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【送料無料】忘却のしかた、記憶のしかた [ ジョン・W.ダワー ]
私
: 帝国日本
が 戦争に至った道のり
について 2つ
の対照的な見方
がある。
1つは
、 伝統的な見方
で日本が米欧列強にくらべて進歩が遅れていたことや「 封建制の残滓
」が 持続
したことを強調したものだね。
強固な民主政治
を確立できず、西洋に追いつこうと必死だったというものだ。
2つ目 の新しい研究は、日本が戦争に突き進んだ 国際環境 ( 列強の帝国主義、植民地主義、世界恐慌、螺旋状に拡大した世界の軍備競争、勃興する民族主義、敵意に満ちた共産主義など )だけでなく、 1910年代 から日本に盛んになりはじめた「 近代主義 」や「 近代性 」の多くのあらわれを強調する。
A氏
; 非軍事的
な「 大正デモクラシー
」の発展だね。
政治的には 議会政治の強化
、 政党に率いられた大企業の利権で支えられた内閣の登場、労働運動家、フェミニスト、社会主義者、共産主義者、自由思想やマルクス主義者に強く影響された新たなインテリ層を巻き込む反対運動の台頭
などだね。
だから、 1930年代 、 政府の監視機関 が 英米思想 を日本人の頭から追い払うのに必死だったほどの影響が社会的に広まっていた。
私
:「 大正デモクラシー
」は社会的、文化的にみて歴史的に多くの貴重なものを残している。
1920年代
には「 モガ」「モボ
」を中心とする流行。
岩波書店
の「 岩波文化
」、 講談社
の主婦や少年少女を対象にした大衆向け雑誌の「 講談社文化
」。
子ども向けの 定期刊行物 、書籍、漫画、オモチャ、ゲーム、衣類といった「 児童文化 」の商品が出まわる。
A氏 : 大衆文化 の多くは 音楽 でも表現され、 ラジオと蓄音機が普及 し、 作曲家、作詞家、歌手には有名人の地位 が与えられる。
私 :しかし、 最大の大衆文化 は 映像による表現 だね。
児童書の挿絵画家、漫画、新聞の風刺漫画、近代的な画家 が活躍する。 広告美術 の世界も発展する。
こうした文化は、 写真と映画製作の独創的な革新
によって完全なものになる。
1920年代、30年代
には 外国のモデルや着想
を 日本土着のビジョンや主題と結びつける上で画期的な貢献をする
。
これらの 大衆文化
が 日本の戦争の宣伝
に威力を発揮したのを忘れてはいけない。
日本の戦争の宣伝技巧は米英の宣伝力を上回っていた
。
A氏 :これが 昨日のブログ の ハリウッドの映画の名監督キャプラ をして、 日本戦争映画の称賛 になったのだね。
私 : 日本の戦争映画 は リアリズムのレベルが高く 、 抑制されたヒューマニズムの気風 すら感じるという。
これは 南京虐殺 や、 自虐的な「万歳」攻撃 で命を投げ出すことで有名な 日本人のイメージと全く反したものだ。
日本の戦争映画
は 戦場の騒乱や殺戮ゲーム
よりもむしろ、日本人の 主人公たちの真摯さや仲間同士の友愛、感情をあらわにしない自己犠牲
に焦点を合わせる傾向があった。
映画は 中国人であれ、白人であれ
、 敵にはめったに銃の照準をあわせなかった
。
おしゃべりは最小限に抑え、ひとことも話さずに長時間が過ぎることもある。
流れる楽曲 は感傷的で甲高い素材というより、 調子が美しく、ロマンチックなものにむかう傾向 があった。
著者ダワー は日本で 1938年 に作られた 最初の長編商業戦争映画「チョコレートと兵隊」、 1940年 に作られた 松竹 の「 西住戦車長伝 」、 1944年 の 黒澤明 の「 一番美しく 」の内容を具体的に説明しているね。
A氏
:戦争中の日本の 軍国主義を単純化
して、忘れようとして、一色で観るのは危険だね。
事実を直視すべきだね。
15年戦争
は 聖戦
だという人たちは、こういう 戦争映画
を見ているのかね。
私
: 戦争宣伝
に用いた 芸術的技巧
はいかなる旧式の形をとっていても 伝統とかけ離れていた。
その図柄は大胆で垢抜けていた。
描かれた飛行機、戦艦、戦車は 時代の先端
をいっていた。
戦争の聖なる使命という大義
はアジアの繁栄の新時代を画することだったが、その 宣伝
は 「大正デモクラシー
」以来の「 近代性
」の 美しい表現
だったという。
宣伝内容が「 近代的
」な宣伝技巧と マッチしない矛盾
が特徴だね。
明日は、この本の 第4章 の中国や韓国などに「 愛されない能 力」を持つ日本についてふれよう。