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1955年 、 英語や十数カ国の欧州の言語に訳され出版 され、 ヒロシマの原爆の惨状 が 全世界 に知らされる。
この本の 第6章 は、 原爆投下50年を記念 して 1995年 に 復刊 された「 ヒロシマ日記 」への序文として書かれたものだ。
蜂谷医師
は、 患者の不可解な症状
に直面する。
後に彼はそれは 放射能
によるものであること発見する。
A氏 : ダワー のような歴史家にとって興味深いのは、 8月15日 の天皇による 降伏宣言に対する蜂谷博士の反応 だね。
彼は、本土決戦を覚悟していたが、 降伏の衝撃は、原爆の衝撃より大きかった
。
彼は 天皇を裏切り
、 人々を欺いた
ゆえに 日本の軍部指導者への軽蔑の感情
がひろがった。
私:占領軍の広島進駐
があると報せが病院に届いたとき、 患者を含む女性
は乱暴されるかもしれないと逃げ出したが 、蜂谷
氏は「 西洋人は文化人だから心配ない
」と動じなかった。
同僚が米軍が来るから 女性を避難させるようにとすすめた時
、 蜂谷
氏はそれは日 本の兵隊たちが、中国でどんなことをやったのかを知っているための動揺
であることを見抜いていた。
A氏
: 敗戦
のこの時期は、日本人は「 虚脱
」状態で、心理的に疲労していた。
無節操と腐敗が生い茂る雑草のようにはびこった
。
略奪や野盗
がひろがり、 大量の軍需物資の略奪
がおきた。
「 下等で教養のない者の天下
」になったと 蜂谷
氏は記している。
これが 降伏直後 、 占領軍がくるまでの数週間の現象 であった。
私 :しかし、人々は、次第にかっての人々の絆を回復するようになる。
この本の 第7章
も 原爆
に関するもので、これは アメリカの原爆に対する姿勢
を述べているもので 1995年
に発表されたものだね。
特に、 アメリカの原爆に対する姿勢
は 1995年
の 太平洋戦争の50周年記念
に明らかだね。
A氏
:このとき問題になったのは、 スミソニアン博物館
に ヒロシマ
に原爆を落としたB29 エノラ・ゲイ
の展示を中心とする 原爆に関する展示内容
だった。
展示内容が 原発の残虐性
を示すようなものがあることに反対意見が出た。
英雄的な行動であることを否定
することだということだね。
結局、 爆心地の破壊についてはわずかの数の展示にとどまった 。
私 : アメリカ が自ら 原爆の残虐性 を強調することは、 アメリカの軍務につく者の勇気を「鼓吹」するものでなくてはならないことに反する というわけだ。
ダワー は、この考えに反対して、 太平洋戦争後の朝鮮、ベトナム、イラク、アフガニスタンという議論の多い戦争 について、どんな種類の「 鼓吹 」を スミソニアン博物館 に期待できるのかと皮肉っているね。
明日は、この本の最後の 第11章 にある イラク戦争 で ブッシュ政権 が イラクと日本を比較 したことへの批判をとりあげよう。