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【送料無料選択可!】戦後史の正体 1945-2012 (「戦後再発見」双書) (単行本・ムック) / 孫崎享/著
私 : 1970 年代末 から ソ連 はオホーツク海に 原子力潜水艦 を配備していて、この海底の潜水艦から ミサイルで米本土を攻撃できる 。 そこで米国はオホーツク海の潜水艦を探知する飛行機、 P3C を日本に買わせ、オホーツク海にひそむソ連の潜水艦を見つける役割を日本にやらせようとした。
この本音を言うと、日本は米ソの戦いにまきこまれたくないので尻込みすると思い、中東からの 石油のシーレーン をソ連が攻撃する恐れがあるから、これを防ぐために P3C を買う必要があると説明した。
「 不沈空母 」の 中曽根政権 は、日米間の雰囲気を改善したが、すでに、 100 機以上の P3C を購入 していた。しかし、この巨額の出費は日本の防衛には直接関係ないものだ。ソ連が日本を攻撃するときは潜水艦でなく、陸上に配備された大陸弾道ミサイルだが、これに対して日本は無防備だ。
A 氏 :一方、 P3C が発見すべき潜水艦のミサイルは米国向けだから、 日本は米国本土防衛のために巨額のお金を使っていた ことになる。
私 :この頃から、 日米貿易摩擦 が大きな問題となり、まず、 繊維 で 日本の自主規制、 次いで 1981 年 、 自動車の輸出規制、 1986 年 、 米国製半導体の強制購買要求 となる。
1985 年 9 月 の プラザ合意 で日本の通貨をわざと 円高 にして米国への輸出に歯止めをかける。
円高 で、日本企業の海外進出が始まり、 日本経済の空洞化 が始まる。
こうして、 1989 年 7 月 から「 日米構造問題協議 」の開始が決定。
A氏: 1990 年 には、 世界の金融機関のベストテン のうち、日本の銀行 7行 が占めていたから、 1988 年 の銀行の BIS 規制 の要求で日本の銀行の 弱点を反撃されたね。
明日はまとめに入ろう。