June 7, 2009
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カテゴリ: 自叙伝
人間同士の付き合いで、食べ物の好みというか相性は重要だし大切だ。

好き嫌いは伝染する。だから嫌いなものの多い人と付き合うと自分も嫌いなものが増えてしまい、世界が狭まる。

子どもとおとなでは味覚が異なる。おとながおいしいと感じるものを必ずしも子どもがおいしいとは感じない。

昭和30年代の食事はさえない温泉旅館の朝食とよく似ていた。あれと同じようなものを飽きずに食べ続けていた。空腹を満たすのが食事であり、それが楽しみだった記憶はほとんどない。

例外だったのがカレーだ。ふだんはお代わりをしない小食な子どもでも、2杯、3杯とお代わりをするほど喜んで食べたのがカレーだった。「ALWAYS3丁目の夕日」でも家族の絆となる食べ物としてカレーライスが描かれている。

しかし、わたしの記憶に間違いがなければ、カレーが大衆化したのは、「ALWAYS3丁目の夕日」の舞台である昭和34年(1959年)よりずっとあと、東京オリンピックのあった昭和39年(1964年)ごろだったと思う。

というのは、子どものころ、カレーが嫌いだった記憶があるからだ。小学校に入った昭和38年(1963年)ごろまで、カレーといえば辛い食べ物であり、子どもが好んで食べるようなものではなかった。そのため辛さの少ないカレーを子ども用に別鍋で作っていた家も多かった。

こんな面倒なことが続くはずはない。

即席のルーはすでにあった。だが定番の「インドカレー」や「SBカレー」は辛かったし、カレー粉と小麦粉で作ることも多く、そうして作られたカレーは辛いだけでなくお世辞にもおいしいとはいえなかった。



バーモントカレーによって、史上初めておとなと子どもが一緒に食べられるカレーが生まれたのだった。

調べてみると、1964年ごろから急角度でカレールーの消費が増えている。この多くが1963年に発売されたバーモントカレー、そしてやや遅れて出たSBのゴールデンカレーの人気によるものだろう。

卵焼きと焼き魚・煮魚、漬け物とご飯とみそ汁。家で食べる食事の90%はこれだった。まだ外国旅行など夢のまた夢で、食もまた鎖国同然だった時代に、お茶碗でなく皿、箸ではなくスプーンを使うカレーライスには西洋の香りがあった。食べる者にいつか西洋に追いつく希望を感じさせたのが、同じ大衆食であるラーメンとの決定的な違いでもあった。

もし死ぬまでただ一種類の食べ物しか許されないとしたら、わたしはカレーライスを選ぶ。福神漬けはいらないが、サイドメニューにミニサラダをほしいところだ。

だがバーモントカレーはごめんだ。おとなには甘すぎる。ジャワカレースパイシーブレンドにしてくれ(笑)





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最終更新日  June 8, 2009 07:24:46 PM
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