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「戦後再発見」双書 1【2500円以上送料無料】戦後史の正体 1945-2012/孫崎享
私 :敗戦時に米国世論は 天皇 に対して厳しく、「 単な飾りだったから無実 だ」というのは 3 % にしか過ぎなかった。
しかし、 米国政府 は占領をスムースにするために、天皇を利用した。利用価値がないと天皇制を廃止しただろう。
そして、 間接統治 をしたが、これは、 日本政府 は GHQ という お釈迦様の手のひらにいる孫悟空 のようなものであった。
A 氏 :この状態は 1951 年 サンフランシスコ講和条約 まで続く。
しかし、この講和条約で 本当の主権 を得たのかね。
「 日本の指導者は主権獲得前と後で交代していない」
「日本の指導者は主権獲得前と後で政策(対米従属)を変えてない 」
私 :米国は対日政策で、「 日本の生活水準は、日本が侵略した朝鮮人、インドネシア人、ベトナム人よりも上であっていいということはない」 というものであった。
さらに日本は 米軍駐留経費 として、 6 年間に約 5000 億円 、 国家予算の 2 割から 3 割 をあてている。
日本人が餓死者が出るという 窮乏の時 に、 進駐軍のゴルフ場、特別列車の運転、はては花や金魚 の注文書まで 駐留費 に含まれていた。
後の米国からの経済支援よりはるかに多い額だ。
1946 年 、この経費の増額要求に反対した 石橋湛山 大蔵大臣 は、 1947 年 5 月 16 日 、 公職追放 される。 だから、こういう 骨のある政治家 はすくなかったという。
著者は、その点、 吉田茂 は 対米従属型の代表 として、 評価は低い ね。
A 氏 :ところで米国内でも対立があり、 GHQ 内 にも対立があったというね。
私 : 2 つの流れがあった。
1つは 情報担当部局( G2 ) でこれは軍事志向が強いので早くから 冷戦的態度 であり、代表者は チャールズ・ウィロビー 、もう1つは 民政部門( GS ) で関心は 日本の戦後の民主改革 で、代表者は チャールズ・ケーディス だね。 ケーディス は日本の憲法作成の現場指揮をとる。
明日は憲法問題に移ろう。