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【送料無料選択可!】戦後史の正体 1945-2012 (「戦後再発見」双書) (単行本・ムック) / 孫崎享/著
私 :冷戦後の米国の日本に対する政策は「 米国が望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ日本に駐留させる権利を確保すること 」であった。しかし、「 安保条約 」にはこれは書き込めない。 日本が独立する意味が無い ことが誰の目にも明らかだからだ。
だから、「 行政協定 」という「 協定 」の方に入れた。
A 氏 :だから、「 行政協定 」が 米国の政策上 、もっとも重要だったわけか。
私 :著者は、 独立後 は、このような条約は結ぶべきでなかったと、占領時と変わらない 吉田首相 の 対米従属の姿勢 を批判している。
1960 年 の新しい「 安保条約 」のときは、「 行政協定 」は「 日米地位協定 」として、 その米国の政策 はそのまま受け継がれた。
A 氏 :このブログでも 「 本当は憲法より大切な『日米地位協定入門』 」 で現在の「 地位協定 」の問題点をとりあげているね。
私 :吉田首相の後、 1955 年 2 月 、 鳩山一郎 内閣 が誕生する。
鳩山政権は ソ連との国交回復 に邁進するが、 北方4島の領土問題 がある。
4 島 のうち、 国後 、 択捉 は 第 2 次大戦末期 に、米国がソ連の対日戦争参加の代償として与えたものだ。だから、 1956 年 の 日ソ交渉 のとき、 重光外相 は 国後 、 択捉 の放棄はやむを得ないと考えていたが、これに対して ダレス国務長官 が 重光外相 に圧力をかけ「 もし、日本が国後、択捉をソ連に渡したら、沖縄を米国の領土にする 」と猛烈におどした。
A 氏 :日本とソ連の間に、 解決不能な紛争のタネ を埋め込むためで、これが未だに尾をひいているね。
私 : 1955 年 、「 保守合同 」で 自民党 が誕生し、左右に分かれていた 社会党も再統一 し、 55 年体制 が始まる。「 保守合同 」の 3 ヶ月前に ダレス国務長官 が「 もし、日本の保守政党が一致して共産主義者との米国の戦いを助けるなら『経済的』支援を期待してよい 」と当時の 岸信介 日本民主党幹事長 に明言する。
1960 年代 まで、 CIA を通じて、自民党に 政治資金 が提供され続けたことは、米国側の公文書で明らかになっている。
こうして明日、 岸政権 に戦後史は移る。