それは1990年の夏のことでした。
舞台は、北関東の四方を山に囲まれた小さな町。といっても、これからお話しするのは、現在私たちが住んでいる家の、ほとんど庭周りだけでくりひろげられた出来事です。
当時、このささやかな自宅は、利用の仕方からいえば別荘のようなものでした。ほとんど夏冬の休暇やゴールデンウイークを過ごすためにだけ帰っていたからです。ふだんは、夫の勤めの都合で都会で暮らしていました。![]()
その夏は猛暑つづきだったのをおぼえています。エアコンだけがたよりの都会の生活は、どこにいても息苦しく、もうじき田舎に帰れるという思いだけが、何よりの気なぐさみでした。
それが運のよいことに夫が、八月の初めから四十数日間、この年の休暇をまとめてとることができました。いよいよその第一日目がやってくると、私たちは、ワンボックスカーの後部に、しおれかけた鉢植から使いかけの食料まで詰め込めるだけ詰め込んで、最後に文鳥の籠を安定させると、逃げるように、およそ百五十キロ先のふたりの共通のふるさとを目指しました。
![]()
車の中で、私たちは休暇中にやりたいことをあれこれ話し合いました。前半は、家でゆっくり過ごし、後半は、尾瀬や日光など、できるだけ多くの日帰り旅行を楽しもうということで、二人の意見は一致します。
その後半のプランが、なに一つ実現しないまま終るなどとは、このときは夢にも思いませんでした。![]()
田舎の家に到着したのは、日が沈む少し前でした。
子供のときからみると、驚くほど住宅が増え、立派な車道が交差しあい、ゴルフ場などもできて、ご多聞にもれずここも緑ゆたかな林や清らかな流れはだいぶ少なくなってしまいました。
それでも都会から戻ってみると別天地であることに変わりありません。
気温はまだ高かったけれど、期待通り空気は澄んでいたし、日陰はひんやりと気持ちよくて、「たすかった」ということばが何度もでたほどでした。まずは家の中に飛び込んで、窓という窓を開け放ちにかかりました。梅雨の間もずっと閉め切っていたので、かび臭い空気がよどんでいるのです。
バタバタ開けていくのですが、二階の南側の窓だけは別でした。特に雨戸は、慎重にしなければなりません。戸袋に小鳥の、だいたいスズメですが、かわいい雛がいることがあるからです。たいていは巣立ってしまったあとで、枯れ枝や枯れ草が詰まっているだけですが、万一ということもあります。
私はこのときも、雨戸を開ける前に壁に耳を当ててみました。戸袋の中でかすかな物音や鳴き声がしないか、と。異常なしとわかって、雨戸の一枚目をくりはじめたとき、ハッとして手をとめました。一羽の灰色っぽい鳥があわてて飛び出していったのです。
しかしそれは、戸袋からではなく、窓のすぐそばの白樺の葉むらからでした。そしてその鳥はすぐ近くの電線に止まり、甲高い声で鋭く鳴きはじめました。
ヒヨドリでした。
![]()
ヒヨドリがときにやかましく鳴くというのはわかっていましたが、それにしても、このときは異常でした。休止符なしに鳴きつづけるのです。
それにこたえるように、家の裏手のほうから同じ様な鳴き声が近づいてきて、それはそれは騒々しい二重唱になりました。庭にいた夫が顔をあげ、別に気にすることないよと言いたげに笑いました。
「ふたりを警戒しているんだ」自分の家に帰ってきた私たちですが、このヒヨドリたちにとっては、どうやら迷惑千万な闖入者だったようです。
ところが、私たちの突然の出現を迷惑がっているのは、このヒヨドリたちだけではなかったのです。
ヒヨドリをよろしく【十七】 見たっ、母… March 30, 2007 コメント(10)
ヒヨドリをよろしく【十六】 救いの神 March 25, 2007 コメント(12)
ヒヨドリをよろしく 【十五】 保護したけ… March 21, 2007 コメント(14)
PR
Calendar
Comments
New!
つれりんさん