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夫、朝から今日から相撲が始まると言っていてすっかり忘れている様子。平日でなく祭日、暦では毎年休みなのに覚えていない。自分へのご褒美に何か買おうと思って買い物に行ったけど、気に入るものはなく。わたしは靴を買いたかったのですが、私の足は甲高、幅広、偏平足なので中々あう靴がない。バックや服も見たけど値段や好みの合うものはないから買わずに帰りは雨にあったのでバスで帰宅。昼食後はおなかの調子が悪くなり、下痢になる。これは3月末から断続的に続いていて4月の大学病院受診で主治医に相談したところ、一度消化器内科で診てもらおうということになっている。連休明けの21日に消化器内科の予約が取れている。そして昼食後二階に上がろうとして最後の一番上の段を上がったと勘違いしたのか、転倒し、両方の足のすねを強打、階段の上であまりの痛さにのたうち回った。夫、下から大丈夫か?と声を掛けるだけで見にも来ない。まあ。最上段から転げ落ちることを思えばましだけど。今も両方のひざ下がじんじん痛い、たぶん打撲だろうな。足のひざ下のむくみがひどいので形成外科の先生の指示で弾性包帯を巻いているからこれくらいですんだのかもしれない。そして夫はいつものようにいつものところへ。雨は降るし今日はろくなことがないし、気分は。明日は女子会だけど雨は上がるかな?1人は雨だと足が悪いから行けないと言っているし、晴れますように。明日の女子会、6日のカラオケとランチを楽しみに気分を少しでも上げよう。結婚記念日よりそちらの方が楽しみかも。やっぱり何もない結婚記念日。40年も過ぎたらどこもこんなもんかな?大体夫になにか期待するほうが間違いかもしれない。もともと空気は読めないし、人のきもちなんていつも考えていないような人だからね。
2026.05.03
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去年から免許の返上をめぐって夫ともめている。今月末までに任意保険の代金を払う必要がある。夫が任意保険の継続ということで保険やさんに電話したから払込票が来ている。これを支払ってから正式に保険証書が届く。わたしはどうしても免許返上しないというなら車検代も任意保険も自分で出すように以前から言っている。車検は私の勘違いで今年5月でなく来年の5月だった。夫がどうしても来年の車検まで乗りたいというから仕方なく妥協した。その代わり任意保険は夫に出してもらうという話になっていた。夫は毎日パチンコに行くために自分の持っている通帳(義両親からの遺産)から下ろして行っているのは知っている。毎日パチンコに行く余裕があるなら払えるはず。夫はそれで払いたくないのだろう。夫は私に出せというから話が違うとさっきもめたところ。こちらも先日の漏水工事の代金やら何やらで余裕もない。お金をおろしたくないから漏水工事の代金は毎月の家計の余ったお金を臨時の出費に当てるために置いているのを使った。これ以上保険代までは出せないし。夫は私に車を利用しているのに無責任という。約束を守らないほうが無責任だろう。とにかく連休中は払い込みに行けないから話の続きは連休明けになるだろう。夫はまた忘れて私に払えというかもしれない。とにかく私は払うつもりはない。支払期限があるし、払わなくて困るのは夫だし。わたしはもう車のない生活の覚悟はできている。配達してくれるスーパーを申し込んで徐々にそちらにウエートを移している。途中足りないものは歩いて買いに行く。重いものかさばるものは注文して配達してもらう。連休明けにまた夫と一戦交えないといけないかと思うと気が重いけど、頑張ります。
2026.05.01
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朝から夫の認知症外来に行きました。夫、自分の事なのに、ちゃんと予定はカレンダーに書いていたのに15分前になって「あ、今日は認知症外来やったな?」という始末。覚えていないんかい?夫と行ってきました。主治医先生は気さくな先生だけどあまり楽観的過ぎて笑いながら話を聞くから、私は話す気が失せる。わたしは夫の対応につかれている。最近の話は聞いてくれるけどあまり頼りにならない感じ。今日は脳のCTを取って説明してもらった。多少年相応の萎縮はあるけど、CTでは顕著な認知症は見当たらないらしい。その後買い物。夫と買い物に行くのが最近私は憂鬱。大声でつまらないことを言うから周りの知らない人に笑われる。恥ずかしいからなるべく離れて歩く。今日のお昼ご飯は何?とかも聞いてくる。人がいるところでそんなこと言えるわけない。何度注意しても夫は人前で聞いてくる。夫は買い物のメモを持ってくるけどちゃんと冷蔵庫を見てメモってない。牛乳をかごに入れるから、家に2本ある、明日配達スーパーが1本持ってくるから十分ある。今日は要らないと言っても納得しない。僕が飲むからっていうけど、私はおなかの調子が悪くなるから牛乳は飲まない。夫一人で消費できない。夫が強引にかごに牛乳を入れて行ったので夫の見ていない隙に売り場に戻した。しばらくすると夫は牛乳がないのに気が付いて、牛乳を買わないとという。それでまた何で今日は要らないか説明する。5分くらいでもう忘れたらしい。いらないと言っても夫はついでだからとか安いからと言ってかごに入れようとするのを阻止するのに疲れる。やっぱり一人で買い物に行く方がいい。こういう細かい違和感、なかなか主治医には伝わらない。もともと変わった人、学習障害だからねと軽く流される。他の認知症専門医をわたしは知らないけど、こういう先生が普通なのかな?講演や新聞に記事が掲載されたり結構有名な先生らしいけど、奥さんも来てねという割にあんまり親身になってはくれない感じ。こういう人と40年以上やって来て私も疲れた。認知症の初期だとしてもこれからはどんどん進むだろうし、治ることはない。先の見えない夫との関係は気分が凹む。本人は全く気にもしていなくて心理テストで今の気分は?と聞かれてとても幸せですと言ったらしい。そりゃ幸せだろう、定年になったら毎日パチンコに行くのが夢で今はその夢がかなっている。わたしももう文句を言っても引き留めても無駄だから何も言わないし、好きなだけ行けるから幸せだろうね。空気も読めないし、人の気持ちに無頓着、周りを振り回している自覚もない、ああいう風に生きられたら幸せかもしれない。それから私が貯めている小銭を口座に入金に行く。今日は二万ちょっとあった。手数料500円払っても、まあ500円くらいなら消費税みたいなもんだから入金できる方がいい。お金が貯まったらドーンと1週間くらい旅行に行きたい。温泉でのんびりしたい。いつもは一泊だけだから何泊もするような豪華な旅行。夫を留守番させて(笑)
2026.05.01
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今回借りてきた本は面白くて一気に読んだ。タイトルは「40歳、未婚出産」垣谷美雨主人公の優子は旅行代理店に勤める40歳の女性。海外出張で年下の部下と出張して一度だけ関係を持ってしまう。もちろん今後付き合う気も結婚も考えていない。なかったこととして忘れるつもりが妊娠してしまう。優子は年齢的に妊娠出産の最後のチャンスだと思い直して産む決心をする今でも世間ではシングルマザーしかも未婚と言えばいろいろな偏見を持たれている。田舎の母親は動転して独身の男性同級生におなかの父親になってくれと頼みに行く。上司は産休や育休で周囲に迷惑をかけるから辞職するよう圧力をかけてくる。最後は高校時代から彼女を好きだったという同級生が結婚してその子の父親になるという。しかも別居結婚で仕事は続けていいし、もし将来彼女に好きな男性が現れたら離婚してそちらと結婚してもいいという。会社も産休や育休、時短勤務とかに方針転換をすることになり、優子は無事に出産にこぎつけた。未婚の出産や離婚、日本に住む外国人が受ける差別とかいろいろな問題が描かれている。彼女の兄はブラジルから来た日系二世の女性と結婚し、連れ子の父になる。出産に反対していた彼女の母や姉も最後には理解を示してくれて里帰り出産する。ハッピーエンドに終わる話だけど話がうますぎる気がしないでもない。作者の理想が描かれているのかもしれない。今も昔も未婚女性の出産にはいろいろ偏見やいろんな噂をされてなかなか難しい。昔会社で同期入社した友達が未婚の母になったという話を聞いた。当時は産休制度は会ったけど育児休暇はなかった。独身者に産休を取らせるかどうか会社も悩んだのかもしれない。彼女は関連会社に出向?異動?させられたという。会社も個人的な事情だけどそのまま前の職場に復帰させるのもためらいがあったと思う。私が会社を辞めた後の話なので詳しい事情は聞いていない。少子化の時代なのに普通に結婚して生まれた子は祝福されるのに、未婚の母が生んだ子は色んな偏見にさらされているのは昔からあまり変わらないのかもしれない。どんな事情で生まれた子も周りに祝福されて愛される権利があると思う。生まれた事情や肌の色や国籍とかで差別されるべきではないと思う。
2026.04.30
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最近朝のパンをパン職人さんが焼くお店で買っている。スーパーより少し高いけどやっぱり味が違うことに今更気が付いた。わたしの好みはあんまり甘くなくあっさり、入っているのは餡やクリームでなくナッツくらいのパン。うちから駅に向かう途中に2軒ある。昨日はヨガの帰りに友達とその一軒に寄った。ここはイートイン出来てお茶もできる。今日はもう一軒の店に行こうと思って家を出たらあいにくお休み。ちなみにここは不定休。行ってもお休みのことが多い。このところ二回成功したのだけど久しぶりにお休みに当たってしまった。そちらの方が好みのパンがあるんだけど仕方なく駅まで行って駅前のお店に行った。ここは場所柄少しお高い。でも好きなナッツ入りのパンと塩味のパンを2個ずつ買って来た。明日食べる分だけパンかごに入れて後は冷凍。夫の分と2個ずつでなく夫は食べるときに一口あげるだけ。夫は夫で推しのパンがあってそればかり食べているので。これで日曜までの朝食用のパンがある。また切れそうになったら行こう。うちの北の方にも一軒大きくて有名な店があるけど、そこはほぼ行かない。イートインもできるけどいつも行列が出来ていて、あまり店の雰囲気が好きでない。パン職人さんの顔が見えるようなお店が好き。今日休みのお店は休みが多いけどパン職員さんがいつも出てきてありがとうございましたと挨拶してくれる。店員さんも一人だけど感じがいいからできればここがいい。わたしの最近のウオーキングはまるでパンの買い出しウオーキング(笑)もちろん他のものを買いに行くときもある。ただふらりと行くウオーキングもある。出来れば何か目的がある方がいい。これから暑くなったら時間を変えないと暑くて歩けない。早朝はまだパン屋が空いていないし、夕方だとほとんど売り切れているだろう。どうしようかな?食い気ばかりのウオーキング(笑)
2026.04.29
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今日はヨガ、終わってから友達とお茶して帰ってきたら夫がちょうど車で出かけるところ。どこへ行くのか聞いたところ買い物という返事。夫を一人で買い物に行かせたらろくなことはない。頼んでないものまで買ってくるのはわかっている。土曜日に買い物に行ってきたから明日行くつもりだった。買い物は日数を開けてなるべく回数を減らすほうが消費税が多少なりとも安くなる。夫はそんなことはお構いなく行きたいときに行く。そして帰ってきたら案の定いらないものをいろいろ買ってくる。最近牛乳やヨーグルトは宅配のスーパーに頼んでいるから買わなくても十分冷蔵庫にある。夫は冷蔵庫にあるものを調べてから買い物には行かないので、牛乳もたまっている。わたしは牛乳を飲むと下痢になるから飲まない。それを指摘したら牛乳は僕が責任をもって飲むからという。そうしてね。しかし頭に来たのは大量のアイス。夫には前から小さい冷凍庫だけがアイスの場所だからここからはみ出さないようにと言っている。そしてまだ4月だというのに最近またアイスを買うようになってきた。あれがなくなるまで買わないようにと言っていたのに聞き流していたらしくまたいっぱい買ってきた。冷凍庫のドアが閉まらない。返してきてとも言えないから何とか閉まるように入れなおす。大きい冷凍庫を見たらそこにも箱入りのアイスがあった。まったく人の言うことを全く聞いていない、それも腹立つけど夫は糖尿病。喉が渇く度にアイスを一日2,3個は食べる。バナナも一日2,3本食べる。晩御飯の前にはパチンコでもらってきたお菓子をぼりぼり。また血糖値が上がるよと言ってもお構いなし。大体夫は自分が糖尿病という意識はない。もう何を言っても無駄なので何も言わない。イライラするだけ損だ。本人が気にしていないのだから私は何も言わないことにする。そして私の作るご飯のせいにする。いや私はかつて血糖値が高いとか糖尿病とか言われたことがない。わたしの作るご飯だけを食べていたのなら私のせいかもしれないが、自分が好き勝手に間食してわたしの言うことも聞かなかった結果悪化したとしても私のせいではない。糖尿病から透析になった人もたくさん見てきた。中には片足切断して義足の人もいた。そこまで行かないとわからないのかもしれない。今日の買い物でレシートを見て頼んでいない買い物は支払わないことにした。電卓を入れて私が頼んでいないものには線で消して私が認めたものだけの代金を払った。夫に何を言っても通じないからこの怒りの持っていき場がない"(-""-)"来月1日に認知症外来の受診予定で私も来てほしいと言われている。先生に何をどこまで言おうか考える。家でこういう状態だと言っても先生にもどうしようもないだろうし。でも認知症も確実に進んでいると思う。同じことを5分10分後にまた繰り返して言う。頼んだことを良く忘れる。もともと自分のやりたくないこと、興味のないことはちゃんと聞いていないことが多かった。もともとの性格なのかそれとも認知症のせいなのか?あるいはこの前先生に指摘された学習障害なのか?わたしも何も改善されない。何も話が通じない夫にイライラする。
2026.04.28
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夫は義実家に月命日で出かけました。例によって9時半に着てと言われていたのに平気で遅刻。夫は時間を守れない人。というか守る気がない。何時に行く約束を守るために何時に家を出るから、何時に起きるとかの計算はしないのかできないのかわからないけど。間に合わせるつもりは全くない。よくあれで定年まで仕事が務まったと思うくらい。義実家に住む義姉は月命日に持っていくお供え物にもうるさい人。どうせ何を持って行っても気に入らないのだから私は最近は何を持っていくかを夫に丸投げしている。夫は持って行ったものに何を言われても全く気にもしない。今回は夫はリンゴを持っていくことにした。さっき出がけに持っていくのはリンゴ一個で十分やと言って本当に一個だけ持って行った。それではあまりに貧相だからきっと何か言われるよと言ってもまるで気にしない。何を言われても気にしなかったらいいんだという。その鈍感力はある意味素晴らしい(笑)残りのリンゴは家で食べるという。リンゴを食べたい気持ち>義姉の嫌味ということだろう。わたしなんてそういう鈍感力を持ち合わせていないから、何か人に言われたことなどでも何年たってもなかなか忘れられない。忘れたつもりでも何かの拍子に思い出して、ああいういい方はないよなと思ってくよくよする。言った本人はそんなことを言ったことは全く覚えていないだろうし、気にもしていないのに言われた方は何年でも覚えている。夫の様に何を言われても気にしないなんて言う対応はとてもできない。これから先何十年も寿命があるわけでないのにそんな些細なことにとらわれて悩む時間がもったいないとは思うけどそういう性分。以前義両親が元気だったころ、有馬温泉に連れて行けと義姉に言われたことがあった。夫にあんなことを言われてるよと言ったら夫はすまして言う。僕は車に乗せて連れて行くだけ、泊るなら自分たちで出すだろうという。いやそれは宿泊代のことを言っているのだろうと思う。その場にいた長女もそういう意味だよと言ったけど夫は全く気にしない。そして義姉に行く日を決めてくれたら車は出すからという。とうとうこの有馬温泉行は実現しなかった。一度だけ舅をスーパー銭湯に連れて行っただけ。そこで認知症の舅の世話をして大変だったようでこれも二度と行こうとは言わなかった。夫の鈍感力に助けられて有馬温泉旅行がスーパー銭湯に早変わり。(笑)高給温泉旅館の宿泊料がスーパー銭湯料金に変わったから、家計は助かったけどね。ただその鈍感力を私にも要求しないでほしい。私は夫とは違う人間だから感じ方も当然違う。そんなことを気にする方がおかしいと言われても気になることは気になる。亡くなった義両親が生前私のことを言っていた言葉を時々思い出して私に言うのはやめてほしい。思い出して嫌な気分になる。そんなことを言ってた?と笑い飛ばすような気にはなれない。何年たっても嫌なものは嫌。蒸し返してほしくない。さてウオーキングに行ってきますかね?午後から天気が崩れそうだから今のうちに。ウオーキングで嫌な気分を吹っ飛ばそう!おっとの
2026.04.26
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水曜日にお気に入りの日傘をなくしてからテンション。元気がないように見えるらしく体操に行ったら代表さんに、大丈夫?元気?と何度も確認された。昨日も雨で㏠外に出ず、おなかの調子もよくなくてトイレと仲良し。今日は思いついて駅向こうの薬局へ。日傘をなくしたのに気が付いたのは最後に駅向こうの薬局に寄って表に出たら日傘持ってなくて。そこから逆に移動したところを全部まわったけど結局見つからず。あきらめが悪くて最後に立ち寄った薬局では聞いてなかったなと、今日行ってきた。やっぱりなかった。これからもっと暑くなってくるのに日傘なくては夏は越せない。折り畳みの日傘は持っているけど、長いのも欲しい。近くに行くときやウオーキングの時は大きい長い日傘がいい。大雨の時も濡れない。まああまり大雨の時はそもそも外に出ないけどね。そしてなくした傘を買った店に立ち寄った。ここでその傘を買ったのは3,4年前。もちろん同じものはなかった。あれこれ見比べて一本買った。家に帰って名前を書き、いつも玄関の長日傘を置いているところに置いた。夫、日傘が変わっているのに気が付くか?前のと持ち手が違う、色柄が全く違う。でも夫は私の持ちものに全く興味がない。新しい服を買ってきていても買ったの?と言われたことはない。先月旅行の前にパジャマを二枚買った、一つは旅行用、もう一つは普段用。わたしのパジャマは透析時代からずっと使っていてもうよれよれ、ズボンのゴムも伸びて何度も入れ替えた。それをお風呂上りに着ていても全く気が付かない。もしかしたら日傘も気が付かないかも。夫は自分の興味のないことは覚えないし、見ていても記憶していない。だから新しい傘にも気が付かないかも。夫が前の傘をなくしたことに気が付くと長々と説教される。どこに忘れたんや?とか言われても心当たりのところは全部聞いて回った。これ以上どうしろというのだ。十分わたしは反省して落ち込んでいるのに多分しつこく説教すると思うので、想像するだけでうっとおしい。出来れば新しい傘に変わったのを気が付きませんように。(笑)
2026.04.24
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今日行ったところ、某クリニックで帯状疱疹の予防接種。駅前の銀行により、薬局に寄った。もう一軒駅の向こうの別の薬局に寄った。そこで日傘を持っていないことに気が付いた。立ち寄ったところのどこかに置き忘れてきたのだろう。立ち寄ったところに順番に回ってみた。薬局にない、銀行にない、クリニックにない。移動中駅のトイレに立ち寄った。そこで忘れてきたのかもしれない。そこもちろん寄って室内に置き忘れていないのを確認した。傘には名前も書いてあるけど、病院や薬局なら私の名前を知っているから連絡をくれるかもしれない。だけどいまだにどこからも連絡はない。紛失は決定的だな"(-""-)"人が置き忘れている傘を平気で持って帰る人はいる。なくしたかさは晴雨兼用なので雨でなくても名前入りでも持っていく人は持っていくだろう。以前駅の切符売り場で日傘を置いて切符を買い、そこに置き忘れてきたことがある。5分くらい歩いてすぐに思い出したから取りに戻った。見つからなかった。傘はなく落とし物として届いてもいなかった。その時は名前も書いていない。今まで日傘は3本なくしている。4本目になってしまった。この傘は結構何年も置き忘れることなく愛用してきたけどとうとうなくしてしまった。夫にはまだ言ってない。いつも置いている玄関の定位置になかったらそのうちきづくかもしれない。何でなくすんや?どこでなくしたんや?とかしつこく追及されるから、気づくまで何も言わないつもり。どこでなくしたか分かれば取りに行っている。現に立ち寄ったところは全部回って聞いて歩いた。それでもどこにもなかった。ほんとにわたしっておっちょこちょい。先日の近江八幡でも傘を買い物したお店に忘れてきて翌日朝一で取りに行った。一緒に行った人にも迷惑をかけた。幸い電車に乗る前だったから取りに戻れたけど。いつも帰ってくるとは限らない。そして今日はどんより"(-""-)"
2026.04.24
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長い一日と言ってもまだ終わってないけど。いろいろあった。朝一にガスやさんの社長さんから電話があった。先日漏水の件で見に来てもらったけど漏水箇所を発見できなかった。社長さんはたぶんトイレと思うので後で見に行きますという。今日は整骨院に行く予定だけどお願いしますと言った。整骨院に行く時間になってもまだ終わりそうもなかったので、あとを夫に任せて、出かけた。夫には任せたくなかったけど(笑)頼りないから。以前トイレの便器取り換え工事の時工事が終わったときに私を呼んでくれなかった。一人で使い方の説明、掃除の仕方を聞いて業者さんを返してしまった。後で夫に掃除の仕方を聞いたら分からないという。掃除何てしないなら嫁を呼んできますと何で呼びに来ない?話を戻す。私が帰って来たら社長さんはいなくて夫はお昼休みだろうという。足りない部品を取って来て車も変わって息子さん登場。息子さんともう一人の作業員の人と工事続行。トイレと壁の間に穴を掘ってパイプを入れ替え?メーターをチェックしたら漏水箇所はまだあるらしい。そのまま検査と工事を続行。もう一か所の漏水箇所も発見した。さすがベテランの技術者さんは違う。漏水箇所の近くに名前の分からない木が茂っていて(うちが植えた木ではない)ということはこの下付近だろうと目星をつけたらしい。ついでに木も切ってもらって先ほど工事完了。夫はパチンコに脱走済み。一時間で帰ると言って出かけたけど多分嘘(笑)予告した時間通りに帰ってきたことはない。往復だけで30分くらいかかるのに一時間で帰るはずがない。実は漏水を市の水管事業者組合に連絡して紹介してもらった業者さんは漏水箇所を発見できなかった。それでも3000円の出張検査料を払うシステムになっている。仕方ないから払った。次は35000円でガスを使った詳しい検査をするか?水道管全部取り換え工事30万だか40万とかいうからまた相談すると言って帰ってもらった。その後昔からうちにプロパンガスを持って来てくれる会社の社長さんのことを思い出して相談した。今までに何度もプチリフォームを相談して安くやってもらっていたから信用できる。湯沸かし器の故障の時は調べた結果そこの会社の施工ミスとわかり湯沸かし器取り換えの代金は結構ですと言って無料で工事してくれた。だから私はぼったくるような人でないと信用している。今回は2か所の漏水だったから3,4万かかるといわれたけど、それでも35000円出して検査をしても結局わからないこともあるらしいから、これで漏水が止まったならこれくらいかかっても仕方ないかな。痛いけど。いつも修理代金はガス代と一緒に集金してくれるから月末払い。なんでも水道管でなくつないでいる部品が時期的に質の悪い部品が使われていてその結果の漏水だという。業者によっては水道管から取り換えて高額の工事代を請求する業者もいるらしいけど、ここの業者さんは悪い部品だけ交換して安く上げてくれる。今後またその部品のせいで他の箇所が悪くなればまた工事しに来ますから連絡してくださいと言って帰って行った。漏水のせいで水道代が上がった分は業者さんから工事完了届を出したら、市から何分の一かは振り込まれるという。まあこれで終わることを祈ろう。とりあえず30万、40万の水道管全とっかえはしなくてよさそうだ。家も水道設備も古くなるとあちらこちら傷んでくる。住んでいる人間と同じように。なるべく私たちが住んでいるうちは家にも頑張ってほしい。
2026.04.20
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京都の事件はショックだった。うちの次女も今の旦那さんと子連れ再婚している。孫が小学校の時から付き合い始めて、慎重に付き合っている様子だった。一緒に遊びに行ったり、孫の宿題を旦那さんが見たり、娘が仕事の時に2人で留守番ををしてゲームをしたり、そうやってだんだん距離を縮めて行った。私はそばで見ていて実際に紹介されるまで少し不安があった。うまく結婚できるのか?相手の人は遊びで付き合ってないか?確かめる方法がなかったから。付き合っている最中に娘がインフルになって看病してくれたり、職場で知り合ったけどその職場が閉店になって2人とも失業したり。それでも二人は別れなくて結婚した。両親と兄弟だけのささやかな結婚式を挙げて、新郎新婦の写真を撮るときに旦那さんが手招きで孫を呼んで家族写真になった。わたしはそれを見てこの旦那さんはちゃんと孫とも家族としてやっていく覚悟が出来ているとわかって安心した。いきなり子供の父親にはなれない。時間をかけて少しずつ距離を縮めて行かないと。京都の事件のお父さんもいろいろ悩んだのだろうけど、もう少し時間をかけて頑張ってみてもよかったんじゃないかな?周りに同じような子連れ再婚したという人は結構いる。どんな事情があるのか詳しくは知らないけどご近所に先妻の子供たちは祖父母と住み、お父さんは新しい奥さんと子供と住んでいるという家庭もある。それでもお父さんは子供たちの運動会とかには駆けつけるという。両方の家族を維持するのは経済的にも大変だと思うけど、そういうやり方もある。理想は一緒に住んで新しい家族を作って行く事だろうけど、血がつながっていてもうまく行かないことはある。うちの場合はしばらく孫は前のお父さんの姓を名乗っていた。急に姓が変わると友達に説明がややこしいからということで、決して新しいお父さんとうまく行っていないわけではない。今春孫の高校入学を期に養子縁組を済ませた。法律上もちゃんと親子になった。孫の思うタイミングを尊重して決めた。養子縁組をしてもいきなり親子にはなれない。新しい親子関係を作るには時間がいる。事情もよくわからないのに、いろいろ言ってみたけど。次女一家には今の旦那さんとの子供も生まれ、孫も弟をかわいがって楽しくやっている。最後に京都のお子さんのご冥福をお祈りいたします。
2026.04.16
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大学病院は大体予約をしていても長時間待つのは当たり前のところ。予約なし紹介状なしでは診てもらえないことになっている。紹介状がないと支払いが多くなるとも聞いている。大体住んでいる地元の病院から大学病院を紹介されて受診する。大体の治療が終わったら紹介状を書いた地元の病院に返されるシステムのようだ。ところが腎臓移植者はそうではない。免疫抑制剤の調整をする病院は決まった病院だけなのでずっと大学病院に通うことになる。今の主治医は新しく赴任されて4年になる。今までの主治医と違うタイプで最初は戸惑った。わたしの移植手術を担当した医師は3人おられて、一人は定年で新しくクリニックを開業された。新しいクリニックに通院してほしいと言われたけど、うちからは遠すぎる。大学病院の手前でなく反対側なので通うとしたらもっと時間がかかる。おまけに入院や一部の検査はできない。普段の通院の待ち時間は短くなるけど。結局そこに通うのはできないとお断りした。もう一人は転勤されて、もう一人の先生は入院して腎生検をするときに会うことはあったけど診察日には担当を外れたようだ。こともない今は院内で会うことはほぼない。大学病院では外来を担当しない病棟勤務の医師もいるようだ。今の主治医はよくしゃべる。事務的に次々と診察するだけの先生が多いけど、今までの主治医と患者とコミュニケーションの取り方がだいぶ違っていて、慣れて来たら笑い声が絶えない診察になってくる。最初は緊張していてもだんだん緊張はしなくなる。昨日も私の前の人が呼ばれたので中待合で座っていたら前の患者さんが大声で笑う声が外まで聞こえていて、誰に対してもフレンドリーなのだなと思った。わたしが役員をしている腎移植の会の親睦会や講演会のイベントにも休日にもかかわらず参加してくださる。去年は講演会の講師を快く引き受けてくださって、私生活も垣間見える講演は笑い声も出るほどだった。それでなくても激務の上に夜中に献腎移植のドナーからの腎臓の取り出しに夜中に呼び出されることもあるらしい。新婚旅行に出発する日の朝方にも呼び出しがあったと嘆く。新婚旅行がキャンセルになった。奥様もさぞご苦労が多かったことだろう。医師の中には5時きっちりに病院を出て、携帯電話の電源を切っているという人もいるらしい。それでないとプライベートの時間を削られるからというのもわかるけど、あまり全力投球するのも過労死の心配がある。今の主治医のように適当に肩の力を抜いて冗談を言うくらいがちょうどいいのかもしれない。
2026.04.16
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今日は大学病院。泌尿器科と腎臓内科を受診と骨粗しょう症の注射。ところで最近おなかの調子が良くなくて先月末から下痢が断続的にある。泌尿器科からは下痢止めももらっているけど使い切ってしまって、近所の以前透析をしていた内科と耳まで痛くなってきたから耳鼻科を受診して下痢止めをもらってきた。今日の血液検査の結果は炎症反応が上がっているとのこと、下痢と耳の痛みは風邪から来ているかもという泌尿器科の主治医。腎臓内科でも下痢が多いことを話したら一度消化器内科で診てもらったらと勧められた。今泌尿器科、腎臓内科、総合内科、形成外科の4科を受診中。泌尿器科と腎臓内科と総合内科は全部水曜日にまとめてもらっている。形成外科は火曜日、だからこれだけのために電車で通院する必要がある。そこへ消化器内科、新規予約は月曜日と木曜日限定ということで5月17日を予約してもらった。5月は泌尿器科腎臓内科は受診なし、次は6月。5月の受診予定は形成外科5月12日、21日に消化器内科。6月は泌尿器科腎臓内科総合内科。多すぎて会計の時にもらう次回の診察予定表に入りきらない。大学病院の5つの科を受診しているのは私くらいじゃないかな?医療費な何科受けても一日600円だけど交通費がばかにならない。一回2千円くらいかかる。病院の予定ばかり増えて憂鬱になる。おまけに帯状疱疹の予防接種券が届いて主治医に相談したら不活かワクチン1000円×2の方を受けるようにと言われる。生ワクチンは移植患者は受けられないらしい。という大学病院の話題。やれやれ( *´艸`)
2026.04.15
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今日はcanvaと言うネット上の編集ツールを使って名刺を作る授業。っていうかうちの教室は先生の気まぐれで(笑)教材が決まる感じ。以前パワーポイントをやったときもこれから新しいことを勉強すると思ったら2,3回で終了してしまった。大体のワードやエクセルは終わったから先生も何をやろうか迷っているのかも。でもたまにはワードやエクセルもやらないと忘れてしまう。町の教室にも通ったけどそこではならわなかったような動画編集とか自分の好きな曲を入れたCDを作るとかもやった。年度末には教室の会計報告を全員で作って会計監査もやった。こんなの多分どこのパソコン教室でもやらないだろうな。そして今日は名刺作り。わたしは思い出した。高校を卒業して就職した時同じ課に同じような高卒の男性も採用になった。彼は最初から名刺と職印をもらった.わたしはどちらももらわなかった。課には女性が7~8にいたけど彼女たちももらってなかった。名前の出るような仕事はさせてもらえなくて補助的なコピー取り、電話番、書類整理。男性の補助的な仕事をして最後は男性の職印を押して書類を送るとか。そんな中、私は女子社員の中で初めて職印をもらった。私の名前で他の課に電話をかけある書類を発行してくれるようお願いする仕事。それを見た先輩女子社員はあんただけ職印をもらっていると言って妬み?あまりいいようには言われなかった。名刺はとうとう退社するまでもらったことがない。その後はパートだったのでこれも名刺とは縁がない。そして今日生まれて初めて名刺を作った。多分私には一生本物の名刺は作ることはないだろう。今は名刺くらいある女性は結構大勢いるんだろうけど、何だか感慨深い
2026.04.14
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昨日は移植の会総会。役員は12:00時集合で参加者に配るお菓子を買って準備。会場に向かうと続々と参加者が到着。いつも通り総会が順調に終わって、そのあとは親睦会。今日は移植の病院関係者の中からドクターが3人来られていた。長らく移植手術にかかわってきたN先生。今は定年になって移植者対象のクリニックで働いておられる。わたしの通う病院ではないけど移植関係者の間では有名な先生で私も知っている。あとはうちの県で移植が行われている3つの病院から2名の先生方。うち一名は私の主治医のH先生。今日集まっているのは県内の移植病院で移植をした人たちで自分の患者だけではないのに、来てくれてうれしかった。先生の方も移植者の普段の生活を聞けるいい機会だろう。それぞれに自己紹介を兼ねて近況を語る。中でも夫婦間移植をされていて先月の交流会にも来られていたKさんご夫婦。移植の会のイベントにはご夫婦で片道2時間をかけて一緒に来られている。御主人が話す番の時、透析をしていたときはいつも体調が悪くて大変だった、移植後は元気になってうれしいと話された。横で聞いていた奥様が泣きだして、ご主人の腎臓を移植してもらえたから今こうして元気にしていられるという。いたわり合うご夫婦の姿はとても素敵だった。うらやましく思った。夫婦間移植をされたご夫婦は他にもいらっしゃるけど皆さんとても仲良くいたわり合っている。移植を決意されるまでにはいろいろな葛藤があったこととおもう。中には親族に反対されたという人もいる。でも伴侶を元気にしたいという気持ちが強かった。帯状疱疹に2度3度かかって大変だったという人もいた。腎臓以外の他の病気にかかって大変だったという人もいた。ご両親から腎臓をもらって2度移植したという人もいた。皆さん色々あるもののいただいた腎臓を大事にこれからの生活を楽しんでいこうという意欲はあった。移植をしたらそれで終わりでなくその後の人生がある。移植してもその腎臓がうまく定着しなくて取り出すことになる人もいる。腎臓を取り出すとまた透析に戻るわけで、移植の会を去られた人もいる。移植を経験した者同士いろいろ励まし合っていたわり合ってこれから歩んでいきたいとおもった。この日、移植の会総会で色々考えさせられた。
2026.04.13
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今朝の新聞の投稿欄に出ていた40歳女性の投書にいい言葉が載っていたのでお裾分けします。この方の人生の理念が掲げられていました。「あおぞら」≪あ≫ありがとうを大切に≪お≫おかげさまでの気持ちをもって≪ぞ≫存分に今を楽しむ≪ら≫わたし「ら」しい人生を生き切る。素敵な言葉ですね。わたしも「あおぞら」をいつも心にこれからも生きて行きたいです。いつあお
2026.04.09
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最近耳が痛い。激痛ということはないけど痛いのが続いている。相変わらず下痢も続いている。一体何なんだ?先日のMクリニックでは下痢止め6錠しかもらえなかったので耳鼻科でもらおうと思った。以前にももらったことがある。先生が左右の耳、鼻、のどと診て行ってどこも大きな異常はないという。この先生が家であまり耳掃除を自分でしないようにと言うから最近はやらないようにしている。先生がスコープ?のぞくもので耳の中をのぞいたら画像が前のデイスプレイに出てきた。うわ、汚い。自分の耳だけどあまりの汚さに驚いた。掃除機のようなもので吸い出す。結局耳の下のリンパが腫れているとの診断でその薬と下痢止めをもらってきた。今日は朝から耳鼻科の予約、婦人科の予約、次女のところへもらい物のでっかいミカン?なんという名前か忘れたけど持って行って、帰って来て水道の漏水の件で電話を掛けた。結構忙しかったな。水道業者は10日に来る予定。築40年も過ぎたらあちらこちら傷んでくるね。漏水は二回目。一回目は庭の水栓、周りのコンクリを取り除いて終わったらまたコンクリを張る工事。確か3万円くらいだったと思う。今度はもしも台所の下とかお風呂場ならもっとかかりそう。やれやれまたお金のいることだ.( *´艸`)
2026.04.08
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朝から耳鼻科に診察予約をする。ここの予約はなかなかつながらないことが多いけど今朝はスムーズに予約完了。8時から予約開始で今8時5分なのにすでに36番だったけど。最近は飲食店もカラオケもどこも携帯で予約する。良く行く飲食店、休憩時間にはコンピュータ店員?が電話に出て予約を受け付けるのだけどすべてはいといいえでお答えくださいと言われ、違うことを言うと予約できなくなるみたい。店員に変わりますと言われて店員が出てきて説明する。店員が電話口で言う、予約が取れていない。それって意味がない。結局店員が出そうな時間に電話を掛ける。何度もコールしてなかなかでないことがあるけど辛抱強く待つ。せっかくコンピュータ予約にしたのに意味がない。良く行くカラオケ店。これも携帯から予約できる。でも予約時間が1時間2時間とフリータイム。私はよく3時間を利用するのだけど3時間を選べない。フリータイムにすると午後4時まで。そんな長時間は無理だし。仕方なく電話を掛ける。受付の人に携帯から3時間予約はできないと伝えた。すると予約が多いから規制がかかっているというけど改善されない。だから相変わらず電話予約をするけどこれもなかなか出てもらえない。携帯から予約すると予約完了メールが自動的に出て、携帯に予約受付という表示が出るけど直接店に連絡するとメールも表示も出ない。だから本当に予約できているのか不安になる。電話に出る作業が負担だからコンピュータに任せるのはいいとしてもちゃんとした応対ができないと結局電話予約になり手間がかかる。先に書いた耳鼻科ではコンピュータ予約でもきっちりとした対応ができるし、まったく不都合はない。慣れれば誰でも予約できる。この差は一体何だろう?お客の立場に立ってちゃんとしたシステムにしてほしいと思う。
2026.04.08
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今日近所のMクリニックに行った。最近おなかの調子が悪くて大学病院からもらっている下痢止めを使い切ってしまって、ふと以前透析をしていたMクリニックを思い出して薬をもらいに行った。去年の秋にコロナとインフルの予防接種を受けて以来。久しぶりに行ってみてある人の事を思い出した。Mクリニックで透析をしていたころの話。透析の時隣のベッドにいたTさんという男性。60代くらい?そのクリニックの患者会の会長をしておられて、腎友会でも会長?_副会長?だかをややっておられた。もともと船のコックをしていたそうでお料理がお上手。患者会の何かのイベントには鍋に一杯豚汁とかを仕込んで持ってこられていた。その人が挨拶もそこそこに腎友会(透析患者の会)の申込用紙と腎移植の申込用紙をくれた。患者会に入って腎移植の手続きをしておきなさいということで。わたしは透析を始めたばかりだったので腎移植という方法があることさえ知らなかった。それで申し込むことになった。しばらくしてTさんは病院を移られてその後会うこともない。当時Mクリニックでは看護師長が定年で辞めることになった。透析病院の看護師さんは病院にもよるけど透析の針を刺すことがある。ベテランの看護師長の後の人を探すのを先生は苦労していたみたいだった。しばらくしてクリニック内の掲示板に看護師長が定年を伸ばしてくれることになりましたという院長の文章が載っていた。良かったと思っていたら看護師長が猛抗議。いつわたしがそんなことをいいましたか?話し合いで行き違いというか勘違いというかがあったらしい。結局このごたごたで看護師長となぜか主任看護師もやめてしまい、あとに残った看護師は針を刺したことのない看護師。不安に思って転院希望者が増えた、私もその時転院することにした。転院した人、残る人、患者数は一気に減った。ここでTさんに出会っていなければ、腎移植の登録もしていなくて今でも透析をしていたかもしれない。Tさんはいわば私の恩人。今はどうしているかわからないけどお元気だろうか?久しぶりにMクリニックを訪ねてTさんのことを思い出した。わたしがいたころより患者さんが減って規模を小さくしてやっておられる。玄関や受付、トイレ、更衣室などは当時のまま、懐かしく思う。M先生もすっかり年を取られた。わたしの父の妹の叔母もここで透析を受けていたと言うご縁がある。その話をしたら先生も懐かしがっておられた。当時は透析は自費負担で叔母は仕事をしながら透析を受けていたけど早くに亡くなった。当時の設備や透析回数では長生きはなかなかできなかったと思う。改めて日本の今の時代に生まれたから透析もそう高い負担なく受けられる。これは昔の透析患者さんたちが国会前で座り込んで治療費を保険でやってほしいという運動をしてくれていたおかげと聞いている。その人たちのおかげで今元気に私は生きられている。ありがたいと思っている。
2026.04.06
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次女はうちの近くのマンションに住んでいる。午前中次女のマンションに孫ちゃんの高校入学祝いを持って行った。孫ちゃんは公立と私立を受験したけど残念ながら公立には合格しなかった。うちの市には県立高校が6校と市立高校が一校ある。孫ちゃんの中学ではほとんどの子が公立に進学する。孫ちゃんも塾に通って頑張っていたけど残念な結果。仲のいい友達と同じ高校に行くのはかなわなかったからしばらく落ち込んでいたけど、少し元気になった様子。来週入学式ですでに制服も出来上がっているという。制服姿の写メを送ってと頼んだ。今まであんまり電車で出かけたことのない孫ちゃんがしがいの高校に電車通学する・最寄駅から電車に乗って普通に乗り換えて学校に着く。帰りは高校の最寄り駅から普通に乗って途中で快速に乗り換える。慣れないうちは大変だと思うけど頑張って。定期があれば間違えて新快速に乗っても落ち着いて上りのホームに移動したら追加の運賃は要らないから安心してね。と教えた。中学は給食があったけど高校はお弁当を持っていく。電車通学なので今までより早起きして自分でお弁当も入れるという。小学校入学前に前のパパとママが離婚して、その後今のパパと再婚、弟も生まれていろいろ孫ちゃんは大変だったと思うけど素直でいい子に育った。高校生活を楽しんでね。私立は授業料が無料になるらしいけど入学金や制服代その他もろもろで結構な大金がかかる。友達との付き合いでお小遣いもいるだろう。次女の家ではお小遣いは少なくてお手伝いでのお小遣いももらえるやり方。お年玉やお祝い金も次女に渡す。一部を孫ちゃんがもらうけどあまり大金は持たせない方針。文房具とか参考書とかお金のいるときはママと相談するようだ。よそではそうでないお宅もあるだろうけど、まだ働いていないうちからお小遣いをどんどんもらえるのはよくないと思う。パパとママが一生懸命働いてくれているから高校へも行ける。わたしは高校時代アルバイトをして自分の学費は自分で払っていた。当時の時給は180円。放課後や土日。夏休みなどはアルバイト。当時の高校の授業料は800円。修学旅行も卒業アルバムも自分で出した。そんなことを思い出した。孫ちゃんにはそんな思いをしないでのびのび高校生活を楽しんでほしい。高校へ出す書類には保証人まで要る。私は保証人のところにサインをしてきた。何かあれば両親か私が学校へ迎えに行くこともありうるらしい。まあ持病もないし、いい子だから、たぶん呼び出されるようなことはなさそうだけどね。元気に楽しく高校生活を送ってほしい。(^^♪
2026.04.05
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わたしはヨガと体操を習っている。昔から体が硬いまま。開脚をするときまわりをみまわす。わたしよりずっと年上の人でもペタンコになるまで開脚できる人もいる。先生ももちろんご高齢だけどできる。以前習っていた体操の先生は人により骨や筋肉の付き方が違うから柔軟性に差があるけど気にすることはないと言ってた。確かに何もしなくても生まれつきなのか体が柔らかい人もいる。以前「自分史上最高の柔軟性が手に入る本」というのを買ってしばらくやってみたけど手に入らなかった(笑)三日坊主ではだめらしい。毎日コツコツがいいのか?一緒に体操を習っている今年77歳になるという人はおふろあがりに毎日開脚をやってペタンコになるまで曲がるようになった。先生も驚いていた。年齢は関係なくヤル気の問題かな?開脚してペタンとなったら格好いいんだけどな。わたしにはあこがれのままで終わりそうだ。
2026.04.04
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めんどくさがり屋の私は断捨離と衣替えを同時進行中だと以前日記に書いた。セーター類ももう4月だから着ないかなと思って箱にしまって防虫剤を入れた。案外冬物はかさが高いので2箱になってしまった。この冬出番のなかったセーターもある。ジャケットもクリーニングから帰ってきた。コートもこの冬出番のなかったものがある。買ったのに着ないもったいな。でも手持ちの衣類と組み合わせようとするとうまく行かなかったりする。一目ぼれした服も案外着なかったりする。でも断捨離する気にはなれない(笑)買った服は1シーズン一度でも着ないと洋服が化けて出そう(笑)とりあえず終わったことにする。断捨離する服は案外少ない。くたびれていても何となく愛着があって衣替えの箱にしまう。なかなか思い切って処分できない。友達と会うと断捨離しなくちゃという話に良くなるけどなかなか進まないという話になる。写真の整理もしなくちゃと思うものの、懐かしくて見入っているうちに時間だけ立って結局処分できない。こんなの残して置いたら後に残る家族の負担になるとわかっているけど。母の家の断捨離でいらないものを取っておいては後の始末が大変だとわかっているのに。母の家には着ない服が大量に保管されていた。ほとんど母のものでなく母の姉の叔母から送られてきたもの。叔母は着道楽というかいいものをよく買っている。ブランドものもあったけど母とはサイズが全然違うから母には大きすぎる。飽きて来たら箱に詰めて母に送って来ていた。お下がりのつもり?母は物のない時代を知っているからいつか着るかもと思って処分できなかったのかもしれない。叔母から送られてきたブランドのコートを私に着るように言ったこともある。全く趣味じゃないし。断っても断ってもまた次の年の冬に持って帰って着るようにと母が言う。いくら高価なものでもわたしは趣味じゃない服は着たわたしは値段でなく本当に気にいった服を着たい。というわけで一応衣替えはいったん終了。春夏もののブラウスや単衣のジャケットだけ出しておく。半袖はまだ出せないからもう一度衣替えが必要だな。わたしの物欲はまだまだ衰えていないので(笑)また買って増えてしまうんだろうな。とりあえず在庫のブラウスとかを着て、3月にはパジャマを2枚新調した。夫、いまだに新しいパジャマに気が付かない(笑)服でも出かける時見たことない服だなとか買ったの?とか聞かれることはまずない。私がどんな服を持っているのかあまり把握していない?というかあまり興味がないように見える。まあ私はそのほうが楽だけどね。
2026.04.03
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今日はカラオケ、月に一度カラオケとランチを楽しむ。このグループは私が立ち上げた。っていうと大げさだけど。高齢者大学で知り合った、今回近江八幡の旅行にも一緒に行ったOさんと同じく高齢者大学で知り合ったKさんとでカラオケに行きたいねと盛り上がった。わたしは体操で同じ年なので仲良くしているTさんを誘った。Tさんに知らない人とカラオケに行ける?と聞いてみたら二つ返事で行く行くという。人懐っこい人だ。そのメンバーで3,4回くらい一緒にカラオケに行った。Kさんがバイクで通っていたのが免許返上で行けないということになり、メンバーが3人になった。ちょっと少ないかなと思ってあと3人に私が声を掛けた。3人とも私が習っているパソコンのメンバー。自分の好きな音楽を入れたMY CDを作る授業の時に、パソコンの中身をちょっと覗き見たらひとりは演歌と民謡がたくさんパソコンにあった。もう一人はサイモンとガーファンクルばかりが入っていた。これは歌好きだなと思って声を掛けた。もう一人は多趣味でたのしそうな人だったから声をかけてみた。こうして今のカラオケグループができた。全部で6人。今日は同じ年のTさんは孫ちゃんのお守りで欠席。5人でやった。今日の5人中3人はすでにご主人に先立たれておひとり様。後でわかったけど演歌民謡好きの80代は元バスガイド、サイモンとガーファンクルが好きなTさんは教会で歌われているゴスペルが好きで習っていた。そして最初からのメンバーのOさんは声楽を習っている。私以外はみんな上手でカラオケ好きな人たち。まあ私はいつまでも下手なままだけど楽しめたらいいかなと思っている。上手な歌を聞くのも楽しい。だんだん私も年齢が上がって来て演歌が好きになってきた。わたしは歌わないけどみんなの歌うのを聞いていたらそれぞれの人生が垣間見えて心にしみる。今回も民謡、演歌、エルビスプレスリーまで飛び出して、曲目が幅広い分野にわたっている。そして80代は別として後は私を除いて70代なので大体歌う曲の年代が同じくらい。知っている曲は手拍子だけでなく一緒に歌ったりして青春時代に逆戻り。とても楽しい時間だ。そしてランチではいろんな話をする。年金、保険、姑さんの話、旦那さんの話。いろんな話が飛び出す。今日も大いに盛り上がり楽しかった(^^♪
2026.04.01
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昨日から一泊二日で近江八幡へ旅行に行っていました。朝からめちゃめちゃ暑くて上着いらなかった。待ち合わせの駅で切符を買うとき一瞬荷物から手を離したから背中のリュックだけをもってホームに移動してしまった。幸い電車に乗る前に気づいて取りに戻る。忘れ物未遂(笑)新快速で2時間くらいで着いた。ホテルに荷物を預けていざ観光。近江中ハンバーグの昼食。一緒に行く人が食べログで安くて評判のいいお店を探してくれていてそこで昼食。高いお店だと5,6千円くらいするそうです。明日のお天気がわからないからお天気のうちに八幡堀に行こうとバス移動。バスはわりにすぐに繰るけどここのバス代はやや高いかな?八幡神社の近くから舟が出ていて船着き場を探す。川沿いに石積みの壁が両側にあって遊歩道になっている。舟でなくても歩いてでも散策できる。船着き場は大勢の人がいて舟は次々帰って来るけど結構待った。ここは今話題の大河ドラマの豊臣秀長のお城があって、水路は琵琶湖に続いている。この水路を利用して近江商人たちが商品を運んで富を築いたという。船頭さんの説明を聞きながら堀をめぐる。一人1500円。それから夕食はついていないのでホテルに帰る前に夕食に食べるものを買ってホテルに行く。暑いし船着き場で結構待ったので疲れた。これも一緒に行った人がお弁当やおかずを売っている店を探してくれていたので買い物。そしてバス移動でホテルへ。ここでハプニング。バスの中で傘を忘れたことに気が付く。わたしは晴雨兼用の傘を持って来ていた。それを買い物したお店でトイレに行くために表の台の上に置いて傘は置いたまま荷物だけ持ってバスに乗ってしまった。ホテルに着いたら電話する。傘はあったので明日の朝取りに行くことにする。忘れ物2個目(笑)ホテルでは夕食後温泉を堪能。と言ってもそんなに大きいお風呂ではなかったな。金沢のお風呂よりは大きかったし、露天風呂もあったけど。そしてここは昼間一般客が入れるスーパー銭湯も兼ねている。ちょっと熱め。疲れて早々に寝る。2日目は朝から昨日忘れた傘を取りに行く。それからラコリーナ近江八幡にバス移動。ここは結構広くてここで有名なバウムクーヘンんをお土産に買う。チョコや和菓子も売っていた。ここで大体のお土産を買う。屋根が草ぶきの特徴のある建物が多い。朝少し雨模様だったけど段々晴れてきた。予定よりだいぶ早く帰宅。新幹線でもなく新快速、切符も事前購入していないから帰りたい時間に変更するのも簡単。ところで私は障碍者ということで、今日までのタクシー券を市からもらっている。今日までなのでタクシーで帰宅。ルールでは二枚1000円までというのでタクシー券二枚と千20円を運転手さんに渡すと、タクシー券4枚でもいいよと言ってくれた。家までのタクシー代はなんと20円だった。ありがとう、運転手さん。(^^♪
2026.03.31
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昨日は移植の会、交流会に行ってきました。移植の会では総会、親睦会,講演会と会員同士の交流を図るイベントはありますが、やはり大勢いる中ではなかなか話せないことがあるのではないかと思っていました。移植の話、最近の体調の話などはなかなか移植した者同士でないとわかり合えないし話せないと思って小規模の交流会を開いてはどうかと私が提案しました。他の役員さん方にはいろいろご協力をいただいて昨日実現しました。会議室を取ってもらい10名が集まりました。役員は私ともう一人の役員の2人。参加者は8人。うち6人は夫婦間移植のご夫婦で参加されました。夫婦でも最近は何とか移植ができるようになってきましたが、いろいろ難しい問題もあるようです。移植後離婚されたご夫婦もいるようです。夫婦間移植されたご夫婦のその後を知ることができました。旦那さんたちは他のご夫婦の話を熱心に聞いておられて移植の時だけでなく普段から奥さんの療養に積極的に参加協力している様子がうかがえました。3人の旦那さんたちは奥さんに体にいいものを食べさせようといろいろ試行錯誤しながらご飯も作っているそうです。いいと言うものはネットで取り入れたり、調味料を家で作ったり。カロリーや塩分も考えてエクセルで献立表を作ったり。まあよそはよそですが、うちの夫とは格段に違っていました。(笑)皆さん同じ移植者とはいえ、通っている病院も担当医も違うけど、いろんな話が飛び出して笑いが絶えない楽しい会になりました。始まる前は出席者が少なかったらどうしよう?とか話が途切れて沈黙になったらどうしよう?とかいろいろ考えていたのですが、司会の私が楽なくらいに次々話題を提供する方がいて話が尽きない。3時間あっという間に終わって皆さん口々に楽しかった、また開催してほしいと言いながら帰宅されました。中には片道2時間近くも掛けてこられた方もいました。皆さんお疲れさまでした。私もいろんな話を聞くことができて大いに参考になりました。(^^♪
2026.03.29
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私の亡くなった母は娘時代に洋裁を習っていて結婚後は洋裁の内職で家計を支えた。わたしは子供時代母の作ってくれた服を良く着ていた。母は私のお出かけ用のワンピースを作ってくれたりしていた。自分とおそろいにするために、自分に合わせて地味な色にして、本に載っていた参考にした服のフリフリとかは省略。出来上がってみたら普通のワンピースでがっかりしたこともある。子供のころピンクや赤や子供らしい服は着られなかった。子供のころから太目だったから母が紺色とかを着たほうが痩せて見えるからと言って着せてくれなかった。小学校の修学旅行に行くときは母の作ってくれたツーピース。上着とワンピースのおそろいだったけどこれも紺色。わたしは働いて自分で服を買うようになったら、今まで着られなかった赤やピンクを反動で?着るようになった。母は私が大きくなると洋裁の内職をやめて会社勤めになった。それでも通勤用のスーツとかは休みに自分で作っていた。わたしは母の血を受け継いでないのか、不器用で母に洋裁を習うよう言われたけどどうしても洋裁は好きになれない。我慢して何とか一年習ったけど、母とけんかしてやめてしまった。母は洋裁ができないと結婚できないと思っていた。昔は主婦は家で自分の服や子供の服を手作りしていたらしい。わたしは洋裁は嫌いなままで、子供が幼稚園に行くようになったら母に手提げ袋とかを作ってもらっていた。バザーに出す手作り品も作れないから当然母に頼んだ。母は端切れでテイッシュ入れを作ってくれてそれがいまでも家にある。洋裁ができない私は結婚しても何でも母頼み。夫のズボンの裾上げもおみせでたのんだら高いから母に頼んだ。母の洋裁の腕と母の嫁入り道具のミシンに大いに助けられた。多分昔のミシンはかなり高級品だったと思う。修理して足踏みミシンを父がモーター付きに改造して長年愛用してきた。わたしは今でも洋裁は全くできないままで、服もすべて既製品。数年前にお店で黒っぽい花柄のフリルの付いたトップスを見つけて買った。フリルは私の年には派手かもしれないけど黒だし着られないことはないだろう。花柄も黒地だし。花柄は袖と裾の一部で見頃は黒。今日出かけるための服を探していてこれが目についた。今日は久しぶりにこれを着て行こう。(^^♪
2026.03.28
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夫はスマホがあっても持ち歩かないし、家に置きっぱなしで出かけるから意味がない。毎月の携帯代がもったいないと言ったら、夫は電話だけ使えたらそれでいいからとガラケーに変えることにした。ガラケーからスマホに還る人はいてもスマホからガラケーに行く人はなかなかいないだろう。名義は私の名義にしています。私名義の方が障碍者ということで少しは安くなるので。そして注文したガラケーが来た。そろそろ入荷したかと思って携帯ショップに電話をしたらお店から電話とメールを入れていたけど、夫見てなかった。"(-""-)"夫にはこれも持ち歩かないなら次は解約と言ってある。解約をしに行ったらガラケーを店員さんにガラケーを勧められたわけ。名義は私のなので予約を入れて午後引き取りに行ってきた。夫。自分の携帯なのにまるで他人事、多分帰ってきたら私にあれこれ聞くだろうからわたしが色々聞いて電話のかけ方とか聞いて、電話帳もコピーしてもらって持ち帰ってきた。家に帰ってから私の携帯から電話をかけてみる(笑)なぜか夫の携帯はならず家の電話が鳴る。なんで?と思ったら夫は携帯を持ち歩かないので私は電話帳の夫の連絡先を自宅にしていたから、自宅につながった(笑)ざっと機能を見て教えた。本当に使えるのかな?ワンタッチダイヤルに私と義姉、自宅の電話番号を登録。緊急の時電話帳を開かなくてもここを押せばつながるからと教えた。多分夫は早く例のところに行きたいから上の空(笑)あわてて出かけた後見たら、やっぱり携帯はリビングに置きっぱなし。持って出かけないと意味がない"(-""-)"当分は出かける時携帯持った?と声掛けまでしないといけない。手のかかること、いっそ携帯解約したほうがよかったかもと後悔する。ラインもインターネットもできないし、完全に時代に取り残されている。大体携帯を持ち始めたのは、まだ働いていたころ、職場の連絡網を作ったら夫以外の全員は携帯番号を書いていたのに、夫だけが自宅だった。そこで僕も携帯が欲しいとなったわけ。子供みたいな理由(笑)覚えようという気がないから、最初は長女がメールとか教えていたけどとうとうさじを投げた。先日長女が来た時、セールスとかのメールが千件もたまっていて削除してもらったのにまたたまっているし。毎日削除しないとたまって大変だよ。"(-""-)"。※携帯はおもちゃじゃないから必ず外出には持っていきましょう(笑)それにしてもガラケーってまだ生産してたんだね。
2026.03.27
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いよいよ来週近江八幡。新快速で行くから交通費も往復5000円弱。ホテルは朝食付き、大浴場ありで一泊一万円。後お土産とか含めても2.5万~3万くらいで収まりそう。多分ツアーより安いかな?お昼は近江牛を食べたいと思っている。ステーキかすき焼きか。普段のランチは1000円からせいぜい2000円までのランチなのでここは少し張り込む(笑)今回の旅行の目玉。(笑)夕食はついていないからどこかで買って帰る予定。前回伊豆旅行の時にインターチェンジで食べたコロッケが熱々でおいしかった。ここは近江牛のコロッケも行っておこうかな?2日間ずっと食べていたら太っちゃう。お昼はしっかり、晩御飯は軽め。これはダイエットの基本(笑)でもおいしいスイーツとかあればそれも食べたいかな?っていうかダイエットしているつもりだけどあんまり効果がない(笑)いつものように駅近のホテルを予約しているから、近江八幡に着いたらホテルに荷物を預けるつもり。食べた分しっかり歩こう。ようやく着ていく服と2日目に着る服が決定した。薄い単衣の上着も持っていこう。朝晩は冷え込みそう。あと1週間体調を整えて、楽しみに待とう。実は今日は別の内容の日記をあげる予定だった。ヨガに行って帰りにお茶をして帰ってきたらどんな内容の日記を書くつもりだったか思い出せない。悲しい(笑
2026.03.25
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この年になって思うのはこの世にはご縁の力というものが確かにあるなということ。昨日の日記の一時的に疎遠になっていた友達とのご縁が復活した話。亡くなった幼馴染のお墓参りがきっかけになったから亡くなった友達がご縁をまた結んでくれたのかなと思う。去年から高齢者大学で知り合って仲良くなったOさん。金沢や伊豆にも一緒に旅行に行った。年上だけど何事にも積極的に取り組む素敵な人生の先輩。彼女に旅行の資料を送るためにパソコンのメルアドを聞いたら、中に誕生日らしい数字が並んでいたので、誕生日ですか?と聞いた。すると違います。誕生日は○月×日ですという返信。なんとそれは亡くなった母の命日だった。偶然?わたしには母がOさんとの縁を結んでくれたと思える。おもわない人と思わぬ縁でつながっていてびっくりすることもよくある。全ての縁は神様の指図で出会ったり別れたりしているのかもしれない。次女と旦那さんのご縁も不思議。次女が離婚して再就職した職場で出会った。旦那さんも転職してその職場で働いていた。もともと地元の人でなく大学卒業後他府県からやって来ていた。職場の先輩として接するうちにひかれあって付き合うことになった。次女が再就職先を探していたとき他にも候補の会社は合った。そこに採用されることがなく、旦那さんがいた職場に採用が決まったということは運命?ご縁?旦那さんが卒業した大学のある県で就職していたら多分永遠に出会うことはなかったと思う。次女も離婚していなければ以前の職場をやめて旦那さんと出会った職場に就職することがなかった。次女もいったん別の人と結婚して離婚、ちょっと遠回りをして今の旦那さんと出会ったけど、それは旦那さんと出会うために必要な回り道だったと思える。バツイチ再婚子連れの次女と今の旦那さんとの結婚はあちらのご両親とかの反対もなく結婚することができた。ただ想定外はふたりの職場が撤退してなくなったこと。それで旦那さんも次女も再就職先を探してすぐにすんなり結婚というわけにはいかなかった。再就職先で旦那さんは資格試験を受けてなんとか合格し、結婚のめどが立った。次女も今まで働いたことのない業界で再就職。仕事が安定してようやく結婚を考えられるようになった。孫ちゃんと今の旦那さんとの仲も良好で、孫ちゃんと今の旦那さんが養子縁組の手続きも終わった。今の旦那さんとの間に赤ちゃんも生まれ、4人家族になった。幸せそうな次女家族を見ていると神さまの采配に感謝したいと思う。
2026.03.23
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今日は女子会。還暦で同窓会の後しばらくは同窓会やランチとかに行ってたけど、コロナになってからほぼなくなった。それで私は女子会をしようと女子だけに声をかけて数回やっている。どうして女子だけかというと一度ランチ会があったんだけどそこに男子が来てそれもほぼ知らない同級生じゃない男子も交じって、お昼なのにお酒を飲んで絡まれた。男子を呼ばないで女子だけで気軽におしゃべりしたいから女子会にした。最初は他府県からわざわざ地元のホテルを予約して帰りが遅くても大丈夫なようにしてまで来てくれる人がいたけど、だんだん集まりが悪くなって。今回は3人。私がみんなに会いたい気持ちほど他の人は会いたいという気持ちはないように感じた。それでなくてもほぼ連絡がつかなくてどこにいるやらわからない同級生が多い。連絡がついても家族の事や旅行で行けない人が多くて。でも今日は久しぶりに楽しかった。1人は小学校からの幼馴染。中学も一緒で高校だけ違った。でも高校卒業して就職先の会社が同じで、そのころは仲が良かった。その子の結婚式にもお呼ばれした。結婚後やや距離が空いて、久しぶりに連絡が来たと思ったら「今化粧品のセールスをしている」と言って家に訪ねてきた。2万円のセットを買ってほしいと言われた。2万円のセットを売って彼女の取り分はどれくらいかわからないけど、彼女たち親子とわたしとうちの子供たちの分のお弁当とおやつを持参。そんなの買って交通費も払ってたとえ売れても赤字かもしれない。久しぶりに友達に会えると喜んで迎えたのに化粧品を売るのが目的かと思ってがっかりした。それでいろいろ持ってきてもらって悪いけど、やっぱり専業主婦には2万円の化粧品は買えないときっぱり断った。それからしばらく音沙汰がなかった。数年たって連絡が来たら今度は「生命保険をはじめました。今度パンフレット」というの会いに行くから」というのでこれも「パンフレットを置いてきてくれるならいつでも歓迎する」と答えた。結局来なかった。それからずっと年賀状だけの付き合いが続いていて還暦同窓会で再会した。一応クラスのメンバーでライングループを作った。それから数年たって同級生が亡くなり、私はその子の家にお線香をあげに行ってきた。同級生のライングループに彼女が亡くなったことを報告してどなたかお墓参りに付き合ってもらえないだろうか?と流したらそのセールスをしに来た子が一緒に行こうと言ってくれた。そのこと2人でお墓参りに行ってきた。その後保険やさんはもうやっていないというのでまた仲良くしている。だれも手をあげてくれない中、一人でも一緒に行ってくれる人がいてうれしかった。それから時々あっている。そして今日来たもう一人は早くにご主人が亡くなって去年まで仕事をしていた。仕事に行こうとして転倒し大腿骨骨折、入院とリハビリを経て何とかあるけるようにはなった。でもまた転ぶと怖いと言って雨の日の外出は怖いという。今日ももし雨だったらいけないというから、じゃあ晴れていたら出席でしてねと言っていた。幸い今日はお天気でその子に逢えた。3人で一杯話せて楽しかった。2人とも中三の同級生だけどその頃はそんなに親しくしてきた記憶はない。同窓会になると再会できてうれしくて仲良くなれる気がする。亡くなった子が縁を結び直してくれたのかもしれない。Nちゃん、あなたのお墓参りが縁でまたSちゃんと友情が復活したよ。ありがとうね。というような今日の女子会。
2026.03.22
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昨日晩御飯の用意をしていたら、冷蔵庫の大根の葉っぱが目に入った。電子レンジでチンしてシーチキンと炒めて卵とじにしました。おいしかった。昔舅が畑で作っていた大根はそういう種類なのか,太く大きい品種。無神経にずけずけ物を言う舅に「お前の足みたいな太いいい大根が取れたぞ」などと言われていました。義実家に行くたびに大量の野菜をくれるのですが多すぎます。大根2,3本、白菜2,3個もちろん白菜は丸ままの大きい白菜。そんなの4人家族でしかも子供たちはあんまり食べないのに食べきれない。近所に上げたら夫が怒る。いや食べきれないで腐らせるよりはましでしょ?そして舅の作る大根の葉は太くて硬く、いくらゆでて炒めてもやわらかくならない。子供たちも、夫でさえも食べない。何日も誰も食べないので捨てることになる。わたしは舅に葉っぱはいいですから、大根だけもらって帰りますと言った。舅に葉っぱはおいしいのに、葉っぱだけでも欲しいという人がいるくらいなのにという。わたしは心の中で思った、いらないというのだから葉っぱは欲しいという人に上げればいいのに。いらないという私に無理に持たせなくてもいいじゃない。舅は私が魚の皮を食べないこと、お漬物を食べないことにも文句を言う。いくら魚の皮が栄養があるのにと言われても食べられないものは食べられない。またお漬物は塩分を減らすように言われているし、もともと好きではない。大根の葉っぱにしてもお漬物にしても食べられるようになったのはずっと後になってから。大根の葉を見るたびに舅の言ったことを思い出す。大正生まれの舅は時代について行けてない古い不器用な人だったと思う。住宅ローンで家を買おうとする私たちにそんな大金を借金するなんてと説教をした。いや現金で買う人なんてほとんどいない。ほぼ全員が住宅ローンを組んで支払う。途中で借りた世帯主に何かあったときのために生命保険も入る。そう言っても納得しない。今からお金を貯めて退職金が出たら家を買えばいい。そんなことを言っていると一生家は持てない。定年になって子供たちも出て行ってから家を買っても意味がないし、老後のたくわえを全部出して買うなんて逆にあり得ない。食べ物がない時代を過ごしてきた舅には好き嫌いを言って大根の葉を断ったり、魚の皮も漬物も食べない嫁はわがままに見えたのかもしれない。最後までわかり合えないままだった。っていうかわかり合うというより親の言うことが絶対に正しいから言うことを聞けという人だったな。今ならもっといいやり方があったのかもしれないけど、今となってはどうしようもない。
2026.03.20
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暖かくなってきたので真冬用のコートをクリーニングに出している。わたしが出している店は少し離れているけど、長年クリーニング店をやってきたらしいおじさんがやっている店。よく見かける取次店ではないから店の横に作業場がある昔からのお店。だから出すときにここの汚れは取れるかしら?とか相談できる。わたしは年に数回しか出さないけどちゃんと覚えていてくれて、引き取りに行っても間違いなく私の頼んだ服を出してきてくれる。そして最近の私のこだわりは朝食のパン。以前はスーパーのパンを買ってきていたけどだんだん飽きてきた。最近はパン職人さんの作るパンは高くてもおいしいと気が付いてウオーキングの時などに買っている。最初は一人だけ買うのもなあと思って夫の分も買っていたけど、夫は味の差がよくわからないらしいので(笑)こういう人に食べさせてもなあと思って今は私の分だけ。買ってその日に食べない分は冷凍しておく。冷凍したのをその都度温めて食べる。夫はスーパーで売っている干しブドウ入りのテーブルロールを毎回買っている。そして私のパン選びが変わっていることに気づいていない(笑)お前だけおいしいのを食べているとは言われない(笑)わたしにしたらよく毎回同じパンで飽きないなあと思うけど、同じものばかり食べるのは夫なりのこだわりかもしれない。今日もウオーキングの時にパンを買って来よう。そろそろ桜も咲き始めてウオーキングに適した季節になってきた。将来のためにまた今日のためにウオーキングを楽しもう。
2026.03.19
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この本のタイトルは「しあわせは急がないで! 人生の岐路に立つあなたへ!」。瀬戸内寂聴さんと青山俊董さんが選んだ尼僧の法話集。瀬戸内寂聴さんは作家でもあり有名だけどその他の方々は私は名前も初めて聞く人たち。お一人お一人の法話の後にその人の経歴が書いてある。法話は相談に来た方にこたえる形で人生のアドバイスみたいな法話になっている。そこは読んでもよくわからないことも結構あった。最後の経歴を見たら、由緒ある尼寺では皇室やそれに準じるような名家から次のご門跡(お寺で言う住職みたいな?)を迎えて早いうちから尼僧としての修行とかあるいは尼僧の学校で学んで一生お寺で過ごす。尼僧になるということは仏様との結婚を意味するらしい。実家では嫁入りの時のようにたんすや道具をそろえて、親せきを集めて披露宴を行うという。ある人は幼いながら自分で望んで尼僧になり、またある人はその頃の皇后陛下の親せきに当たるお血筋のため、皇后陛下の懇願により仏門に入った。自分の意思でなく成り行きでそう決まったとか、いろいろないきさつがあって尼僧の道を歩むことになった人たち。歳月を経て皆さん、穏やかなお顔で写真に写っておられる。女として生まれて恋愛や結婚をしない生き方を選ぶ。もしくは運命づけられる。いろんな思いがあったのかもしれないけど、悩みを抱えてお寺を訪問する人たちの相談に乗って,アドバイスしたり,諭したりする。世の中にはこんな生き方をしている人がいるのを今まで知らなかったし、想像したこともなかった。少しは視野が広がったような一冊だった。
2026.03.18
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最近面白かったのは「片を付ける」越智月子作という本。もうすぐ40歳になる一人暮らしの阿紗という女性が主人公。隣の部屋に住む高齢女性八重を助けたことがきっかけで彼女の終活を手伝うことになる阿紗。阿紗も片付けができない人だったけど職場の先輩に片づけ方を教えられて今はきちんとした部屋に住んでいる。阿紗は八重の部屋の片づけを手伝ううちに八重の過去を知ることになる。最初は悪態をついていた八重も次第に阿紗に心を開いて、仲良くなっていく。八重の部屋にあったミシンをインターネットで売ることになり、八重の過去が次第に明らかになってくる。ミシンを買ったのは八重の過去を知る人物。八重を探していたという。推理小説的な要素もあって一気に読めた。終活とは自分に必要なもの、いらないもの、欲しかったもの、嫌だったものなど人生で背負い込んだ荷物や厄介ごとに向き合うことという言葉がなるほどと思わせた。わたしも部屋を片付けないとと思うもののなかなか手が付けられない(笑)いらないと思うものの捨てられないものが人生には多すぎる。
2026.03.15
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今日は近所の保育園で卒園式だったらしい。ウオーキングしていたら親子連れを幾組も見かけた。最近は卒園式に両親そろって出るようでスーツのお父さん、きれいな服を着たお母さん、よそ行きを着た子供たち。子供たちははしゃいでいて卒園式がうれしいようだ。それで孫ちゃんの時のことを思い出した。孫ちゃんはずっと保育園に通っていたけど卒園の夏に娘夫婦が別居して親子はうちに帰ってきた。こちらでも保育園に通わせて次女は仕事をする予定だったけど市役所に相談に行ってもこんな時期に保育園の入園は難しいということで9月から幼稚園になら入園できた。幼稚園は帰宅が早いから朝は次女が送って言っても帰りは誰かが迎えに行かないといけなかった。次女は仕事の日は迎えに行けないので私と夫がお迎え担当。でも私は当時まだ透析をしていてお迎えの時間が早いときはいけないので夫に頼んだ。何とかそうやって半年乗り切った。3月の卒園式の後春休みになる。どうするか?私は透析もあるからずっといっしょにはいられない。幼稚園では延長保育も利用していて、3月末まで幼稚園に籍があるということで無理を言って3月31日までみてもらった。そして4月1日以降は学童保育に入る予定。入学式もまだ終わってなくてそこも頼み込んで学童保育に4月1日から入れてもらった。シングルマザーということで特別に考慮してもらったようだ。孫ちゃんは卒園式が終わっても幼稚園に3月いっぱい通って4月からはいきなり小学校の学童保育。結構大変だっただろうと思う。入学式より前から学童保育。このときはまだ別居ということで正式に離婚はしてなかったんだけど。今は別居していたら児童手当は普通は父親に支給されるところ母親にわたるようにできるらしい。色々な便宜を図ってもらえるらしい。離婚成立したのはもう少し先のこと。次女も仕事を代わって大変だった。そんなこんなの卒園式前後のことを思い出。月日が流れて今は孫ちゃんは中3。中学を卒業して、先週公立受験で来週末には結果が出るらしい。孫ちゃんはママが再婚して新しいパパと弟が誕生した。孫ちゃんも来月入学式で高校生活が始まる。あっという間だった。孫ちゃんは私が送迎したり、一緒に遊んだりした幼稚園時代のことはほとんど覚えていないらしい。覚えていないのはちょっと残念だけど、私はときどき思い出す。孫ちゃんの小さい手をつないで一緒に幼稚園に通ったこと。一緒に公園で遊んだり、家の中で絵本を読んだりしたこと。ママが仕事で遅いときは一緒にお風呂に入ったり寝たりしていたこと。当時を思い出すと心が温かい気持ちになる。(^^♪
2026.03.14
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昨夜病気療養中の友達の夢を見た。以前元気なころは車を乗り回していて、うちの近くまで迎えに来てくれてよくあちらこちら連れて行ってもらった。もう一人の友達と3人、知り合ったのは以前のパート先。3人とも温泉が好きなのでよくスーパー銭湯や日帰り温泉に行ってランチを食べてきた。パート先では仕事場が離れていたけど朝夕ロッカールームで会ったらあいさつ程度はしていた。わたしが辞めるときに挨拶をしたら、送別会をしたいと連絡先を聞かれた。わたしはそんなに今まで親しかったわけでないのに、本当に送別会の連絡が来るのかなと半信半疑だった。もう30年も前のこと、家の電話番号を教えた。携帯はまだ持っていなかった。それからコロナの前までは結構毎月のように会ってた。友達のうちのどちらかがいつもうちの近くまで迎えに来てくれた。2人ともうちの少し西の駅近くに住んでいる。去年の春が最後かな?その後その友達は脳梗塞脳出血?とかで倒れて入院した。もう一人の友達からそれを聞いて驚いた。それから時々メールをしていた。最初はスタンプだけの返信。去年の夏を過ぎるころからぼちぼち返信が来るようになった。リハビリを頑張っていますというような短いメール。でも順調にリハビリしているのだなと思ったらうれしくなった。昨夜の夢で私が彼女の最寄り駅まで出向いたら会えないかなと提案していた。それで彼女にメールしてみた。リハビリを頑張ってももしかしたら以前のように車の運転はできないかもしれないから、今度はこっちから会いに行こうと思った。彼女の家は駅からだいぶ離れているようだけど、バスとかご家族に送ってもらえるなら駅までこられるんじゃないかなと思った。リハビリ中の人にあんまり会いたい会いたいというのもどうかなと思ってメールの内容には気を使う。今日はその夢の話をメールして考えておいてねと言った。余計なプレッシャーやストレスになってないといいけど。もう一人の友達も姑さんが入院とかしているし、最近音沙汰がない。それどころでないのかもしれない。みんなそれぞれの場所で頑張っていて逢いたくてもなかなか会えない。
2026.03.13
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今日のウオーキングは夫が認知症テストに行くのを見送ってから出かけたので遅くなった。7069歩、4756メートルと歩数計は言うけど歩数はともかく距離は違うと思う。私の一歩は歩幅が小さいから距離はもう少し少ない。でも今日は結構歩いたな。遠回りして母の居たホームの横を通って帰ってきた。この道を通るのは久しぶり。ホームの横を通ったとき、ああ、母は一階の一番端の玄関から一番遠い部屋だったなと思わず見た。もちろん今は別の人が住んでいるだろう。母のいたころはコロナでなかなか面会できないこともあった。面会制限がやや緩やかになったときに面会したり、時には玄関先とか庭の椅子で面会したこともあった。会えなくても何か持っていくとかしてスタッフさんたちに母の様子を聞いたり母に手紙を渡してもらったりした。母は弟に会いたがっていたから面会の機会も弟と分け合って弟に行かせたりしていた。弟は面会制限を破って勝手に会いに行って予約していないと会えませんとホーム長さんとトラブルになったこともある。そして忙しいから面会はできないと言い出したのは母が亡くなる半年くらい前。でもコロナやインフルが流行っていてけっきょくわたしも最後は面会が叶わず。月曜日に1周忌をしてああ、もう一年たったのだなとしみじみ思った。早かった一年。弟は亡くなった直後は相続の話で度々連絡が来たけどそれが終わるとばったり連絡が来なくなった。もともと疎遠な姉弟だったし、母が元気だったころは母を通して近況を聞くくらいだった。母の49日も1周忌も弟には連絡しなかった。弟は掛け持ちで仕事をしていて休みはほとんどないからわざわざ休んで迄は来ないだろうと思った。それにもともと弟は戒名もつけなくていい、お坊さんのお経もいらない。仏壇もみていくつもりはないとはっきり言っていたから。皮肉なもんだ。あれほど溺愛していてホームに行ってからも弟が来るのを楽しみにしていたのに、最後は弟を見てもわからなくなった。母に「どちらさん?」と聞かれてショックだったようだけど、面会に来ないから忘れられても仕方ないと思った。事務的にお葬式と相続を終えたら私たち姉弟はもともとの疎遠の関係に戻った。同じ町内に住みながら連絡を取り合うこともない。弟と弟嫁の携帯番号は聞いているから何かあれば連絡が来るだろう。弟嫁が入院した時入院費がないと言って母の貯金から貸してくれと言ってきたことがあった。度々そんなことがあったけど、母なら何も言わず貸したと思うので嘘っぽい理由の時もあったけど何も言わずに渡した。もちろん返されることはなかった。弟は知らんふりで母の貯金を二等分してくれた。今後何もなければ弟から連絡が来ることもない。母の1周忌の次は納骨と仏壇じまいだけどそれも弟に話して納得してもらっているからこちらで勝手にやるつもり。どうする?とも聞いてこないし多分関心がないと思うし。姉妹は他人の始まりというけど親が死んだらどこの家もこういう感じなのかな?うちは特別かもしれない。仲のいい兄弟は親がいなくても多少行き来するだろうし付き合いもあるだろう。比べても仕方がない。弟にもしものことがあれば弟嫁が何か言ってくるだろう。連絡が来ないうちは何とか仕事にも行けて暮らしているのだろうと思っている。
2026.03.11
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夫と一緒に認知症外来に行ってきた。夫は交通違反をきっかけに公安委員会に認知症テストを受けるように言われた。その結果認知症外来に行って診断書をもらうように言われた。それ以来そこに定期的に通院している。前回夫は先生に奥さんと一緒に来るよう言われたのに夫は私に何も言わなかかった。夫の話が要領を得ないから、私はクリニックに電話して家族相談を申し込んだ。保険が効かなくて一回5千円かかったけど、次回は一緒に行くということになった。それが今日。まあ認知症がそんなに急に進んでいるわけではなかったけど、先生は運転は免許返上したほうがいいという。免許返上を勧めている私の言い分には追い風になるかな?明日夫はは公安委員会から言われた認知症テストを受けに行く。そして半年ごとに診断書を提出することになっている。もちろん認知症が緩やかに進む人もいれば急に進む人もいる。これから先どうなるかわからないけど、とりあえず免許返上は近いうちにやってほしいと思っている。というのは4月には任意保険の更新、5月には車検がある。任意保険を更新して車検を受けてしまうと夫が免許返上しないと言いそうなので免許の期限はまだ先だけどここで免許返上してもらいたい。今後の進み具合によっては車検を受けても無駄になるかもだし。私の亡くなった父もいくら免許返上を勧めても返上しなかった。次の誕生日まで、次の車検までと次々期限を延ばして結局返上しないまま87歳で亡くなった。幸い事故もなかったけど、最後の方の運転はちょっと危なっかしかった。自分では危ない自覚はなく、自分は自分の運転を危ないと思ったことはないと言っていた。だから夫は自分も80歳くらいまでは乗れると言ってた。人が載っていても人は人、自分は自分の状態を冷静に見て決めるものだと夫に言った。次回の認知症外来の診察は来月。うまく免許返上できるといいな。帰宅後クリニックスタッフの女性から次回も奥さんを連れてきてくださいとの先生からの伝言を受けた。夫の話だけでは普段の様子が分かりにくいと思ったのだろう。そう言ってくれるとついて行きやすい。前回の家族相談に行った話は夫には内緒だから。
2026.03.10
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親の心子知らずとはよく言ったものだ。きょう母の1周忌に来てくれた長女が私からメールが多すぎると文句を言う。最近は私もいろいろ忙しくて一時よりは減らしている。それでも普通親と連絡を取るのは2週間か3週間に一度くらいだという。普通って?何の基準?親元を離れて一人暮らしの娘を心配するのは普通だと思う。40娘だとしても、あまり連絡がないと部屋で倒れていないか心配する。たまにどうしているかなと心配するのもうっとおしいのか?先日2,3日たっても既読がつかないから「生きてるか?」とメールしたから今日のこの話題になったと思う。なるべく自分の価値観を押し付けないようにと思っている。でも一人でちゃんと食べているか、お給料が少ないから月末には卵ご飯だけという日もあるらしい。朝晩それでも仕事の日は食堂でちゃんとしたお昼ごはん食べられる。でもそんなことを聞いて心配しない親はいないと思う。親の心配をよそに、長女は転職もしないし、正社員にという声がかかっても断ってしまう。正社員を受けなかったのは有休がとりにくくなる。今のように休んで好きな韓国旅行に行けなくなるからというのが理由らしい。このままずっとパートのままでボーナスもなく、貯金もできない生活ではこのさきやっていけるか心配はしている。でも長女には長女の考え方、価値観があるから頭ごなしに否定はしないようにしている。わたしには心配することしかできない。親だからと言って娘の人生を思い通りにはできない。長女がこれでいいと思っているなら何も言えない。今後はメールももっと減らそう。娘を自立させるには親の干渉や過保護が良くないと思う。もっと娘を信用して本当に困ったら向こうから連絡が来るだろう。そう思ってデンと構えているのがいいのだろうか?自立しようとする娘の足を引っ張ってはいけない。そう思うもののやっぱり寂しい。成人した子供たちと家族ラインを作っている話を聞くとうらやましく思う。でもうちはうちと思うしかない。よそと比べても何にもならない。うちはうちと思ってうちの親子関係を作って行くしかない。
2026.03.09
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まず朝は月に一度の読書会。終わってから次女のところへ行く約束。3年前次女は孫ちゃんを連れ子して今の旦那さんと結婚。次女と旦那さんは旦那さんの姓になり、孫ちゃんは途中で名字を変えたくないというのでそのまま元のパパの姓のまま。次女の家の郵便受けには今の旦那さんの姓&孫ちゃんの姓の2つの名字が並んでいた。新しく生まれた孫2ちゃんは今のパパの姓。という風な微妙な家族構成。孫ちゃんは今春受験して高校生になる。そのタイミングで養子縁組届を出すことになった。孫ちゃんの意思を尊重した結果今になった。これで家族全員今の旦那さんの姓になる。その養子縁組届の保証人の署名とハンコを頼まれて書いて来た。わたしもこれで一安心。思えば最初の結婚届も私が保証人のサインをした。結納も結婚式もしないという先方の意向で、ウエデイングドレス姿は見られなかった。この十年。結婚、孫1ちゃん出産、離婚、再婚、孫2ちゃん出産といろいろあった十年だった。これだけ色々あったのに孫1ちゃんは素直で優しい子に育った。今日もわたしと次女が話していると、率先して台所の洗い物をしていた。孫ちゃんも成長したなとちょっとウルウル。そして家に帰って昼食後、次女からメールが来た。靴忘れてるで。あ、そうだ、朝読書会に行くときに持って行った上靴を次女の家に忘れてきた。それを取りに行って帰ってきた。それで今日は一万歩越え。全くドジだね。でもこれで巡査部長から警部補への出世が早まるかも。(笑)これもパトロール実績になり、ポイントが付くからね。ここを見て?の人は昨日の日記を見てもらえればわかってもらえると思う。(^^♪警察の防犯アプリで私はただいま巡査部長です(笑)
2026.03.08
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ダウンロードした防犯アプリでポイントを貯めると昇進するらしい。最初は巡査でスタートして知らない間に巡査部長に昇進していた。防犯情報を見たり、パトロールでポイントを稼いで昇進するシステムらしい。早速巡査部長になったからお天気も良くて駅前までウオーキング。今日の目的は駅前のパン屋さん。最近スーパーのパンに飽きていろいろ違う店で買っている。高齢者大学で駅前のパン屋さんのオーナーがパンの魅力を講義しに来てくださり、お土産にそこのパンを数個いただいた。やっぱりスーパーの大量生産のパンとはちがっておいしい。こんなに食べきれないと思っていたら一緒に行った友達が冷凍できるよという。今買っているパンを先に食べてパン屋さんのパンは冷凍して後日食べた。それ以来ときどき買いに行っている。そこのお店はなぜか休みの日が多い。また午後に通りかかるとほとんど売り切れ状態でなかなかタイミングが合わない。今日はたまたま午前中に出掛けたからパンを買えた。街のパン屋さんのパンはスーパーのより高いけど時々食べたくなる。ささやかなぜいたく。ちなみに夫はスーパーの干しブドウ入りのテーブルロールがお気に入りでいつもこればかり買っている。わたしが買ってきたパンを分けてあげたこともあるけどあまり味の差はわからないみたいなので最近は分けない。夫は朝から義実家の月命日でお墓参りに義姉たちをつれてでかけてまだ戻ってこない。そのまま3人でお昼を食べに行くこともあるから私はそろそろ一人でお昼ご飯を食べよう。もう義姉には何年もあっていない。まあいろいろあってこうなっているわけで、言いたいことを言い合って大げんかするよりは疎遠の方がいいかなと思っている。多分義姉はどうして私がずっと来ないのかわかっていないと思うけど。今更あの時こう言われて嫌だったとか、このときはこうだったと言ったところで相手は覚えていないだろうし、そんなことをずっと覚えている方がおかしいみたいに言われるのがおちだろう。永遠に理解し合えることはないと思っている。だから合わない人と無理に会わないことにした。このさき私がストレスが少なく毎日を楽しく過ごすためにはずっと疎遠で行こうと思っている。そしてパン屋さんの先の百均によってお買い物。百均によるとつい買ってしまう。これも無駄遣いかもしれないけど百均に寄るのはやめられない。本日のウオーキングは7960歩。お天気も良くてウオーキング日和だった。(^^♪
2026.03.07
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今日は月に一度の中学校の給食を食べるイベント。昨日のカラオケとランチに引き続いて今日もランチということになる。夫は料理は作れないし、冷蔵庫の残り物は食べたくないので多分自分で買い物に行ってホカ弁とかスーパーでお寿司とか買ってくるだろう。給食は栄養士さんが考えた、中学生の子供に食べさせたい食品が入ったメニュー。高野豆腐とかひじきとかの乾物や普段私が食べないもずくとか豆類などもある。おいしくいただくけどこういうものはなかなかうちの食卓には上がらない。野菜は結構食べているつもりだけど、下準備が面倒なものはあまり使わない。もともとこのイベントはおひとりで暮らしている高齢者のためのイベントでボランテイアの人が自宅にお弁当を届けるという形だったそうだ。ところがコロナが流行って自宅に手作り弁当を届けるのはどうなんだろうということになり、中学校の中の部屋で集まって中学生の食べている給食を食べるイベントに変わった。一人暮らしの人が家を出て他の人と楽しく会食できる機会となったのだけど、残念だけど参加者が少ない。わたしは一人暮らしではないけど誘われてほぼ毎月行くようになった。実際に一人暮らしの方も数人来られている。息子さんとかがいても同居しないで一人で暮らしておられる。その人たちが明るく元気に毎日を送っている姿を見て私もこういう風な80代を目指したいなと思う。高齢になれば一人暮らしは心細かったりつい誰かに頼りたくなるかもしれないけど家に引きこもらないで、どんどん自分が行きたいイベントを見つけて出ていく。幸いうちの市では高齢者のための高齢者大学や市民講座などイベントに結構力を入れている。脳活や、あるいは軽い運動、そしてそこで知り合った人たちとの交流を通して楽しい毎日を模索する。皆さん生き生きと生活されている。仕事を引退して毎日家にいては認知症になってしまう。変化のある暮らし、出ていく場所がある暮らしが理想的だろう。よく人と話すんだけど、うちの市は気候的にも雪かきをするような大雪は降らないし、大きな災害もあまりなく住みやすい市。そして市も健康寿命を延ばすためにいろいろなイベントを用意している。と、うちの市の試みを今日は紹介してみた。もう少ししたら早めに出てウオーキングをして遠回りして給食イベントに出掛けます。(^^♪
2026.03.05
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一周忌が近いからか母の夢を見た。母とお茶しようと約束をしている夢。生前母と2人でお茶した記憶はない。亡くなった父がコーヒーが好きで父が生きていたころはよく母とお茶を飲みに行っていたらしい。父が亡くなってから母は父の愛用のコーヒーメーカーの使い方がわからず説明書を見て教えてあげたこともあった。でも母はほとんど飲みたいときはインスタントだったと思う。一人で喫茶店に出掛けたりはなかった。最近私はコーヒー好きな友達とよくお茶に行っているからうらやましくて夢に出てきたのかも。そこで思い出した。私がまだ30代だったころ、その頃働いていた会社のイベントで特賞の旅行券が当たったことがあった。特賞は一名だけだったから社内でもうらやましがられた。いくつかの行き先から旅行先を選んで2人を招待するというもので私は母に希望を聞いて城崎温泉を選んだ。個人で行くには結構お高くてとても泊まれないような旅館だった。わたしは最初招待は2名様なので子供たちの分を出して4人で旅行に行こうと思っていた。ところが夫が子供たちは自分が見ているから母と行ってこいというので、少しは親孝行になるかなと思って母と行くことにした。夫、自分から母と行くように言い出したくせに、義実家には私が初めから母と行けると喜んでいたという。何でそういう全く事実と違うことを言うかな。腹が立った。わたしがまるで初めから母と行くつもりで夫に子守を押し付けたみたいに義実家に思われるじゃないか?でも結果的に母が喜んでくれたからよかった。母と二人の旅行はこれが最初で最後になった。そんなこんなの母の思い出を思い出すのも来週母の1周忌だからかもしれない。1周忌を区切りに納骨と仏壇じまいを考えている。わたしが元気なうちに終わらせたい。本来私の実家の仏壇は家にあるべきものではない。弟が全く仏壇を見ていく気持ちがないのでやむを得ず私が引き取った。夫もあまりよく思っていない。いつ仏壇じまいをするんだ?と言われている。一人っ子でもないのに何でうちがと思っているようだ。納骨して仏壇じまいをして、位牌はどうなるのかな?最終的には母の遺影と遺品の数点を置いたコーナーを私の部屋に作るつもり。遺骨を納骨しても仏壇じまいをしても、わたしはずっとこれからも母の娘だから母もわかってくれるだろう。
2026.03.02
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わたしのまわりにはうちのように定年になったご主人と二人暮らしの人は結構多い。最近私は高齢者大学や習い事で同世代とか少し年上の奥様達とよくでかけることがふえた。そこで見聞きするご主人のお昼ごはん問題。奥様が出かけようとすると僕のお昼ご飯は?というようなご主人は結構多いらしい。多分自分の実家では男子厨房に入らずということで食事を自分で作ったことなどない人も結構多い世代。学生時代や会社員時代の単身赴任などで多少家事の経験はあっても定年になったら何もしない人も多いようだ。御主人のお昼ご飯をちゃんと作って出てくる人。あるいは子供でないから自分で何とかしてと作らないで出てくる人。中には出かけるのにいちいちご主人の許可がいるという人もいるらしい。そういう奥様もいろんな友達と交流するうちにいちいちお伺いを立てるのはおかしいと気が付いて、ご主人に自分のお昼ご飯は作るなり買ってくるなりして自分で何とかしてと宣言する奥様もいるらしい。わたしはわたしがいえにいるときは2人分作る。私が出かけるときは自分でやってという。夫はほとんど作れるものがないから大抵スーパーのお弁当とかお寿司とかを買ってくる。夫はお寿司は好きだし自分の好きなものを食べられるから最近はむしろ楽しみにしているような感じになってきた。しめしめ(笑)夫のことを心配しなくていいならもっと羽を伸ばせる(笑)ただし夫にはお昼代は渡していない。家の冷蔵庫には食べられる残り物やご飯は大抵あるのに夫は残り物を食べたくなくて勝手に買いに行っているから私は出さない。リビングのこたつの上にお昼に買ったもののレシートがあるけど、払ってとも言われてないからそのまま捨てている。お小遣いで買ってくるのはもったいないから自分で作るとは思わないようだ。わたしは過去に入院もあったし、夫には最低限の家事はできるようになってほしいと思っている。以前娘たちがまだ家にいたころは娘たちに頼りっぱなしで娘たちがご飯を作ってくれる、洗濯もしてくれるというのでほぼ何もしないしできなかったけど、最近は少しはできるようになった。お互いいい年なのでどちらが先に逝くことになるかわからないからその時になって、困らないように、いろいろできるようになってもらうのも夫のためを思ってのこと。そして私が元気なうちにいろいろできるようになれば私も楽ができる(笑)これが本音かも。わたしもまだ元気なうちにいろいろやりたいと思って最近は出かけることが増えた。旅行も行く。夫は旅行に行きたがらないので友達と行く。夫は自分は行きたくないから友達と行けというので友達と行っても文句は出ない。正直夫と行くより友達と行く方が楽しい。一人旅も経験したけどこれも楽しい。今までやったことのないことにチャレンジするのはいい脳活にもなっていると思う。夫は私が働いていた共稼ぎ時代よりはるかにいろんなことができるようになった。料理はまだまだだけど台所の隣のリビングでテレビを見ている夫にいろいろお手伝いを頼む。瓶や缶詰を開けてもらったり、大根おろしとかを手伝ってもらったり。子供のお手伝い程度はできる。(笑)今は男子厨房に入らずという時代ではない。家事は女性だけのものではない。わが家では朝食はセルフにしている。パン食だけどそれぞれ好きなパンは違うし自分でパンや牛乳を用意して食べる。毎回ではないけど気が向けば食後の洗い物もやってくれる。朝食後自分が飲みたいから一緒にお茶を入れてくれる。大学病院に行く日は朝が早いから私は洗濯機を回さない。すると夫が回して干してくれている。夫の洗濯物を干すのは以前はなかった。ベランダで干す姿を人に見られたくないという気持ちが強かったようだ。大体うちのベランダは道路から引っ込んでいて立ち止まらないと見えない位置。干し方も誰にも教えてもらっていないだろうからおかしな干し方だけどまずは第一歩なので何も言わないでありがとうとだけ言うことにしている。少しずつ家の中を変えていきたい。今は家事は共同でする時代だと思っているし、夫が定年になれば夫だけが好きに過ごして、妻は今まで通り家事というのもなんだかな。わたしは非常勤の主婦のつもり(笑)自分のやりたいことが優先で家事は最小限。わたしは家庭も一種の共同生活と思っているので家事も当然手伝ってもらう、いやそうでなくて、担当を決めて夫にもやってもらうのが私の理想で、それがこれからの当たり前になっていくことを願っている。
2026.02.28
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義理のお姉さんたちとの外食が頻繁にあるというマイミクさんの書き込みを見て過去のことをいろいろ思い出した。うちはもともと外食はほとんどしない家庭。お墓参りとか何かで集まったときは持ち帰りのお寿司を買うことが多かった。それも安い巻きずしや稲荷が中心。量も少なめ。これだけの人数がいるのにこれだけ?というくらいで、でも姑が払っているから文句も言えない。たまにはうちが出そうとしたら私が買ったお寿司に夫が文句をつける。姑は細かい性格でもし足りなかったらそうめんとかご飯もあるという。でも嫁が勝手に用意するわけにもいかないし、姑も出してきたことはない。そして家で昼食。もともとうちは男尊女卑の家系。男性の前にはたっぷりのお寿司が置かれ女子供は末席。そこにはほんの少しの量しか置かれていない。子供たちには子供用の小さなお寿司。おもちゃとか入っていて量ははいっていない。それかもしくは大人のお寿司から巻きずし3個とか取り分けてくれるけど、子供には全然足りない。文句を言っても義姉が言う。子供はこれくらいで十分、しっかり噛んで食べたらおなか一杯になる。そして食べすぎたらお母さんみたいに豚になる。わたしは当時今よりもっと太っていたけどそこまで露骨に言わなくていいのに。やがて成長すると子供たちは義実家にいても食べさせてくれないと学習して、事前に家で一杯食べてから行く。もしくは理由をつけて行かない。夫は逆に義実家で色々食べられるから家で食べないでおなかをすかせていく。夫はそんな私たちの事には全く気が付かなくて義実家ではいつもご機嫌。お正月なども同じような感じ。一度など末席にも座らせてもらえず私と子供たちは別室で食べさせられた。わたしにとっても子供たちにとっても義実家はまったく楽しい場所ではなかった。でも数年前知人に聞いた話。知人の旦那さんは会社経営をしていて知人は経理をしている。法事の時息子さんのお嫁さんは来ないだろうと勝手に決め込んで嫁の分の料理は頼んでいなかった。お嫁さんが来たけど今から追加もできないから嫁の分は頼んでいないというとお嫁さんは怒って帰ってしまった。知人はそろそろ会社の経理をお嫁さんに任せて引退したいと思っていたのに、お嫁さんがばったり来なくなってしまって経理の引継ぎができないと嘆く。この話を聞いてわたしは全く知人に同情できないと思った。お嫁さんが来るかどうか息子さんに確認もしないで来ないと決め込んだこと。お嫁さんの分がなければ自分の分を差し出すとか何か方法はあったはず。お嫁さんのことを下に見てこれくらいでは怒らないだろうと思っていたのかもしれない。昔のお嫁さんは姑さんに何を言われても怒らなかった、口答えなんてしなかったかもしれないけど今のお嫁さんはそんな人は多分いないと思う。数年後ようやくお嫁さんが経理を勉強するために会社に来るようになった。ようやく知人は引退できると言っていたけど、そんな遠回りをしたのは自分のせい。お嫁さんが来るか来ないかわからないにしても、お金持ちなんだから一人前くらい余分に頼んでいたらよかった。それでも人にはそれくらいで怒ったお嫁さんが悪かったように言う。別の知人の話。知人には息子さんが2人いる。お正月とかに息子さん一家が来る。お嫁さんは仕事で遅れるとのことで息子さんとお孫さんが先に来て食事を始めている。お嫁さんは仕事終わりでやって来て挨拶もそこそこに「お母さん、冷蔵庫のビールをいただいていいですか?」令和のお嫁さんはしっかりしている(笑)堂々と義実家でビールを飲み食事をする。遠慮しないで。食後もお嫁さんはどっかり座っていて後片付けもしない。知人はこっそり息子を呼んで洗物がいっぱいあるから手伝ってくれない?と頼むと、息子さんは言う。家でいつも洗物は僕の担当、実家に帰ったときくらいゆっくりさせてと(笑)今はこんな家もある。共働きも増えてお嫁さんの発言もどんどんできるようになり、逆にお姑さんの方がお嫁さんに気を使う。お嫁さんに気を使えなくて古い自分の常識でお嫁さんの上に立って上から物を言っていたらお嫁さんだけでなく息子さん一家は来なくなり、お孫さんにも会えなくなる。私的にお嫁さんが笑って過ごせるような義実家が理想だけど、うちは義両親も亡くなったけど,義姉が変わることはないと思うので、ずっと疎遠にしている。わたしはこんな風に言いたいことを義実家で言ったり、理不尽なことに言い返したりは得意でないので消極的だけど疎遠にするのが私に一番合っていて自分を守る方法だと思っている。最近義実家に行かないし、義姉にもあわないから体調がいい。夜もよく眠れるし耳鳴りもしなくなった。毎度嫌なことを言われても我慢して、ストレスをためる相手は避けるのが一番。というわけで毎度おなじみの義実家の愚痴からの最近の私の近況です。
2026.02.28
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いよいよ日曜日から3月。母の1周忌のお寺さんへの連絡もした。早いもので母が亡くなってからはや一年。弟には連絡していない。弟は母に戒名も読経もいらないと言っていたから私が勝手に初七日と戒名をお願いした。49日もわたしと夫でやった。母の遺産を振り込んできた後何の連絡もない。1周忌も連絡しても嫌な思いをするだけだろうから連絡しない。次は納骨。父の時に母が納骨したお寺に納骨するつもり。大きなお寺で一度行ってみたけどどこに父のお骨があるのかわからなかった。その後仏壇に父の時の納骨承諾証と言う手帳があるのを見つけた。そこには父の納骨した日と場所が書いてあった。電話してみた。納骨には予約が必要でいつでも納骨できるわけではないそうだ。そしてお骨は小さな骨箱に入れなおし、中の骨をさらしの袋で包んで持参するらしい。だから納骨できる日を問い合わせたり、小さなお骨箱はどれくらいの大きさまで預かってもらえるのか?とか小さな骨箱とさらしの袋はどこで手に入るのか?色々調べることがたくさんある。さらしなんて昔妊娠中に姑が腹帯に一反持って来てくれたけど、あんなにたくさん買っても仕方ない。調べたら手芸店でもあるようだけど、一反もいらない。ほんの少しでいいからどこかで入手しないと。何でも最後はお骨が土に還るようにと言うことでさらしの袋に入れるらしい。わたしは何も知らなかったし、教えてもらえるような親せきも亡くなっていない。娘として最後の1仕事。そして納骨の後は仏壇じまい。今は家の和室に仏壇を置いているけど私はここに嫁に来たから夫は実家の仏壇を置いておくことにいい顔をしない。そしてもし夫が義実家の義姉に言ったらまた何か言われるだろうと思うので、1周忌を区切りに何とかしないと。また仏壇じまいをどこでだれに頼むのか調べないと。実家の宗派は真言宗。もしおなじ宗派で詳しい方がいらっしゃればいろいろ教えていただきたい。わからないことだらけ"(-""-)"
2026.02.26
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今厄介ごとが3つある。2つは金曜日に解決する。はず。一応私はどうするか決めた。どうなるかわからないけど私の方針は決まったのでそれで行く。3つ目。夫の免許返上問題。去年交通違反をきっかけに認知症テストを受けるように言われた。結果合格点ならず・公安委員会から認知症外来に行って診断書をもらっておくれと指示が出た。年末に送った。今月また公安委員会から認知症テスト?講習?を来月受けるように指示が出た。前の指示では半年後に診断書を送れと言われている。出さないと免許停止になる。今年5月に車検の予定だけど、夫は車検を受けないで免許返上すると言っていたのに今になってやっぱり受けて2年乗るという。車検代とその前に切れる保険代で大金が飛んでいく。でも受けてもあと2年間乗れるかわからない。わたしはもう一度車検を受けないで免許返上を説得するつもり。どうしても言うことを聞かないなら私は費用を出さないというつもり。夫はどうしても車検を受けたいなら、自分の貯金(義父母の遺産、今はパチンコ資金)から出すだろう。夫の通う認知症外来に家族相談にも行った。診断書は出すけど運転はやめるようにとは先生からは言えないそうだ。何とか車検を受けないように説得できればいいけど難しい。言い出したら私の言うことなんて聞かない人だから。来月認知症外来の予約日、家族相談に行ったとき次の外来に奥さんも一緒に来てほしいと言われた。夫に一緒に行くと言ったらたぶん来なくていいというだろう。夫は一緒に行きたくないから先生が一緒にと言ったことを私に伝えなかったと思う。私が先生に余計なことを言わないか心配しているのかもしれない。先生は夫の家庭での様子を私に聞きたいという。家族相談に行ったときに少し普段の様子を話した。夫と一緒に予約日に保険が効いて無料だけど、私が個別に家族相談に行くと5000円支払う。それも痛いから一緒に行ければいいけど。わたしが家族相談に行ったことは夫には言ってない。先生から電話が来て次回はぜひ一緒に来てほしいと頼まれたことにしようか?あの手この手と考えてみる。出来れば今年の車検をあきらめて免許返上してくれるといいんだけど。認知症疑いのある人は運転すべきではないと私は思う。事故を起こしてからでは遅い。夫は夜は運転しない、遠出はしない、近くの買い物だけだから大丈夫という。事故は家の近くでも昼間でも起こる。夫は車がないと不便という。それも何とかなる。買い物は近くで配達してくれる店がある。軽いものは散歩がてら歩いて買いに行けばいい。遠い店はバスもある。なんとかなる。そうは言っても50年以上車に乗ってきた夫は車のない生活は考えられないらしい。3つのうちのこれが一番難問かもしれない"(-""-)"
2026.02.25
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今日は今月3回目のカラオケ&ランチ。1人は都合で参加できなかったけど5名で予約しました。今日はカラオケの受付の機械が変わっていてドギマギした。この頃何でも新しくなって高齢者にはついて行きにくくなってきた( 一一)慣れたところで新しくなる。そして案内された部屋の機械は調子が悪く。入力した曲が入ってなかったり、全然誰も入れてない曲が入っていたりして。でも何とか3時間終了。ランチのお店に移動。今日も楽しい時間を過ごせた。今日のメンバーはデュエットを強要する人もいないし皆さん居たって常識的に気配りができる人なので。わたしを含む2人が60代。70代が2人。年齢不詳非公開が1人。みんなそれぞれいろいろな人生を送って来てそれなりにご苦労もあった様子。いろんな話が聞けて、過去話だけでなく今の情報、年金とかあるいは白内障の手術の話とか銀行の紙の通帳がなくなる話とかのためになる話もある。5人のうち3人がおひとり様。でも皆さん元気に楽しく毎日を送っていてああいう風に年を取りたいと目標にしたい人ばかりで。カラオケの後のランチ会は人生の諸先輩に老後の生き方を学ぶ会でもある。今まではいつも皆さんの都合を聞いていつにするか決めるのだけど、来月から第一水曜日に固定することにしたから、もういつにするか悩まなくていい。来れる人は来てもらう.来れない人はごめんなさいで人数だけ予約するから簡単。3月は4日で来週になるけど。今日来られなかった人も次回は来られるといいな。
2026.02.22
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今日は今月初めての体操に行ってきた。一週目は先生の都合でお休み。二週目は私の都合でお休み(カラオケ(笑))今年年末に発表会をやるそうで(体操の時間にやっている有酸素運動のダンス、結構テンポの早い曲で息が上がる)全員で出ようと代表さんが張り切っていた。でも私は出るつもりはない。以前代表さんに言とわれたことがある。みんなとレベルが違いすぎるから(私は)出ても恥をかくと。ショックだったけど、それは事実だし、体力的にも難しい。発表会やいろんなイベントに上手な人たちは出演しているけど私は万年2軍だと思っている。出る人たちは金曜日の体操が始まる前に朝練、そしていつもの体操2時間、終わった後でも練習をしている。わたしはそんなに体力がないからそんなに練習する体力もない。来週みんなに出るかどうかを聞くそうだけど私の返事は決まっている。もちろん代表さんに言われたことをそのまま言うわけにはいかないから体力がないのを理由にするつもり。代表さんは自分の言ったことを覚えているかどうか、たぶん覚えていないと思うけどわたしが断っても私が移植していることは知っているから体力が理由なら納得してくれると思う。また高齢で体調がよくなくて休んでいる人もいるから先生の希望通りに全員で出るのは難しいと思う。出ないのが私一人ではないと思っているのでそんなに強く引き留められることはないと思う。代表さんや一軍の人たちはダンスにすごく熱意を持っているけど私にはそんな熱意もパワーもない。何にしても一軍の人たちは70代中には80代の人もいるけど、そんなに体力気力があるのはうらやましい限り。それはそれで尊敬はしているけど私は同じようにはできない。わたしは発表会に出るなんてことはまるで考えていないし、自分の健康維持のためにやっている。人は人、特に体力は個人差があるから私は無理に合わせて行こうとは思っていない。わたしはわたしで別の楽しみを見つけていく。
2026.02.20
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今日は2か月ぶりの大学病院受診。いつも通りに血液検査を済ませてから泌尿器科の窓口に並ぶ。前回から受付の機械が変わっていてちょっと戸惑う。血液検査激込み、持ってきた単行本を読んで待つ。血液検査が終わったら喫茶店にモーニングを食べに行く。血液検査のために朝食抜きなのでいつもこれが楽しみ。終わったら泌尿器科で順番を待つ。もちろん予約時間ちょうどになっても呼ばれない。血液検査の結果が出ない呼ばれない。待っていたら大声で泣いている子供がいた。待合の半分は眼科待合。誰が泣いているのか見てみたら1歳くらいの女の子が看護師さんに目薬を差されて大泣きしていた。そりゃ何をされているかわからず、押さえつけられて目薬では泣くのも無理はない。その横をベビーカーで通る男の子、女の子と同じくらいに見える。その子がベビーカーから身を乗り出して泣いている女の子を見ている。あまりの大声に目をまん丸くして。何とか目薬が終わって私の泌尿器科に呼ばれた。私の主治医は冗談好き。前回12月の時はクリスマスプレゼント持ってきた?(笑)とかいきなり冗談でお出迎え。今日は(私の本名)さんの名前を最近どこかで見たよ。警察の指名手配のポスターかな?(笑)自分で言って自分で笑っている。この先生。東京出身とかでせっかちでポンポン物を言うから最初はちょっとビビった。先生のペースに巻き込まれて聞きたかったことも聞けなくなる。この春で着任して丸2年かな?最近ようやく慣れてきた。最近頻尿で困っている話を相談する。先日うちの長女も頻尿で職場で困っていた。泌尿器科を受診して過活動膀胱と診断されてお薬が出た。それがよく聞いて回数が減ったという話を聞いたところ。わたしのような移植患者にはどうなのかなと思ったけど一応聞いてみた。主治医は膀胱炎の症状はないから過活動膀胱と思う。薬を出そうと言われた。良かった。尿量はそのままで回数だけ減らせる薬だという。これで悩みが一つ減った。ウオーキングに行っても旅行に行っても気になるのはトイレの事、この薬が効いたら来月の旅行も快適に行ける。そして泌尿器科受診後、腎臓内科へ。腎臓内科受付の前のソファにいた男性が急にけいれんを初めて、自分で止めようと頭をたたいたり手を振ったりしているのが目に入った。大丈夫かな?私は心配になって受付の人に教えた。あの方、けいれんしているようですがと。受付の人も確認して誰かを呼びに行った様子。何とか処置してもらえるといいね。気にはなったけど、知り合い?と聞かれて名前も知らない人だから病院職員に任せようと思ってその場を離れた。無事に収まっていたらいいけど。そして腎臓内科も無事終了。腎臓内科の先生は普通の先生で冗談一つも言わない。っていうか泌尿器科の先生が変わりすぎ?今までいろんな先生を見てきたけどあんな風に冗談を言う先生はあまりいなかった。というような今日の受診。まあいろいろありました。次回は4月。
2026.02.18
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