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1975(昭和50)年
に 集団就職
がなくなり、 農村からの社会移動
は、 国のコントロールから離れた。
賃金も高騰した。
オイルショック
以降
、 日本経済
は ジャパニーズ・アズ、ナンバーワン
になる。
日本の経済力に押されたアメリアかは 日米構造協議 で日本にいろいろな要求を出す。
この中で一番問題になったのは、 日本市場の構造的問題の改善
であった。
まず、 流通の規制緩和
、特に 小売店の規制緩和
であった。
次に、内需を刺激するための 財政投融資の活用
であった。
A氏 : 小売店の規制緩和 は、「 商店街 」では問題だね。
私 : 財政投融資 で「 商店街 」は規制緩和の影響を逃げようとした。
一方、 日本的な消費空間のあり方 が 1980年代 から変わってきた。
1つは、 流通に関する規制緩和
で、 大規模な小売チェーンが地方に進出しやすくなった。
同時に 地方都市の郊外化
が進む。
A氏
:公共事業の拡大による 地方の道路整備
が進んだことが背景にあるね。
道路周辺の土地の整
備も進む。
ここに 工業用地、住宅用地
が創られるね。
私
:しかし、これらの用地は バブル崩壊
で、 商業用地に変更
することが迫られるようになる。
こうして、 地方都市の郊外の国道バイパス
沿いに 商業用途の土地が大量に発生
する。
海外の賃金安
で、 海外に移転した工場の広大な跡地
も空いている。
これらの 空いた土地
に次々と ショッピングモール
が建設される。
郊外であっても、 自家用車 があり、 広い道路 があり、 広い駐車場 があるので、ショッピングは容易にできる。
これは 「商店街」秩序 を 根底から否 定することになった。
A氏 :「 商店街 」の シャッター化 が始まるね。
私 : 1970年代 から、 スーパーマーケット を経営していた 大規模小売資本 は、「 価格破壊 」によって 零細小売業を駆逐するという戦略 から、 零細小売商をスーパーマーケットの論理に染め上げようという戦略 へと 方向転換 する。
コンビニへの進出 だね。
コンビニ はアメリカ生まれで、 郊外のガソリンスタンドに併設 されている。
しかし、 日本のコンビ ニは、 みずからの陣営に零細小売商をとりこむために 、アメリカのコンビニを 日本流にアレンジ したものだ。
ところで、 セブン-イレブン が 第1号店 を出したのは 1974年(昭和49)年 だね。
A氏
:それから 40年
近く経つが、 コンビニ
は 毛細血管
のように国土に広がるね。
現在、 約4万5千店
にのぼるという。
私
:じつは、 コンビニ
は全国の 小売店主の業種転換
によって 初期の発展
がささえられていた。
小売店主
が コンビニ
に手をだした理由の1つは 跡継ぎ問題
だ。
さらに 長時間営業
が可能となった。
しかし、これは「 商店街」理念 の否定になるね。
明日は、「 商店街 」の 崩壊の原因 のまとめと 今後 についてふれたい。