June 11, 2014
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カテゴリ: 映画
映画史の本でしか知ることができないと思っていたジャック・タチの映画をよもや映画館で(しかも札幌の)観られる日が来るとは思ってもいなかった。しかも全作品が4週間のうちにまとめて上映されるという。2度観る可能性もあると考え、上映初日に行くことにした。

1967年の「プレイタイム」は約1年、1000億円以上の制作費をかけて作られたタチ自身も出演している124分の作品。

パリ郊外のモダンな都市が舞台。なんでも、この都市はこの映画のために作られたらしく、膨大な制作費に納得。現在のわれわれの目から見てもスタイリッシュ。ただしそうした建築物だけでなく電化製品や自動車のような無機物にもそれら自身が生き物であるかのようなユーモラスな生命力が与えられている。

このユーモアを楽しめるかどうかがこの映画の評価と好悪の分かれ目。

シネコンの走りともいえる総合娯楽企業の重役だったY田昌樹という人がいる。この人の口癖は「映画ファンはバカだから」というものだった。

映画産業のただ中にいる人がいうのだから何か深い意味があるにちがいない。そう思って映画ファンのどこがどうバカなのか、いつも考えていた。

「映画ファンはバカ」という単純だが罪のない言い方で表現されているのはなんだろうか。

それは大ヒットするような映画を見ればわかる。メルヘンやロマンやヴァーチャルリアリティのような、自分のおかれているみじめな現実からいっとき逃避させてくれる娯楽であり気晴らし。マルクス主義ふうにいえば、階級社会の現実から目をそらし、階級融和の幻想をふりまくもの。労働者階級に属する人間が個人的な運や努力によって成功し階級離脱できるという幻想を与える、それが映画だと思っているような人総体をさして「映画ファンはバカ」と言っているのだろう。

もちろん映画には娯楽的要素も大事だ。だが、大ヒットするような映画だけを見る人たちは、おめあての俳優やストーリーの起承転結にしか興味がない。



分類すればコメディである。アート・コメディという言い方もできるかもしれない。

タチ自身が演じる「ユロ伯父さん」が、アメリカ人観光客の娘バルバラ・デネックと奇妙な邂逅をするというだけのお話。

前半はビジネス街にある巨大ビルが舞台。就職の面接かなにかに来たユロ伯父さんはどうしても担当者に会えない。そうしてさまよい歩くうちに昔の戦友に会い、全面がガラス張りのモダンな部屋に住む友人宅に招かれる。

後半はレストランでのパーティが延々と続く。このパーティでユロ伯父さんとバルバラは出会い、ダンスを踊り、夜明けの街を歩く。しかし何か特筆されるようなハプニングが起こるわけではない。すべて把握するのは不可能な無数の、主に視覚的なジョークが繰り広げられていく。

映画を「観る」のではなく映画の中に遊ぶ。そんなジャック・タチの誘いに乗ることができる人はごく少数だろう。なぜなら、映画ファンはバカだからだ。





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最終更新日  June 16, 2014 02:21:30 PM
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