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私 :「 会読 」には、次の 3つの原理 がある。
第1の原理
が、「 相互コミュニケーション性
」だ。
参加者お互いの「 討論
」を積極的に奨励するという原理だね。
A氏
:近世日本の国家が、 上意下達
の一方的な タテ
の人間関係
を基本にしていたのにきわめて特筆すべき原理だね。
タテ
のコミュニケーションに対する「 車座
」になった ヨコ
のフラットなコミュニケーションだね。
私: 福沢諭吉
が 明治6年(1873)
に英語から訳して「 演説
」「 討論
」などの造語を作ったことを指して、政治学者の 丸山真男
氏は「 そうした言葉がなかったことはそれに相当する実体がなかったことだ
」としている。
著者はそれには 反対
で、「 会読
」にあるこの 第1の原理
は「 演説」「討論」の実体があった
ことを示しているという。
第2の原理
は「 対等性
」だね。
「 討論
」においては参加者の貴賎尊卑の別なく、 平等のもとに行うという原理
だね。
この原理は先生も同様に平等であった。
「 会読
」の場は対等な者同士の実力だけが試されることになる。
A氏 :江戸時代の「 門閥制度 」で家柄や身分でがんじがらめの実生活とは異なる「 正味の学力 」だけがものをいうとは 特別な場 だったのだね。
私
: 福沢諭吉
は下級武士の子として生まれ、「 門閥制度は親の敵
」と「 福翁自伝
」で言っている。
その 自伝
に学校の「 会読
」では、上級武士も下級武士もなく、勝負して勝ち負けがはっきりするので、 福沢
にとって、学校はいつでも勝ちを占めることができた。
日頃の鬱憤を晴らせる場
であった旨の記述があるという。
第3の原理
は「 結社性
」だね。
結社
とは、規則を守る 自主的な集団
のことで、 読書を目的
として、期日を決め、一定の場所で行うことを規則に定めて、 複数の人々
が 自発的に集合
するというものだね。
これは言わば 生徒間
の 私的
な「 会読
」で、藩校教師も積極的に結社を勧めたという。
18世紀から19世紀 にかけて、近世日本ではさまざまな場で「何々社」「何々連」という サロン が開かれていたという。
A氏 :同じ頃、 ヨーロッパ でも身分が違ってもお互いに平等な知識人の集まりである サロン や コーヒーハウス での 社交 が広がっているね。
私 :江戸後期の サロン(結社 )では都市的な自由を共通の基盤としつつ、 地縁的・血縁的な共同体の規制から開放 され、 士農工商という封建的な階級からも逸脱した場 が形成されることになるという。
これが、 幕末の下級武士の活躍 、明治維新後の 2000 を超える全国各地の 民権結社 へとつながるね。
幕末の藩校 は多くの点で 欧米近代国家の学校 と大差のないところまできていたことになるね。
明日は、明治政府ができてからのこの 日本の教育制度 のその後にふれよう。