January 7, 2006
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カテゴリ: クラシック音楽
このコンサートの事前の興味は二つ。

ひとつはロシアのオペラのオーケストラはどんな音がするのだろうかというもの。

もうひとつは「鬼才」ゲルギエフがどんなマーラーをやるのかという興味。

結論から言うと、悪くはないが、ぜひゲルギエフでマーラーを聴きたいというほどの演奏(解釈)ではなかった。

むしろ前半に演奏されたチャイコフスキー「くるみ割り人形」からの抜粋が「おそるべき」演奏だった。メルヘンなおとぎ話として軽く扱われるこの曲に、実はとてつもなく深い何か・・・人間が宿命的にもつ悲劇性のようなもの・・・があるということを感じさせられた。

音で思考するというか、音楽で哲学し瞑想したようなチャイコフスキーというべきか。

ユーリ・バシュメット、ゲルギエフ、そしてロストロポーヴィチ・・・なぜかこうしたロシアの音楽家の演奏には、西洋や日本の音楽家には決してない<瞑想的>な何か、深い地の底へ降りていく感覚に引き込まれることがある。

後半のマーラー(交響曲第5番)は、尾高忠明や小澤征爾の白熱と集中、インバルの緻密さに及ばない。もちろん凡庸な指揮者とは比較にならない素晴らしい演奏ではあるのだが、ゲルギエフでなくてはならないという必然性のようなものは全く感じられない。

何カ所かはイージーに、ルーティンワークに流れていたところをみると、ゲルギエフの資質とマーラーの音楽には根本的に相性の悪い部分があるのだと思う。



いまでは少なくなったローカルさと現代的なビルティオーゾティが両立している。

しかもオペラのオーケストラのためか柔軟で室内楽的な音楽作りは実にヒューマンな温もりがある。

ベルリン・フィルはもちろん、ウィーン・フィルよりもこのオーケストラの方が好きだ。

このオーケストラをここまで育てたのはゲルギエフの功績だと思うが、本人にはもう少し音楽的な成熟を期待したい。






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最終更新日  January 9, 2006 04:36:53 PM
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