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光文社新書 582【2500円以上送料無料】商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道/新雅史【RCP】
私
;著者は、「 商店街
」の 崩壊の原因
を 2つ
あげている。
1つは
保守政党との結託
であるという。
A氏
:「商店街」の 維持
のための 法規制
も 悪しき圧力政治の結果
というわけだね。
それが 1970年代
の 大店法
の施行だね。
私
:それが 1980年代
に 自民党
が「 商店街
」の保守票に頼らなくなり、また、 アメリカの「横からの圧力」
により、「 商店街
」を保護していた 規制は相次いで緩和
され、 郊外のショピングモールの増加
となり、「 商店街」崩壊
の原因となる。
2つ目
の問題は、 専門性
だ。
専門性を認可する小売免許
は外部から入ることが不可能だった。
また、 家族経営
で 権益の私物化
も 小売店のイノベーション
を妨げた。
これらの 権益の切り崩し
が 1980年代
以降に進んだね。
「 商店街 」はその苦境の中、国からいかに 資金援助 を引き出すかということに関心をもつようになってしまう。
苦境 を脱するために、一部は コンビニ経営 に乗り出す。
A氏 :それは「 商店街」の理念 の 内部からの侵食 でもあるね。
私 : これからの「商店街」の可能性 については、この本の 序章 にある話のほうがわかりやすいね。
著者は 東日本大震災 発生以来、多くの友人が支援活動に従事しているので東北の沿岸部を何度か訪れたが、その中で多く訪れたのは 宮城県石巻市 だという。
今回の震災では河口付近の「 商店街
」が 壊滅的な打撃
を受けていた。
しかし、震災から 4ヶ月
ほどで ボランティアと地域住民
の尽力によって、瓦礫が取り除かれた。
この段階では多くの店は 閉店
したままだという。
ところが 対照的な風景 が 宮城県多賀城市 にあったという。
A氏 :ここも津波の被害があったんだね。
私
: 駅前地区
はほとんど被害がなかったが、 駅から徒歩10分
ほどの 郊外型店舗
---イオン、ヤマダ電機、マクドナルドなど---が 津波で大きな被害
を受けていた。
しかし、 石巻
と違って、ここには ボランティアがほとんど見当たらなかった
ことだという。
A氏 :多賀城市のイオンやマクドナルドの 企業従業員 が復興を行うのだろう。
私
:それに比較すると石 巻の「商店街
」は 外部の人を引き寄せる「余地」
があるという。
「 商店街
」は津波の後も「 商店街
」に住み続ける人たちがいて、家が流されてもそこに戻ろうとする人たちがいる。
商売の再開
を願っている人たちがいる。
A氏
:「 商店街
」は 人々の生活の意志が溢れている場所
であるということか。
郊外のショッピングモールの再建と違うムードだね。
私
:だから、「 商店街
」の復興に役立とうという ボランティア
が跡を絶たないのだという。
石巻
では 毎週
のように 復興のためのミーティング
が開かれていて、そこには 東京・名古屋・大阪から来た若者たちが積極的に参加
していたという。
A氏 :外部の者が「 商店街 」の ミーティング に参加することはめづらいしことだね。
それらの若者たちも 地元の「商店街 」の ミーティング には出たことないだろうね。
私
:それには、 石巻の「商店街
」側の 将来に対する危機感
があったという。
たとえ「 商店街
」の建物が再建されても、その街から人が消えてしまっては意味がない。
だから、「 商店街
」の 外部からの意見
を積極的に求めているのだという。
「 商店街 」が外部にオープンになって、 若者たちのアイデア も含めて、 新しい生活空間 をつくり上げることに未来は見えるかもしれない。
A氏
:ところで、俺は テレ朝
で毎日やっている 加山雄三の「若大将のゆうゆう散歩
」を見ているが、 都内
の散歩では 繁盛していて元気な「商店街」
が多く出てくるね。
狭い道の両側に 小さな商店
がぴっしり並んで、続いている。
人出
が多く シャッター街
なんて考えられないね。
中には コンビニ
もあって 共存
している。
これは 一般の小売店
は深夜まで営業しないので、 深夜の客
には便利なんだろうね。
私
:その にぎやかな「商店街」
をこの本はふれていないのが残念だね。
シャッター街
は 地方都市の特徴
なんだろうね。
「 地方にこもる若者たち
」でふれたようにーーー。