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【送料無料】「東洋の魔女」論 [ 新雅史 ]
私
:この本は図書館でなく 珍しく購入した
。
その 経緯
はブログの 「「『東洋の魔女』論」当日到着」
で書いたね。
この本の著者
は、一昨日まで、 読書記録
を4日間続けて書いた「 商店街はなぜ滅びるのか
」の 著者
でもある。
210頁
の新書版で、肝心の「 東洋の魔女
」が出てくるのは、 後半
で、 前半はスポーツ論
だね。
この前半も面白いね。
しかし、この著者の書き方は独特だね。
まず、結論めいたことが書いてあって、「その理由はーーー」と説明が後とになるという方法だね。
だから、まとめは、本の順序と前後するが、できるだけ、年代にそっていきたい。
A氏
: 起承転結
でなく、 結起承転結
かね。
最終の「結」
は 東京オリンピック金メダル獲得
だね。
私
: 近代オリンピック
が再開した 1896年
の 第1回アテネ・オリンピック大会
では、 チームスポーツは採用されなかった。
それは チームスポーツの歴史
が新しかったからだね。
サッカー
も今の形になったのは 19世紀半ば
。
バレーボール
はさらに新しく、 1895年
、アメリカの YMCA
が発明した。
スポーツの目的 は、 近代化によって増加した都市労働者 をいかに 健全に休ませる ことができるかということだね。
A氏
:「 レクリエーション
」だね。
勤労を苦痛
と見て、 精力を再創造する人間の活動
だね。
私
:だから「 レクリエーション
」は、 競技スポーツ
と区別された。
「 レクリエーション
」の言葉が社会的に流通していく過程は 19世紀後半
からの西欧資本主義の急速な社会変動の結果としての、 都市化の影響
だね。
今までの 村落共同体
と違って、バラバラにいろいろな人が 都市に集中
する。
その 都市秩序の再編成 として、「 レクリエーション 」運動が要請された。
最初に登場したのは アメリカの遊技場設置運動
で、 原点
は ボストンの「砂場
」だった。
子どもたちは砂を握ったり、歌を歌ったりし、近所に住む婦人の指導につれて行進などをして遊んだという。
こうしてこれが拡大して、 遊技場が全米へと広がる。
これは当時の アメリカ都市部における貧困層の増加
に対する 支援の社会運動
( セツルメント運動
)と相互に関連しながら進んだ。
A氏 :その遊技場でスポーツが用いられたのか。
私
: スポーツの効用
は 4つ
ある。
第1
は、 規律
が身につくこと。 第2
にスポーツ仲間との 共同・協同性
が身につくこと。 第3
に 身体の健全性
が維持できること。 第4
に体操と異なる 娯楽性
だね。
「 レクリエーション 」は 19世紀終わり から 20世紀のはじめ にかけて 工場労働者の余暇時間が飛躍的に伸びていくのと並行 していた。
A氏
: 1919年
に ILO
( 国際労働機関
)は 1日8時間
、 週48時間労働
を決めるね。
「 余暇階級
」の成立だね。
私
: この余暇を健康的に過ごす
ということで「 レクリエーション
」が取り入れられる。
「 小人、閑居して不善をなす
」だからね。
産業革命
で 劣悪な環境
におかれた 青少年労働者への奉仕組織
として YMCA
は、 ロンドン
で 1844
年
に設立され、アメリカには 1854年
に全国的な組織が作られる。
特に工場を対象に活動が行われ、 体育館
などのハコモノが作られていく。
そして 余暇活動の中心
は スポーツ
となる。
A氏 :それで 1895年 に YMCA は バレーボール を考案するのだね。
私
:女性でも参加しやすく、娯楽性もある。
こうして「 レクリエーション
」の中心にチーム スポーツ
がくるようになる。
明日は、 日本における「レクリエーション」活動 にふれよう。