2026.04.06
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今日近所のMクリニックに行った。最近おなかの調子が悪くて大学病院からもらっている下痢止めを使い切ってしまって、ふと以前透析をしていたMクリニックを思い出して薬をもらいに行った。

去年の秋にコロナとインフルの予防接種を受けて以来。

久しぶりに行ってみてある人の事を思い出した。Mクリニックで透析をしていたころの話。

透析の時隣のベッドにいたTさんという男性。60代くらい?

そのクリニックの患者会の会長をしておられて、腎友会でも会長?_副会長?だかをややっておられた。

もともと船のコックをしていたそうでお料理がお上手。

患者会の何かのイベントには鍋に一杯豚汁とかを仕込んで持ってこられていた。

その人が挨拶もそこそこに腎友会(透析患者の会)の申込用紙と腎移植の申込用紙をくれた。

患者会に入って腎移植の手続きをしておきなさいということで。

わたしは透析を始めたばかりだったので腎移植という方法があることさえ知らなかった。

それで申し込むことになった。しばらくしてTさんは病院を移られてその後会うこともない。





ベテランの看護師長の後の人を探すのを先生は苦労していたみたいだった。



良かったと思っていたら看護師長が猛抗議。いつわたしがそんなことをいいましたか?

話し合いで行き違いというか勘違いというかがあったらしい。

結局このごたごたで看護師長となぜか主任看護師もやめてしまい、あとに残った看護師は針を刺したことのない看護師。

不安に思って転院希望者が増えた、私もその時転院することにした。

転院した人、残る人、患者数は一気に減った。

ここでTさんに出会っていなければ、腎移植の登録もしていなくて今でも透析をしていたかもしれない。

Tさんはいわば私の恩人。今はどうしているかわからないけどお元気だろうか?

久しぶりにMクリニックを訪ねてTさんのことを思い出した。

わたしがいたころより患者さんが減って規模を小さくしてやっておられる。

玄関や受付、トイレ、更衣室などは当時のまま、懐かしく思う。

M先生もすっかり年を取られた。

わたしの父の妹の叔母もここで透析を受けていたと言うご縁がある。

その話をしたら先生も懐かしがっておられた。

当時は透析は自費負担で叔母は仕事をしながら透析を受けていたけど早くに亡くなった。

当時の設備や透析回数では長生きはなかなかできなかったと思う。

改めて日本の今の時代に生まれたから透析もそう高い負担なく受けられる。

これは昔の透析患者さんたちが国会前で座り込んで治療費を保険でやってほしいという運動をしてくれていたおかげと聞いている。

その人たちのおかげで今元気に私は生きられている。ありがたいと思っている。





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最終更新日  2026.04.06 20:25:01
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