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Ryu-chan6708

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2013.11.17
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【送料無料】忘却のしかた、記憶のしかた [ ジョン・W.ダワー ]

:この本の 4章 1995年 ダワー が雑誌「 外交史 」の 原爆特別号 に発表されたものだ。

 原爆を落とされ市民の 最初の反応 は「 憤怒 」だった。
アメリカ人の捕虜は殴り殺された
9月 占領軍の検閲 が始まる前に、 新聞はアメリカ人への憎しみを報じた

 後に 占領期 米軍の日系2世の兵士 が、 両親の出身地広島の親戚 を訪ねたところ、人々からアメリカの「 殺人者 」への 敵意 をむきだしにされた。
 そのことに心が千々に乱れ、東京にもどって 兵舎で自殺 するということもあった。

A氏 :そのうちに、 自然の災害 のように思っていた人々は、それが 人災 であることを知り、人々は 科学と技術 が想像もできない次元に跳躍したことを認識させられた。
 敗戦の 8月15日 までには、 新兵器 が2つの都市を破壊したことが日本中に知れ渡るね。 

 天皇も 終戦の詔勅 で「 敵は新たに残虐なる爆弾を使用して頻りに無辜を殺傷 」と述べている。

原爆 は、アメリカの 物質的な実力と、科学的な知勇との象徴 となり、それが物質面での日本の相対的な遅れを際立たせ、衝撃的なものとなった。

アメリカが原爆を完成しつつあったとき 日本の軍国主義的政府 は、天皇の忠誠な臣民に、祖国を守るため 竹槍 を手に、死ぬまで戦うように熱心に勧めていた。

 日本の降伏から9月半ばにアメリカが検閲を始める間 、科学を推し進める緊急の必要性について、毎日のように政府やマスコミの声明が出た。

8月20日 付「 朝日新聞 」は「 われらは敵の科学に敗れた 」と書き「 この事実は広島に投下された1個の原爆によって証明される 」と述べた。

A氏 :日本人にとって、 原爆 は、 核兵器の恐怖 科学への明るい見込み 2面性 をもったんだね。
科学への明るい見込み が後に、 ソニー、ホンダ などに代表される 日本のものづくりに展開 されるね。

:占領下で、 原爆 のことはアメリカによって抑えられ、解禁されたのは 1948年 頃だね。

 その頃、日本人はその 残虐性の詳細 を知ることになる。

 一方、アメリカは、その 残虐性 を知ると、それを正当化しようとして、 日本の本土決戦を避けられたという理屈 を持ちだすね。

 日本では敗戦直後、その残虐性を知っていた 重光葵 外相 (後に戦犯となる)は、連合国による 日本の戦争犯罪の告発 について、 日本側が原爆を対抗宣伝に使う外務省内部の覚書を作る。
 鳩山一郎
(占領軍にパージされる)も同じような意見をおおやけにする。

ダワー は、日本はこのように、 アメリカの残虐性 を問題にするが、他のアジア人に対する戦争での 日本の残虐性 はそれほどには問題にしていないと批判的だね。

明日は、「 第5章 広島の医師の日記 」で別な視点からの 原爆 にふれよう。






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Last updated  2013.11.17 13:09:31
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