May 7, 2009
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カテゴリ: 自叙伝
このところマリア・カラスに対する関心が高まっている。没後30年をとうに過ぎたのに、イギリスではベスト盤がCD売り上げランキングの一位になっているらしい。

1923年に生まれ、1977年に53歳で世を去ったマリア・カラスは、生涯最後の公演を1974年11月11日に札幌の厚生年金会館で行っている。満場の聴衆の総立ちの喝采を浴びた世紀のディーバは、この公演のあとパリの自宅に引きこもり、3年後にはやすぎる謎の死を遂げた。

1974年といえばわたしは17歳、音楽好きの高校2年生だった。カラスの公演のことも知っていたが、引退ツァーとは知らなかったし、親にねだって値の張る楽器を買ってもらった直後だったこともあって、高額のチケットに手は出せなかった。

しかし、いまあらためて思うが、借金をしてでも、あのコンサートには行くべきだった。

ステファノと組んだこの時の日本ツァー4ヵ所のうち、東京と札幌の2ヵ所の公演が映像で記録されている。それを見ると、オペラの舞台から引退して10年近くたち、声や技巧の衰えは隠せない。全盛期とは比ぶべくもない。

しかし、オペラに登場する女性の気持ちをこれほどまで歌に込められる歌手は今後も絶対に現れないだろうということは、たとえばYOUTUBEの貧弱な映像と音質からでも、はっきりと断言できる。

カラスの全盛期の録音や舞台はたしかにすごい。このことに異議を唱える人はいないだろう。

しかし晩年の不安定なところのある歌唱でさえ、他の歌手とは完全に隔絶したとてつもないレベルに達している。

プッチーニの有名なオペラ・アリア「わたしのお父さん」で比べてみよう。



より素晴らしいと思うのは後者だ。

http://www.youtube.com/watch?v=SvrHxQ3qjAE&feature=related

コンディションはこちらの方がよくないと思う。この曲のカラスの歌い方で独特なのは、ポルタ・ロッサという歌詞の「タ」の部分で口を大きく開け、強調していることなのだが、東京公演ではちゃんと声が出ているのに、何とこの演奏ではその部分で声がかすれてしまっている。

しかし、そうした瑕疵にも関わらず、恋する男への気持ちを切々と歌う女の気持ちが、これほどまでに伝わってくる歌唱はほかにない。

ウソだと思うなら、YOUTUBEにある他の「大歌手」「名歌手」の演奏と比べてみるがいい。

カラスと人気を二分したのは大歌手テバルディである。

http://www.youtube.com/watch?v=zFypui1xKlk

カラスと比べるとお経のように単調だ。優等生的と言ってもいい。

今をときめくアンジェラ・ゲオルギューはどうか。

http://www.youtube.com/watch?v=ul9OTShQ_rc&NR=1

立派な演奏で、実演なら圧倒されることだろう。しかし、恋する女の弱い気持ち、彼と結婚させてと父に懇願し許されないなら川に身を投げるという、愛する男への切々とした気持ちより、立派な「歌」が前面に出てしまっている。「歌」には拍手できても、弱い女への共感には誘われない。



http://www.youtube.com/watch?v=3j1IGnM-eJs&feature=related

子どもだましの小手先の芸であり、歌を自分の声の宣伝道具にしてしまっている。わたしはこの演奏を聴いてへそが茶をわかすところであった。

往年の名歌手、ブラジルのヴィド・サヤヨはどうか。

http://www.youtube.com/watch?v=LNHf26uNfok

楽天的すぎる。演技や表情の割に、歌そのものは明るすぎる。



http://www.youtube.com/watch?v=PomIF3s2-OY

ベテランの味わいはあるが、あざとい。ケレンが鼻につく。

吉川友理という若手の演奏がアップされている。

http://www.youtube.com/watch?v=5exsaxrvmqA

基礎のしっかりできた優れた歌手なのはわかる。しかしこの人、男をほんとうに好きになったことがあるのだろうか?

大歌手レナータ・スコットはどうか。

http://www.youtube.com/watch?v=9HPdvr9HTws

浅い。バッグ買ってとねだっているのとはちがうのである。恋に身を焦がし許されないなら死ぬと言っているのに、この浅さは何なのだ。

レオンタイン・プライス

http://www.youtube.com/watch?v=Y9OFIVyQTlE&feature=related

言葉が伝わらないのは悪い音質のせいばかりではない。歌をビジネスと考えているのかと勘ぐりたくなる。

レニー・フレミング

http://www.youtube.com/watch?v=nRaMOka3xzo&feature=related

どうしてそんなすごむような歌い方をするのか。何か嫌なことでもあったのか(笑)

キリ・テ・カナワ

http://www.youtube.com/watch?v=mDOCONwjbwg&feature=related

なかなかだ。さすがキリ。しかし、やはり立派すぎて女心というか女のかわいらしさが伝わらない。

キャスリーン・バトル

http://www.youtube.com/watch?v=6qGMa9bxRZU&feature=related

冗談のような演奏。自分の高い音の美声を聴かせるためにこの曲を利用しているだけではないだろうか。

われらが森摩季

http://www.youtube.com/watch?v=epIPrgmkNwo

きめ細やかで、やや入念にすぎ生真面目という印象があるが、素晴らしい。カラスの迫真性はないが、最もバランスのとれた秀演と言うべきだろう。

いろいろ聴いてきたところで、カラスに戻ろう。今度は1974年の東京公演。

http://www.youtube.com/watch?v=-wt0YWhoY3g

自在で、天衣無縫だ。音程が怪しかったりするが、音楽が「こうでなければならない」という必然性を持っているように感じられる。説得力がある。全盛期の録音ではささやくように、しかもものすごくゆっくりしたテンポで歌っているが、スタイルは変えても、歌が語りかけるものは変わらない。

もう一度、150万人が再生したロンドン公演。

http://www.youtube.com/watch?v=SvrHxQ3qjAE&NR=1

若い、恋する女の心情だけが伝わってくるような錯覚をおぼえないだろうか。50歳のおばさんから、若い女の一途な純情が伝わる、これを奇跡といわず何といおう。

17歳の逡巡は取り返しのつかないことだった。

それにしてもこの映像のカラスは、何と愛らしいのだろう。

カラスのことをいろいろと言う人はいるが、わたしには何とも健気で愛らしい少女のように見える。

女性の抱くあらゆる感情、心の動きを「声」と「歌」で表現することのできた最初で最後の歌手。

われわれは今しばらく、マリア・カラスのいなくなった世界で生きるという残酷に耐えなければならない。





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最終更新日  May 7, 2009 05:51:36 PM
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