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Ryu-chan6708

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2016.01.24
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:この「 世界はうたう 」の 連載シリーズ 「アメージング・グレース@アメリカ・オバマが歌った、ゆるす心」 から始まり、 「国歌『ラ・マルセイエーズ』@フランス 結束の象徴、歌わない自由」 12回 めで終わったが、 1月10日に突然、デヴィット・ボウイさんが69歳でなくなった ので、 アンコール欄 を設けたようだ。

A :この新聞の アンコール欄 では、 デヴィット・ボウイの「ヒーローズ 」が 東西ドイツのベルリンの壁の崩壊に大きな影響を与えた としているね。

ベルリンの ハンザ・スタジオ 」前に 15日 数百人 が集まり、 10日に亡くなった英国出身のロックスター、デビッド・ボウイさんを悼んだ。

1987年6月6日 冷戦を象徴する壁のすぐ西側にある共和国広場 で、 ボウイさんは野外コンサートを開いた

観衆 は、 壁と向き合うように立ち 、さらに スピーカー が、 観衆と反対側の東にも向けて置かれた。

壁の向こう には、 ボウイさんの歌声を聴こうと東独の若者が集まっていた。

 「 壁を倒せ と叫ぶ若者 東独警察と衝突 した、と当時の報道は伝えているという。

A 歌の一つ が、 西ベルリンで生み出した名曲「ヒーローズ」 だった。

《忘れないよ あの壁の横で 銃弾が2人の頭の上をかすめていったこと

 それでもキスしたよね  僕らは英雄になれる 一日だけは》

東の若者 にとっても、 ボウイさんは「自由」の象徴 だった。

若者 は当時むさぼるように聴き、西独の親戚からレコードを送ってもらい、 西から流れるラジオ放送にかじりついた者 もいたという。

東独 にも、 政府公認の「ロック」 はあったが、 体制を否定するような歌詞 には目を光らせた。

A 氏:2年後の 89年、壁は崩れた ね。

ボウイさんの死 を受け、 ドイツ政府はツイッターにメッセージを出した

 「 さよなら、デビッド・ボウイ。今やあなたは『ヒーローズ』の仲間入りだ。壁の崩壊に力を貸してくれてありがとう

あらゆる障壁を越えるように、しなやかに変わり続けた ボウイさん

その歌が壁を越えて人々の心を揺さぶった時 すでに壁は崩れていたのかもしれない という。






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Last updated  2016.01.24 17:14:24
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