知的漫遊紀行

知的漫遊紀行

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

Ryu-chan6708

Ryu-chan6708

Calendar

Favorite Blog

まだ登録されていません

Freepage List

2014.04.11
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類


「戦後再発見」双書 1【2500円以上送料無料】戦後史の正体 1945-2012/孫崎享

:敗戦時に米国世論は 天皇 に対して厳しく、「 単な飾りだったから無実 だ」というのは 3 にしか過ぎなかった。

 しかし、 米国政府 は占領をスムースにするために、天皇を利用した。利用価値がないと天皇制を廃止しただろう。

 そして、 間接統治 をしたが、これは、 日本政府 GHQ という お釈迦様の手のひらにいる孫悟空 のようなものであった。

A :この状態は 1951 サンフランシスコ講和条約 まで続く。

 しかし、この講和条約で 本当の主権 を得たのかね。

日本の指導者は主権獲得前と後で交代していない」

「日本の指導者は主権獲得前と後で政策(対米従属)を変えてない

:米国は対日政策で、「 日本の生活水準は、日本が侵略した朝鮮人、インドネシア人、ベトナム人よりも上であっていいということはない」 というものであった。

 さらに日本は 米軍駐留経費 として、 6 年間に約 5000 億円 国家予算の 2 割から 3 をあてている。

 日本人が餓死者が出るという 窮乏の時 に、 進駐軍のゴルフ場、特別列車の運転、はては花や金魚 の注文書まで 駐留費 に含まれていた。

 後の米国からの経済支援よりはるかに多い額だ。

1946 、この経費の増額要求に反対した 石橋湛山 大蔵大臣 は、 1947 5 16 公職追放 される。 だから、こういう 骨のある政治家 はすくなかったという。

 著者は、その点、 吉田茂 対米従属型の代表 として、 評価は低い ね。

A :ところで米国内でも対立があり、 GHQ にも対立があったというね。

2 つの流れがあった。

 1つは 情報担当部局( G2 でこれは軍事志向が強いので早くから 冷戦的態度 であり、代表者は チャールズ・ウィロビー 、もう1つは 民政部門( GS で関心は 日本の戦後の民主改革 で、代表者は チャールズ・ケーディス だね。 ケーディス は日本の憲法作成の現場指揮をとる。


 明日は憲法問題に移ろう。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2014.04.11 18:58:24
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: