2005.07.05
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私のOL時代の仕事のことは以前に書いている。

今日はプライベート編を書こうと思う。

OL時代私は料理とお茶を習う平凡なOLだった。

週に2回会社帰りに料理とお茶を習いに行っていた。

先生はお茶と料理二つとも同じ先生。

子供のいない当時50代の先生で神戸駅近くにお稽古用のマンションを持っていた。

ご自宅は他にあり月に一度はそちらの茶室でお茶会がありそのときに懐石料理を教えてもらっていた。

学校とかではなく先生の個人の教室だったので人数も少なく家庭的。

私はここを友達の紹介で知りすぐに入りたいと思ったが先生が一人でそうたくさんの生徒を教えることが出来ずしばらく待たされた。



ある日お料理の日だったと思うがフーフー言いながら5階に上がると廊下に一緒に習っている友達がいる。

どうしたのかと聞くと先生がまだだという。仕方ないので廊下でお喋りしながら先生を待った。

やがて下の横断歩道に両手に買い物荷物を一杯持った先生がやってくるのが見えた。

先生が手を振ってきたので振り替えした。

5階に上がってきた先生はお冠。「目が合ったから降りてきて荷物を持つのを手伝ってくれるかと思ったのに気が利かない人たちね」

また時には未婚の私たちにご主人との出会いを話したり、夫婦喧嘩の顛末を愚痴ったりする先生だった。

夫婦喧嘩の話をするときは口を尖らせて子供のようにフクレながら「あんたら、どう思う?うちのだんなひどいやろ?」と同意を求める。

子供さんがいない寂しさをお茶や料理を教えることで紛らわしている先生には良く可愛がってもらった。

先生が借りているマンションは1Kだった。私は長い間そう思い込んでいた。

ある日お茶のお稽古中に電話がなった。そのころのことだからもちろん普通の固定電話。

押入れのふすまの向こうからベルが鳴る。



先生がふすまを開けると私はビックリ。押入れだとばかり思っていたふすまの向こうはなんと部屋だったのだ。

しかも大量の物、物で埋め尽くされて床も見えないくらい巨大な物置化した部屋。

どうやら先生は片づけが苦手らしかった。

先生の自宅も広くて立派な家だったが荷物が廊下や部屋の隅などいたるところにあふれていた。

お茶の道具や料理の器を探す時は大騒ぎとなる。



大抵は一緒に習う同じ会社の友達と一緒に行くのだがある日都合で私一人で伺うことになった。

夏の暑い日、バスで先生の家に向かった私は降りるバス停を間違えて散々な目にあった。

良く考えてみると先生の自宅のあるのは住宅街のバス停なのだが何を思ったのか団地の一杯並んでいるひとつ手前のバス停で降りてしまった。

暑い中となりのバス停を目指して歩いた私。

一緒にお茶を習っていた主婦の方から私にお見合い話をもらったこともある。

先生のご自宅のお隣の奥さん。

先生のお隣のお宅でお見合いをさせてもらった。

先生が親代わりに付き添ってくださった。

この話は残念ながらまとまらなかったが・・・・。

お茶仲間には70代の上品なおばあちゃんもいたし、先生のご主人の会社に勤めているOLの方もいた。

そのOLの方は若くして肺がんで亡くなられた。

先生はおばあちゃんにお茶を教えるのはいいが高価な道具を壊されはしないかと心配していた。

足元がふらふらしていたのでお茶碗を落とさないかと心配していたのだ。

それから警察官の方も数名お茶を習いに来られていた。

緊張感を持つとか、精神統一とかの為にお茶を習っていたようだ。

御初がまの日(その年の最初のお茶会)警察官の方はお茶のお稽古の時懐紙でお茶碗を拭く手に力が入りすぎ、先生のお正月用の金粉の付いた特別高級なお茶碗を割ってしまった。

先生がご自分の実家から持ってきたお茶碗でご先祖がお殿様から拝領したという値段も分からないくらいのお茶碗。

でも先生は割れたものは仕方がないとさばさばしていた。

後日先生は修復に出したがこういうものは修復は出来るがその修復も人間国宝とかがやるので修理代もバカにならないらしい。

ゆかた会というのもあった。

夏の暑い日の夕方に浴衣でお茶会をする。

そのときの料理はそうめんが多かった。

先生はそうめんを普通に食べるのではなく天の川に見立てて飾り付けをしようとした。

そうめんの束の端をタコ糸で縛ってゆでる。

そのそうめんを皿に盛り、上から枝豆とかの具を散らせて・・・・。

ところが先生の思いに反してそうめんはタコ糸で縛ったところがゆでても硬いままでちっとも美味しくない。

私は先生が横を向いている間にそのそうめんの固まったところを捨てようとして叱られた。

お茶のお稽古の時足がしびれて立てないこともしばしばあった。

考えてみるとあんまり優秀な生徒ではなかったな。

一人どうしても正座が出来ない女の子もいた。

その人は先生もあきれていたが逆に正座しなくても仕方がないと先生の許可をもらった。

お茶をたてているとき正座してお茶碗が帰ってくるのを待つところ足を前に放り出している行儀の悪さだった。

先生は「お茶って行儀作法を習いに来ているのよ。それなのに・・・」と良く嘆いていた。

私は結婚と同時にお稽古事をやめたが寂しくなるとずいぶん引き止められた。

中には結婚してもお稽古を続けている人もいたから。

先生は今も元気で1DKに見えるマンションや海の見えるご自宅で色々な生徒を教えているのだろうか?

最近は年賀状だけのお付き合いになってお会いすることもなくなってしまった。

お稽古のない日も友達とご飯やお酒を飲みに行ったりして家で晩御飯を食べることは少なかった。

楽しかった私の20代の頃・・・・帰れるものなら帰りたいなあ












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最終更新日  2005.07.05 05:52:13
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