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私 :「 歴試学 」とは、「 歴史を大学入試問題で学ぶ 」の略語で、毎月掲載している。
今月は日本史からで 2014 年の名古屋大学の入試問題。
「 戦国時代に西欧から渡来した新しい宗教であるキリスト教は、当初、社会に広く受け入れられたが、九州の戦国大名がキリスト教に対して、信仰面や領国経営上どのような対応をしたのか、100字程度で述べよ 」
16 世紀 の ヨーロッパ では、 宗教改革運動 に対し、 旧教(カトリック) の側も、教皇の絶対的権威の確認や異端の取り締まり強化という形で刷新を図り、その中心となったのが イエズス会 。
A 氏 : イエズス会 は 海外伝道 を目指し、 修道士 を積極的に各地に送り込み、 1549 年 に ザビエル が来日し、その後も フロイス らが訪れて、 布教活動 を行っているね。
私 :その頃、日本では 戦国大名 が各地で自立的な権力を築き上げていて、 イエズス会 は布教を許可した大名の領国にのみ 貿易船の入港 を認めるという方針で臨む。すでに 1543 年 の ポルトガル人種子島漂着 を機に、 南蛮貿易 が始まっていた。そこで、 イエズス会 は 修道士 らが通訳などを務めるなどしてこの 貿易を支配 し、 布教と一体化 する形で 貿易の利 を求める大名の取り込みを図った。こうして、 西国の大名 に キリシタン大名 が生まれる。
A 氏: キリシタン大名 が家臣や領民との精神的な結束を固めるうえで重宝されたのが、 霊父制度と呼ばれる洗礼の方法 。 霊父 は名付け親として、名付け子である 受洗者 との間で深い情愛で結ばれると考えられる。
イエズス会 はこれを利用して、 大名を霊父とすること でその領国で信者を獲得しようとし、一方、大名も 主従関係や領主権の強化 を図るため、進んで 霊父 となって家臣や領民に 受洗 させた。
ザビエル
来日から
30
年
以上経過した
1580
年代
には、 キリシタン
の数は
20
万人
近くになっていたと推計される。
キリシタン大名
が領国において握った 宗教的結束力
に基づく 自立的権力
は、 天下統一
を目指す者にとっては 障害
になった。
私
:
豊臣秀吉
は
1587
年
に発した キリシタン禁令
、その後、
徳川幕府
が 鎖国政策
をとって 禁教を徹底
したのは、 全国支配者
として当然の策。
「 解答例
」 イエズス会は布教を許可した大名の領国にのみ貿易船の入港を認めたため、戦国大名
は宣教師の布教活動を保護した。洗礼を受けたキリシタン大名は、霊父制度を利用して家臣や領民を入信させ、宗教の力により結束の強化を図った
(105字)