 だね。
3.「 会読
」とは、「 講読
」と並行して行なわれるか、その後に行われる。
この「 会読
」がこの本が強調する 近代的な方法
だね。
「 素読
」「 講読
」を完了した 上級者
が「 一室に集まって、所定の経典の、所定の章句を中心として、互いに問題を持ちだしたり、意見を闘わせたりして集団研究する共同学習の方法
」だという。
基本的に「 車座
」だね。
A氏 :今で言う、「 討論会 」だね。
私
: 7人から10人
程度集まり、順番に指定されたテキストの箇所を講義する「 輪講
」も含まれる。
「 会読
」も「 輪講
」も、 先生
は討論の間は終始黙っていて、意見が対立したり、疑問がどうしても解決しなかったりしたときに 判定
を下すに過ぎない。
A氏 :生徒の「 自主性」 の 尊重 だね。
私 :こういう教育方法は、テキストが必要なので、背景に 江戸後期の大量印刷技術の存在 があるね。
明日は、この「 会読 」の 近代性 についてふれよう。