October 29, 2007
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カテゴリ: クラシック音楽
5分遅れで始まったコンサートが、20分の休憩を挟んで終わったのは午後9時40分。正味1時間程度のことも少なくないクラシックコンサートだが、たっぷり2時間20分。

79歳と80歳の二人のピアニストの紡ぐ音楽世界は、途方もなく豊かで、2時間があっという間に過ぎた。我に返って時計を見たときあっと驚いた。

戦前に生まれ、主に戦後に活躍を始めたウィーン出身の3人のピアニストがいる。フリードリヒ・グルダ、イェルク・デームス、パウル・パドゥラ・スコダである。

グルダは残念ながら亡くなってしまったが、デームスとスコダは現役。スコダなど80歳を記念して世界ツァーを行っている。

前半はシューベルト。冒頭、デームスが弾「4つの即興曲集」を聴いていて、小澤征爾がバックハウスについて書いていた文章を思い出した。たしか、自分の家で暖炉にあたるように、孫に語りかけるような演奏で、音楽以外のものがいっさいな純粋なものだったと。

デームスの演奏はまさにそのようなもので、それ以外に付け加えることはない。

こんな音楽を聴いたのは生まれて初めてだ。

次は連弾で「幻想曲ヘ短調」。サロン音楽としてはかなり充実した、シリアスな内容の作品だが、サロン音楽の軽さに陥らず、必要以上にシリアスにもなることもない演奏。明と暗の間を行き来する音楽の微妙な陰影がすばらしかった。

マーラーはシューベルトの音楽にかなり影響されているのがわかる演奏だった。



次の「2台のピアノのためのラルゲットとアレグロ」(スコダ編)は、冒頭のシューベルトと並んでこの日の白眉。まるでさっき作曲されたばかりでインクも乾いていないのに演奏されているように新鮮で、同時に熟成されたウィスキーのような味わいの気品ある演奏。音楽はどこまでも流麗で、この時間が永遠に続いてくれたらと願った。

「2台のピアノのためのソナタ」を聴きながら思ったのは、「速度」についてだ。

時速300キロのTGVに乗ったことがあるが、時速150キロのクルマより遅く感じた。その150キロのクルマより、時速80キロのオートバイの方が速く感じる。

バンコクの小さな運河で乗ったボートバスは最高時速30キロ程度だと思うが、80キロのバイクよりエキサイティングだった。

しかしそれらのどの体験よりも「スピード感」を感じるのがモーツァルトの作品、とりわけこのソナタの第1楽章である。

このスピード感ある乗り物に永遠にゆられていたい、そう思ったころ、曲は終わってしまった。

長く熱い拍手に応えてアンコールはシューベルトの連弾曲が2曲。「ロンド」と「軍隊行進曲」。純粋な音が「遊ぶ」さまが目に見えるような、かけがえのないアンコールだった。

クラシック音楽を聴き始めたころ、ジョージ・セルの最後の演奏会をうっかり聞き逃してしまった。彼は札幌公演のあと帰国してまもなく亡くなった。

そんなことがあったので、デームスやスコダのような人たちを一度聞いておきたいと思っていたが、その願いがやっとかなった。

この二人は、このあと香川や大阪、新潟など各地で演奏するようだ。もしわたしがピアノ専攻の音楽学生だったら、追っかけをやっていただろう。

ある年齢に達しないとできない類の音楽というのはある。しかし、多くの音楽家は80歳を待たずに世を去ってしまう。ウィーンの巨匠二人が偶然にも長生きで、しかも演奏活動ができるほど健康であるという奇跡と、その音楽が年齢にふさわしく見事に熟成したという奇跡。この二つが巡り合うこと自体が奇跡とも言える。









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最終更新日  October 30, 2007 11:55:01 AM
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