僕が中学生の頃、今や千葉県知事の森田健作氏主演の「俺は男だ!」という青春ドラマがあった
今日の日記は決してそのパロディを狙ったものではありません
ない
昨晩、テレビで根性を鍛える「横峯園長」の保育園の様子が放映されていた
その中で園長は
「男女は平等だが、均質ではない。女の子は自然と女性になるが、男は突き放して鍛えないと男にはならない」
という理念を話し、わずか5歳の男児に本格的なレスリングを教える
そして三つの保育園対抗でレスリング大会を開く
男の子たちは泣きながら練習し、だんだん強くなってくる
いよいよレスリング大会の日、一番弱かった男の子は、なぜか大将戦に...
今まで泣いてばかりいた子供は、いつの間にか強い男に成長しており、初戦はなんと体重が倍近い相手を打ち負かす
本番前の本人の談話
「自分は、弱かった。○○くんがいつも励ましてくれたから、ここまで来た。もし今日○○くんが負けたなら、僕は絶対に勝つ」
次の試合に勝ったチームが優勝である
主人公をいつも励まし元気づけてきた○○君は、接戦の後目の前で破れる
泣き崩れる○○君
そしてついにあの弱かった主人公の出番である
やはり体格は相手の方が大きい
何度も組み伏せられそうになる
そのたびに彼は、身体をよじって反転したり、ブリッジをしたりしてかわす
当日で一番長い一戦となり、時間は6分を超えている
見ている僕らも手に汗を握る
攻めたり攻められたりを繰り返すが、力つき彼はとうとう両肩を着けてしまい、相手チームの優勝が決定する
歓喜にわく相手チーム
子供、先生、保護者が一体になって抱き合い、万歳万歳の嵐
そのなか、立ち上がることも出来ず、ひとり泣き崩れる主人公
その彼を誰1人慰めには来ない
ひとり悔しさをかみしめる
泣き終わった後の彼は、しっかりとした男の顔つきになっていた
幼児に格闘技をさせることには賛否両論があるだろう
しかし、この保育園では子供たちのいじめは皆無だという
それに、取っ組み合いの喧嘩や、陰湿ないがみ合いもない
モンスターペアレントもいない
つまり、力で競うにもルールがあり、どこまでやってよいか、またいけないかを体得しているのだろう
園長は言う
「男の子は抱きしめて育てるだけじゃいけない。突き放して、叩き落として初めて男になるんですよ」
うーむ。そうかも知れない
男は人生の中で、誰かを守るために本気で戦わねばならないことがある
こうした訓練の後、気は優しくて力持ちの本当に頼れる男が生まれることは、確かだろう
ここの園に通う男の子は幸せだなあと感じた
さて、この続編は外出先で書くことにしよう
続きを書きます
こないだワイフの実家に行った時のことだ
甥は高校1年
恥ずかしそうに一言「こんにちは」と挨拶して自分の部屋に上がってしまった
小さい頃はうちの娘と一緒になってワイワイ遊んでいたのに...
お年頃になると言うことはそういうものなだろう
......?
俺の場合はどうだったんだろう?
思い出してみるが、そういう時代を経てきた記憶がない
中学高校でも人と会うのが億劫になったりしたことが全くなく、お客さんからは
「お宅の息子さんいつも愛想ええなあ」
と感心されたものだ
それに友人は昔も今も親しい人は女性の方が多い
これって、果たして普通なのだろうか?
昨日の横峯園長のテレビで、男は自然に男てであるのではなく、鍛えられて男になるのだと...
僕は、体力的に鍛えられ、つき落とされた時期は確かにあったが、その時に男になったという自覚はない
その時は、非常に体力がついたという感じはあったが、それで男になったとは思わない
では、いつ男になったのだろうか?
いや、もしかしたら僕は「男にならずに大人になった」のではあるまいか?
しかし、僕には娘が3人もいる
つまり、生殖的にはオスである
また、恋愛対象は間違いなく女性であった
(ま、このスイッチはもう20年前にオフにしたのだが...)
自分でいうのも何だが、僕は全く男らしくない
結婚当初から、ご近所の旦那さんは、よその奥さんと話する時は何だかぎこちなくて、こんにちはさえろくに言えない人が多かったが、僕は異様に愛想良く、女房の友達はすぐに僕の友達になった
今でも、ワイフの親しい友達は会えば僕の友達になっている
また、僕の友達(女性)は女房とも大体友達になる
これって、よく考えるとかなり変なことなのかも知れない
これって、全く僕が男として認識されていない証拠なのかも知れない
仮にそうであっても、僕は多くの友人に囲まれていることが毎日の励みになっており、たまたまその友人は女性が多いということなのだ
変ではあるが、これでいいのだと思っている
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