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今日、大晦日の買い物客で賑わうスーパーで、次男が中学の時、部活が一緒だった子のお母さんにあった。この友達は、長男と同じ大学に行っており、大学の話なども良く立ち話していた。ところが今日、この子が大学を辞めた事を聞かされた。理由は良くわからない、と言う。本人は面白くないから、と言うのだそうだ。本心は分からない。結局2年に上がる前に退学届けを出してしまったと言う事だ。親にしてみればもったいない話なのだが、それなりに考えてのことだろうから、「今は黙って見守りながら待つ。」、と言うところなのだとか。k君20歳、只今アルバイトしながら、人生を模索中。皆、頑張って人生を切り開いて欲しい。。。 最後に、皆様本年は私のボヤキにお付き合い頂きまし て本当にありがとうございました。 来年もまたまたボヤきます。 どうぞ暖かいお心で可愛がってやってくださいませ。
2004.12.31
今日、上空をヘリコプターが飛び交っていた。28日に奈良西署の前を通った時、中継車の数も減り年内の解決は無理かなと思っていた。今までも、ヘリコプターが飛ぶ度、事件に進展が有ったじゃないかと気になってテレビをつけてみたりしていた。心なしか街全体が沈んでいた気がした。やっと、やっと、本当にやっと、容疑者が逮捕された。ランドセルや携帯も出てきたと言うから間違いはなさそうだ。前歴があった。わいせつ犯は再犯性が高い。やはりそうだった。ひどい話だ!何でこんな人間が野放しになっているのか!!個人的な意見だが、罪が軽すぎるのだ。そろそろ見直して皆が安心して暮らせるような国になって欲しいと思う。そんなに単純に片付く問題でないのは分かっているのだが。。「安心して子供を育てられない」と嘆く私の横で、次男が大きくうなずいた。「自分が親なら、この手で殺してやりたい!」と言う。簡単に“殺す"なんて言葉を口にして欲しくは無いが、これもまた真理だろうとおもう。それ程に許しがたい事件だった。今朝の毎日新聞のトップは “きょうにも重大局面" 奈良女児誘拐殺害事件 不審人物浮かぶこの記事が書かれた朝刊を、容疑者は何食わぬ顔で配達した。。。 あらためて楓ちゃんのご冥福を心よりお祈り申し上げま す。
2004.12.30
今の家に引っ越して来て丸7年になる。次男のかねてからの希望で、すぐに犬を飼う事にした。ペットショップのケージの中でま~るくなって寝ながら背中越しにこちらを見ていた、その中ではちょっと老けた犬。出会いの瞬間です。周りの子に比べたら大きい、確かに可愛さも今ひとつ。(売れ残っていた。)でも、これも縁ですね。今こうやって我が家の一員になり、この子が居なかったら、我が家はもっと殺伐としているんだろうと思う。何にもしなくても居てくれるだけで、見てるだけで幸せな気持ちにさせてくれる。動物の力はすごいなとおもう。セラピードッグが必要とされるの、良くわかります。家の犬も立派なセラピードッグとして我が家に居てくれてます。最近歳のせいか、白髪がふえてきました。全体に色も薄くなってきました。寝言も言うようになって、大分オバちゃんになってます。でも、話かけるときなぜか赤ちゃん言葉になってます。可愛くなくなった子供の代役をしてくれているのかもしれません。とにかく、“この子が居てくれて良かった!”名前はクルミ、7歳半の柴犬、かなり人見知り故、優秀な番犬である。
2004.12.29
またまた冬ソナ見てます。2回目だけどハマってみています。ウウゥ。。やっぱり字幕スーパーの方がしっくり来ていいのだ。4月に何気なく見ていた国営放送で、(当日の民放はよほど面白くなかったと見える)始まってしまったら、あの切ない主題歌と、雪景色に見とれてしまいました。最初の感想は“えらく老けた高校生"でも、不思議に目が離せなかった。番組の中にふんだんに取り入れられている美しい景色が、ますます切なくさせて、うまいなあ、と思う。あらま。。やられた!って感じだ。ドラマの中のぺ・ヨンジュンもいいな。そこで気付いたのだが、私はメガネをかけた男の人に弱い...メガネフェチ?なんか頭よさそうに見えるでしょ。人は自分に無い物を求めるようで、私の頭の中はメガネ→賢い、という単純な図式があり、従って、ぺ・ヨンジュン→好き!になるわけです。あそこまでのヨン様ブームにはついていけないが、あの元気なオバちゃん達を見ていると平和だと思います。何かにつけて批判的な次男も、 “ええなぁ、オバちゃん達!ムッチャ楽しんでるやん!”と笑って見ています。何と言われようと、 “負けるなオバちゃん!!” オバちゃん バンザイ!! なのである。 で、私は結局何を言いたかったんだい?
2004.12.28
長男は小さい時からツイテナイ、と言うのが口癖だった。その言葉をいつの間にか自分の責任を棚に上げるために使うようになり、受験に失敗しても、交通事故にあっても、財布を落としても、全てはツイテナイのである。ところが、ツイテナイ程度で済んでいるのは、逆にとてもツイテいるヤツなのかもしれない、と後々思うようになった。阪神大震災のときも、住んでいた古い社宅は、全壊の判定を受けたが家族全員たいした怪我も無かった。(長男だけが頭に軽い怪我をする)高校の受験でも友達と一緒に受けた学校を自分だけ落ちた。大学入試の時は、センター試験の得意科目で、次ページにも問題があるのを気付かずに見過ごして失敗。次の年は真っ最中にインフルエンザで高熱を出し、滑り止めと思っていた大学を受験せずに、又失敗。でも、そのおかげで高校時代から付き合える友達も出来たし、今の大学でも楽しく過ごせている。バイクで事故った時も、400ccのバイクは再起不能になったが、本人は打ち身だけですんだ。しかも事故の責任は100パーセント向こうにあったので同程度のバイクと交換できた。留年しそうだった時も、次年度から急に単位が取得しやすいように変わって、なんとか卒業できそうになって来た。そして昨日のプーケットを襲った津波、日本の方も多数亡くなるというとても痛ましい災害だったが、長男が10日程遅く旅行に行っていたら、私も今頃こんな日記を書いていなかったと思う。私の友人が“なんだかんだ言ってもちゃんと守られてるじゃん”といってくれた事がある。確かに。。。 “神様、ご先祖様、ありがとうございます。 今後も、ひとつよろしくお願いします。”
2004.12.27
最近、夫の仕事の関係で頂き物が多い。自腹を切っては到底買えそうもないような物を頂いたりする。秋には、立派な栗と松茸をいただいた。ところが、次男はこの両方ともあまり好きではない。先日も頂き物のハムを、私はと~てもおいしい、と思って食べていたのだが、次男はおいしくないと言う。さくらんぼもメロンもあまり好きではない。次男にとっては、松茸よりしめじ、丹波の栗より天津甘栗、トロより赤身、上等なハムよりパックのスライスハムこそがおいしいのである。大成功である!大人になっても、貧乏人として充分生きていけるように、との、英才教育の賜物である。どうせ出世など望める子では無い故、せめてもの母の愛情である。思えばつらかった。。。子供に隠して親だけで高級品を頂くのは...でも苦労した甲斐があって、立派に貧乏人としての“舌”が出来上がったではないか。。。 良かった、良かった。。息子よ、これから先キャビアやフォアグラなどまだまだ未知の食べ物に出合う事だろう。後は自分の力で何とかなさいませ。 ホッホッホッ。。。
2004.12.26
今日、オオサンショウウオの半年の記録、と言う番組を某国営放送でやっていた。すごいね~。1mぐらい有るあんなのが自然の川で泳いでいると言うか歩いているというか。見てみたいですねえ。どこにあるのか分からないぐらいつぶらな目、うにうにと動く立派な尾びれ、不器用な感じの愛らしい手、んがが...と開く大口。もう、なんとも言えずかわいい!!以前住んでいた札幌に西岡公園という、自然豊かな公園がありました。5月の連休の後ごろだったと思いますが、木道の下の雪解け水の中にカエルやエゾサンショウウオの卵が産み付けられていました。ちょっと大きめの卵の塊がエゾサンショウウオの卵だと聞きましたが、かえした事がないので定かではありません。ワカサギややつめうなぎもいました。子供たちが長靴はいて、バケツと網を手に持って、北国の遅い春を楽しむのです。エゾサンショウウオは別の川で見つけて、あまりにもかわいいので連れて帰りました。おたまじゃくしぐらいの大きさで、あのかわいいエラが付いていて、当時人気者だったウーパールーパーの小っちゃい番です。いつまでも見ていて飽きませんでした。飼育ケースに水をはり、石を入れて陸地を作り、水草などを植えて飼っていましたが、いつの間にか成長して行方不明に...あのオオサンショウウオを見ていたら、子供たちが小さくて、楽しかった頃を思い出しました。昔、夫が下の子に向かって言っていたことがあります。 “○○○、このまま、大きなったらアカンで。。。”
2004.12.25
今日はクリスマスイブだというのに一人です。夫は珍しく早く帰ってきましたが何の会話も無く、もう寝ています。次男はコンビにのバイトに行きました。子供が小さい時は楽しいクリスマスでしたが、そんな時はあっという間に過ぎていきました。でも私は一人でボーっと過ごす時間も大好きです。長男は一人で居るのはあんまり得意ではないようです。小さい時から友達をたくさん家に連れてくる子でした。おかげでいつも家の中は大騒ぎのてんやわんやでした。そんな子なので転校してもすぐに友達が出来て、その点では心配のいらない子だったのです。そう思い込んでいました。二十歳ぐらいの時、何気ない会話の中で、「あんたはすぐ友達が出来るから、環境が変わってもそんなに苦じゃないやろ?」と言ったら、「そうでもないよ。」とつぶやいた。「いつも転校の度にどきどきしてた、どんなやつがいるのか、気の合う友達は出来るのか、いじめられるんじゃないだろうか...」と、遠くを見るような目でため息をついた。 “ごめん、転校ばっかりさせて、明るくしててもしんどか ったんやね。 いじめられないように精一杯つっぱてたんやね。”分かってやれず怒ってばかりいた。私に散々偉そうな事言って、イライラすると周りに当り散らしたのも不安だったんだ。仲良くしているようで、心の許せる友達が居なかったのかもしれない。一人で居るとこんな事思い出して、ちょっとうるうるしてしまいました。皆楽しいクリスマスを過ごしているかな? “メリークリスマス!!”
2004.12.24
近頃は少子化のせいで各大学特に有名なところ意外の私学では、学生集めにあの手この手である。次男の通う大学ではテレビコマーシャルや、主要駅の広告看板、極めつけはk電鉄のハデハデロゴ入りの広告電車が走っている事である。長男の大学ではキャンパス内にファーストフードやコンビニもあるし、診療所まである。大学が保険に入っているので学生であれば後から診療費が返ってくる。ただし、キャンパスの隅っこにあるらしく、病人にはつらいものがあるらしい。(大学は山の中にあるので坂がきつい。)他にも緊急貸し出し制度みたいなのがあって、学生課でお金を貸してくれる。もちろん無利子。(下宿生が対象かも..)昨日、大学から封書が届いた。 “なんやろ?まさか、留年が決まったなんて事は無いだろうね”ドキドキしながら封を切ると、 「短期貸付金の返済請求について」と言う手紙と郵便局の払い込み用紙が入っていた。 あの大馬鹿もんが~!! 今月は仕送り無しじゃ~!!とりあえず大学には3万円返しておこう。だってだって..卒業させて欲しいんだもの...
2004.12.23
今日、夕方久久に次男の通う大学の前を通りかかった。以前新聞の地方版だったかなんかで、大学の正面から奥に続く並木にイルミネーションがともっていると載っていたので、一度見て見たいと思っていた。車で通りかかっただけなのでチラっとしか見えなかったが、 ワァ~。 きれい....暗い!!今流行の青色ダイオード。 暗い! 暗いのだ!大学の裏は、山というか林というか、なので周りに灯りがない。それなのに青だけなのだ。 白だよ! 白を混ぜるのだよ!それでこそ青が映えるじゃ ないか。 と、車の中で一人つぶやいた。(わて、なんぞ間違うた事言うとりまっか?)そうそう、白の灯りと言えば、先日不審な車を見たのだ。夜の11時を過ぎた頃、遅い、犬の散歩に出ていると、前から、屋根の上に白いライトを点滅させた車がゆ~っくりと走ってきた。静かに静かに走りながら、私の横を通りすぎ、あたりを覗う様に、新しく出来た高台の住宅地に消えていった。何なんだ?初めて見たのでちょっと気味が悪い。おりしも、あの忌まわしい女児の事件があった後なので。次男が帰ってきて、開口一番、“おかん、さっき変な車見てん。あんなん初めてや、なんやったんやろ”そして再び夜遊びに出かけた次男から翌朝、思わぬ拾い物をしたことを聞かされる。“昨夜な、下のとこでな、なんか赤いプラスチック落ちてたんやんか。”なんと、次男が拾ったのは覆面パトカーのライトのカバーだったのだ。 わ~ どんくさ!きっと気ぃ付いてなかったんやで。。。と二人で笑ったもののそのカバー、いまだに次男の車の中にあるそうな。 ええんかいな....(おまわりさんには秘密にしといてくれる?)
2004.12.22
昨日、次男と同い年で、そうとは見えないおっさんキャラの俳優のE君が、不良の子の多くは、居間を通らないで自分の部屋に行けるらしい、とテレビで言っていたのを、チラッと聞いた。そうなのよ。今の家を買う時一番気になったのがそれだった。玄関を開けるとすぐに階段がある。(風水的にもよくないらしい。)自分の部屋にこもってしまうのではないかと思ったが、な~んのことない。家に帰って来てもまっすぐ居間に直行。自分の部屋は物置と、寝るだけの場所になってしまった。今では一階の和室の隅っこに次男のコーナーが出来てしまっている。そして、犬とソファーを取り合いながら、何時までも居間でごろごろしている。あ~、うっとおしい!“あんたらぐらいの年の子って自分の部屋にこもるもんと違うんか?テレビは自分の部屋で見ろ!”とわめく私に“二階に上がるのめんどくさいし、二階のテレビはケーブル映らんし。”と言いながら、キッズステーションでアニメを見るお子ちゃまである。でも、居間でごろごろしているおかげで、チョコチョコと話が出来た。いろいろ友達の事も話してくれる。 聞きたくも無い悪行(あくぎょう)の数々も...
2004.12.21
次男は興味ある事とない事の差が激しい。勉強は小さい時から大嫌い。4年生の時、漢字の宿題をあまりにもやってこないので先生に、「明日やって来なかったら、お母さんに注意してもらうよ。」と言われて、プチ家出をした事がある。先生が気になって電話をくれて分かった。さんざん先生を心配させたが、家出に飽きた次男が電柱の影で私の様子を伺っているのを発見!のんきな母親に、「ホイ、お帰り。」と言われて家出終了。今は例のヤ○○さんにスカウトされるほどのガラの悪い車を更にバージョンアップ中。高校の時はバイクに熱中していた。(お金がないので原チャだけど)毎日バイクの雑誌を読み、部屋の中は足の踏み場も無いほどだった。なので仲間内では右に出るものは居ない。留年してプータローをしていた時はバイク屋稼業をしていた。自宅の駐車場で友人のバイクの修理をしたり、いろんな部品を使って一台のバイクに組み立てて売ったりしていた。役所に行って手続きもする、まさにバイク屋でした。これだけの集中力を勉強に生かせれば留年なんかしてなかっただろうな。本人曰く、“バイクの事で大学受験が出来れば国立大に行く自身はある!”と言うほどバイクの知識には自信が有るようだ。だったら、その道に進めば?と思うがそれはいやなのだそうだ。将来はバイク好きの“オヤジ”になりたいそうな。
2004.12.20
最近ボヤいてなかったんだけど、兄ちゃんから(長男)から連絡が無いんだな。3日の日に連絡したきり..5日からプーケットに行くからって言うんで「じゃ、行く前に電話しろ!」と言っといたのにそれっきり。帰って来たのかも分からず。ついに、昼ごろ電話してしまった。数回のコールの後に、“プチ”って。。こら~。親の心配も知らんと!(バイトだか寝てるんだか知らないけどサ。)と言っても今まで何の連絡もしてないのはお互い様。まあ、飛行機事故のニュースも無いし、日本人が事故に巻き込まれたと言うニュースも聞かないので、無事に帰ってきてるんだろうね。初めての海外旅行(私だって1回しか行った事無いないよう。しかも新婚旅行じゃ。)なので、最後帰る前には空港で自分の荷物を必ずチェックして、見覚えの無い荷物は捨てておくように、とだけ注意しときました。気付かぬうちに“危ない物”の運び屋なんかに仕立て上げられていたらかなわんからね。 “便りの無いのが良い便り”と思う事にしとくが、お土産は~?こら!! 長男!!母はチョビっと寂しいぞ...
2004.12.19
今日午後8時前に宅配が来た。(近頃の宅配は遅くまで配達しているので大変ですね。)お歳暮だと思ったら、私にだった。北海道のチーズとミニチェストのセット。記憶に無い!もしかしたら爆弾かも..いやがらせの品物かも..誰かに恨みをかっていないか..なんて考えてる間に手が勝手に包装をといていた。うれしいな~。今年もボチボチ出してボチボチ当たりました。整体院の施術チケット、チーズケーキ、メロン、お釜にポン、商品券3000円、そして今日のチーズセット。他にも些細な物があったかもしれない。そうなんだよな~、些細なものしか当たらないんだよな~。取り敢えず、ハガキ代の元はとれているみたい。でも、まてよ!今ここで運を使っていいのか?今年こそ、今年こその年末ジャンボが近いのに..今年こそ、当たったら、当たったら、家のローン一括でぜ~んぶ返してやる!! 夢がありそで、夢の無い話。 ハァ~。
2004.12.18
先日長男の通う大学から大学通信が送られてきました。その裏表紙に卒業生の方で素敵な話が載っていました。その方は、自分を「日本一無口な画家」と称する河村武明さんとおっしゃる方で、34歳で脳梗塞に倒れ、聞く事も話す事も出来なくなり、利き手の右手も動かなくなったそうです。リハビリ中に絵を描くことをフッと思い立って描いてみると、すらすら描ける。言葉は頭の奥から出てこないのに、絵としてイメージが湧いてくる。左脳の障害が、その反動から芸術感性を司る右脳の急発達をもたらした、と捉え(医学的に正しいかどうかは分からないけど)障害の代償に得た商売道具と語っています。ある先輩が「障害者とは挑戦のチャンスを与えられた人である。」という「チャレンジド」という言葉を教えてくれ、自分の事を誇れるようになったそうです。そういう河村さんは後輩に、これからもいろんな試練、逆境があるはず、もしかしたら障害者になるかもしれない。すべては「試されている」わけで、そんなチャンスが与えられた事を感謝してくださいとエールを送っています。お見舞いに来てくれた人々に感謝の気持ちが伝えたくて、合掌しているお地蔵さんの絵を描き、そこに「いつもありがとうございます」と書き添えて送った葉書が、自活の糧となっている「ポストカード」の原点になっている、“感謝してれば良いことあるでしょ!!”と締めくくっています。NHKや民放でも取り上げられた事があるそうなので、河村さんをご存知の方も居ると思いますが、こんな風に前向きに生きられるバイタリティに脱帽です。あの「五体不満足」の乙武さんが言っていた「障害は不便だが不幸ではない」という言葉を思い出しました。皆素敵な生き方してますね。
2004.12.17
今日骨髄バンクニュースが届いた。私がバンクに登録したのは今から12年前だ。まだ登録者数が3万人ぐらいの時だった。当時の目標は10万人。今年の11月には20万人に達したそうだが、現在の目標は30万人。移殖成績向上の為にはDNAレベルでの適合が必要とされるためだそう。私が登録した時、50歳までには(登録出来るのは20~50歳、50歳を過ぎると自動的に抹消される)チャンスがあると思っていた。3年前に1度移殖の候補になり、複数の候補者の中からより良い適合条件のドナーを選ぶコーディネートが始まったが、結局私は候補からはずれ、移殖はかなわなかった。残された時間が少なくなっている今、いつでもドナーになれるように健康に気をつけて生活しようと思っている。それと同時に若い方にドナー登録をしてもらいたいと思っているが、そういう我が子もまだ登録していない。私自らがドナーになれば考えてくれるチャンスでもあったのに、ちょっと残念な思いが残っている。私は積極的なボランティア活動はちょっと苦手(結構出無精)なので自分に出来る範囲のところでやっていこうと思っている。骨髄バンクもそうだし、臓器提供の意思表示カードも持ち歩いている。人間死んだらゴミになる。その前に使えるものは使ってもらいたい。そうやって命の輪が広がっていけば素敵な事だ。
2004.12.16
人間の脳にはいろいろなタイプがあるらしく、どうやら私は視覚で物事を考えるのが得意タイプらしい。例えば“滝”と言う言葉を聞いた時一番最初に、私の頭の中には ポン!と滝が現われるのだ。が、ある人は水の流れる音だったり、又ある人は、滝周辺のひんやりと爽やかな空気の“感じ”だったりするらしいのだ。夢を見る時は、いつも自分が夢の中に居るので、自分の姿を見る事は無いのだが、まるで映画を見るように自分の姿を見ている人もいるらしいのだ。今日パート先の店主とその話になって、彼も視覚で物事を考えるのが得意な人だとわかった。読書好きの人なのだが、困る?のは、小説など、映画のように人物の配役まで考えてしまっているので、実際に映画化された時失望してしまう事がある、と言っていたが、同感だ。こんな私なので、学生時代もたいくつな授業の時など、頭の中は他の映像でいっぱいになり、結構パラダイスな時間をすごしていた。デートで待ちぼうけをくらっても、そんなにイライラせず、パラダイスタイムを過ごしていたりする。(時と場合によりますが)あらっ、でもこれって視覚で考えると言うよりは、現実逃避か?注意力散漫なだけか?集中力欠如か? う~ん、その結果今の私が居る。パラダイスな授業時間を過ごしていなかったらもっと違った人生があったかもしれないな。
2004.12.15
昨日申し込んでおいた黄色の腕章が届きました。自治会の「腕章を付ける活動」に協力する事にしたのです。前にも書いたとおり、あの小学1年生の事件があったのは隣の校区なので、愛犬の散歩時、運動のための散歩時、徒歩の買い物やお出かけ時、バス停までの道中等に腕章を付けて注意を呼びかけようというものです。出来ればいつもの散歩を子供達の通学時間に合わせるなどしてもらって、子供達を皆で見守ろうということです。すでに父母の方は腕章を付けて送り迎えしていますが、より多くの目で子供達を守れたらと思います。昨日久しぶりに以前住んでいたマンションの知人に合いました。中2の女の子と、5年生の男の子のお母さんです。いつも若々しくて、とても中学生のお母さんには見えない人ですが、昨日はとっても疲れた様子です。聞けば今回の事件以来、送り迎えで気苦労が絶えないのだとか。特に中学生の方は女の子ですし、犯人がまだ捕まっていないのでなおの事です。あれ以降も類似の事件が多発していますので、たとえ犯人が逮捕されても気を許せません。こういう活動は些細な事ですが、少しでも防犯になるように地道に続ける事が大切かと思います。本当にもう、こんな変態の大バカヤロウが1日も早くこの地球上から消えますように願わずには居られないのですが、現実はウヨウヨと気味悪く増殖しているように感じます。どうすればいいのか...取り敢えず、私に出来る範囲で愛犬と一緒に “お散歩パトロール隊、出動します!!”
2004.12.14
先日次男が、「夕べはヤバかった。」と言って話しかけてきた。深夜に例のガラの悪い車で、とある場所にたむろしていたらしい。そこに本物のヤ○○さんが登場し、息子の車を見て「ヤ○○の車みたいやな。」と、フレンドリーに話かけて来たそうだ。続けて「運転手にならへんか?」と、これまたとってもフレンドリーにスカウトされたらしい。精一杯のヘラヘラ笑いで、丁重にお断りしたとの事。そうこうしているうちに、パトロール中のパトカーがやって来て、小競り合いに..コヤンキーの息子達にはとてもフレンドリーだが、さすがに警察の方とは敵対しているらしい。「おらぁあ~ん?菊の紋と菱の紋、どっちが強いと思うてんねん、おゥ~?」と、おまわりさんに絡んでいるのを見た息子は“菱の紋だよォ~。終わった!!”と心の中でつぶやいたらしい。おまわりさん、敢え無く退散。息子達もそのすきに退散。“本物者はこわいよう~、やばいよう~、”と実感した様子。でも、声をかけて来たヤ○○さんは、単なるチンピラという感じでは無く、将来幹部になるんだろうなと思わせる人物だった、とそれなりに関心していた。(オイ、オイ)こうやって、危ない橋を渡りながらも、少しずつまっとうな人間に成長していくんだろうな。とコヤンキーの親は息子の更正を願う日々である。 (あっ、でもそんなに悪い子じゃないんで...)
2004.12.13
いつだったか、バイト用の履歴書を書きながら次男が言った。 「俺って本当に字、へたやわぁ。」そして、自分に子供が生まれたら、絶対字を習わす。強くなければいけないので空手、音痴になったらいけないのでピアノかなんか楽器、水泳もやった方がええな、とのたもうた。およそ自分が育てられたのとは反対の育て方をするらしい。ということは、今の自分のようではダメなのだと気付いているのだな。それから続けて、子供はボコボコにして育てる、小さい時からそうやっといたら、大きくなっても親には反抗できないのだと言う。ほ~、と聞いていたが、ボコボコなんて多分出来ないだろうなと思う。あれで、子供好きなのだ。バイト先のコンビニによちよち歩きの子がやって来た時、家に帰って来るなり、「あ~とか言いながら、両手を広げてな、ヨチヨチ歩くねん。ムッチャかわいかったわぁ。」とニコニコ顔で話してくれた。そんなヤツなのでボコボコは出来ないだろうと思うのだ。習い事など好きにしてもらってもいいが、息子よ、賢くてしっかり者の嫁さんをもらいなさい。そして、願わくばその子が嫁さんに似ますように..でなければ、何年後かアンタの嫁さんは、私と同じ日記を書いているのに違いないのだ。
2004.12.12
家に居るといろんな電話がかかって来る。今日は若い女の子の声で、次男に電話があった。友達を装って勧誘の電話かけてくるの、いい加減やめたら?と思う。だいたい今時友達なら携帯にかけるでしょ。先月家の電話に若い男性から電話があった。“今度は何の勧誘?”と思ったが、「私、Kです。札幌でH君と一緒だった、覚えてくれてますか?」と、あぁ、確かに大人になったが聞き覚えのある声!「K君?覚えてるよォ。元気だった?お父さんやお母さんもおげんき?」と矢継ぎ早にたたみかける。聞けば、彼も又、1浪1留を経験し、まだ大学生なのだとの事。(ただし、同じ大学生でも彼はKOだそうで、比べ物になりません。)今でも家の家族の事を良く覚えていてくれて、皆元気かときいてくれた。おじさんは元気だが忙しくてヘロヘロになっている。弟は一応大学生をやっているが、小ヤンキーになっている。と伝えると、「BやD達にも弟居たじゃないですか、覚えてます?今みんなコヤンキーやってますよ。」と笑いながら教えてくれた。「そっか~、弟達あかんな~、みんなおんなじやねぇ。アハハ..」と息子の友人なのにまるで私の友達のように盛り上がった。彼は家の子が最初に転校した小学校に2ヶ月程後に転校してきた子で、5年生が終わるまで同じクラスだった。体格も同じ位で、いろんな意味でライバルでもあった。つかみ合いの喧嘩もしたが一番仲良かった子だ。引越しの日も、うるうるしながら最後までずっと見送ってくれた子である。小学校の時のメンバーとは今でも仲良くて、集まるといつもうちの長男の話が出るそうだ。今度、久々にクラス会をやるので、ちょっと遠いけど来て貰えないか、連絡してみようという事になったらしい。一緒に卒業したわけでもないのに覚えていてくれてうれしかった。長男の携帯の番号を教えて電話をきった。長男にその事で連絡をいれた。「おお~、Kかぁ、懐かしいなぁ」とは言ったものの「いまさら、何を話したらええねん..」とちょっと困惑気味。私のウキウキ感と違う話し振りにがっかりした。ずっと同じ土地に住んで、ずっと仲良くして来た子達と、あちこち転校を繰り返してきた長男と、温度差があるのはしょうが無いけどサ。なんか寂しかった。その後どうなったかは聞いてない。
2004.12.11
以前から切れていた二階の廊下のダウンライトが、又ひとつ切れた。いよいよ一番奥のひとつしか生き残ってない。早く換えなきゃと思いつつほっといたら、とうとう一個だけ。以前夫に電球交換を頼んだら、私の言葉が終わらぬうちに、“○○(次男)に頼んで!”と、つっけんどんな言われ方をした。次男は次男で“え~、おれぇ”って、もう頼まんワイ。で、電球の交換は当然私がしました。全く、我が家の男どもはな~んにもしないのである。男の子は父親を見て育つ、と思います。良く似てる、いや、悪く似てる。夫の父親も似た様な人であるが、電球交換ぐらいはやっている。義母が何も出来ない、口うるさく義父に言うからであるが。ほら、私は根気の無い人だから...こいつらに何言っても無駄だと思うので、さっさと自分で脚立を持ち出し交換するのだ。ビデオを買った時も、私が配線つなぎました。テレビとビデオとケーブルテレビのチューナーと何とかなりました。パソコンの時も、“パソコン買ったんだけど..”と言い終わらないうちに“自分でやって!”と、きっぱり。夫が使っているブロードバンド会社を聞こうと思った(知らないと言うのもどんなもんなんでしょう)だけなのに、この冷たさ。あ~あ~さいざんすか。。。では、ということで夫は2階、私は1階でケーブルテレビ会社でやっているのだ。無駄だ。だが、夫と話すのも無駄だ。何を言うか見当が付く。分からないながら、セットアップもして現在に至る。そうそう、実は私の特技は タイヤ交換 なんです。なかなかいないでしょ。この年で、女の人でタイヤ交換得意な人。札幌で住んでいた時、年二回の冬タイヤとの交換も私の仕事でした。 私ってえら~い。我が家のへたれの男ども、しっかりせぇよ。昨日の今日なのに、180度違う、夫にぼやきの日でした。
2004.12.10
箕面はお天気どうだったかな。今回お会い出来なかった方がた、次回よろしくお願いします。楽しいウォーカークラブで箕面に行く予定だったのに、今朝夫に用事を頼まれて行けなくなってしまった。残念!「これ、やっといて、見たら分かる。」と、駅まで送って行く車の中で紙切れをピラっと渡された。明日でも良いんだろうと思っていたが締切日は明日。一日遅れたら提出は来週になってしまう。“そんなん聞いてないよ~”と、迷った挙句夫の方を優先。ここんとこ、会話はほとんど無く、必要最小限の連絡事項のみ。早朝出社、深夜帰宅、平日の睡眠時間は4時間位。あまりいらいらさせずにおこうと思って..昔はこんな人じゃなかったんですけどね。土日は早朝より目覚め、家族および近所の子供達まで連れて、野に山に...ベランダには、飼育ケースや水槽が植木鉢と一緒に、所狭しと並べられていた時代もありました。下の子なんか生後6ヶ月でキャンプに連れて行かれ、熱だすは、台風くずれにあうは、たくましく育てられていました。(懐かしい北海道での生活。今考えたらムチャクチャやね。)でも、今は別人のようになって...“亭主丈夫で留守がいい”これはもう、どうしょうも無く真実です。これで世のご亭主達を敵にまわしてしまいましたね。でも、おそらく彼の方もそう思っていると思いますよ。1人の時間は必要でしょう?で、私は土日どちらかの午後にはパートに行ってます。結婚する時「断っておくけど、出世するつもりは無いからね。そのつもりでいてよ。」といっていた人だったのに、中小企業ではあるけれど、いつの間にか重要なポストについて、会社の事で精一杯。従業員の生活も多少肩にかかって来る。大変だとおもいます。よく体が持つなと心配もしています。一生懸命働いてくれていることには感謝していますよ。本当に。“ありがとうございます。”そういえば、もうじき誕生日。いくつになるんだっけ? 51? そう51。うん、若い、若い。そんな風には見えないよ。頑張れ、父さん。
2004.12.09
これは珍しく家の子の話では無い。先日国士舘大学のサッカー部員が、集団レイプで逮捕されたばかりなのに、又、今度は亜細亜大学の野球部だ。まったく、どいつもこいつもだ!!どちらも先輩にはプロで活躍する有名選手も多数いる、大学のトップクラスのスポーツ部だぞ!!何年か前には、帝京大学のラグビー部にも同じ事件があった。いずれの大学生達もトップクラスである。体格もデカイのだ。被害者の女性達の恐怖心は計り知れない。スポーツの名門大学故に、子供の頃から勝利至上主義の中で良い成績を残してきた者の集団だろ?そこでは相手を思いやる気持ちなんか、な~んにも教えて来られなかったのか?チームワークがどうこう言ったって、弱小チームじゃ無いんだから、所詮全員がライバルなんでしょ。人間を人間として扱えない学生ばかりを量産するなら、そんなスポーツ部、消えて無くなれ!!無期限停止なんて言わずに、廃部にしろ!!残った他の部員には本当に気の毒だけど、部、全体の中に本当にそんな空気は無かったのか?誰か止められなかったのか?集団心理と言うけれど、そんな甘い言葉で片付けていい問題じゃ無いでしょうが。。。。例のスーパーフリーの事件も、ずっと前の神奈川県の女子高生コンクリート詰め殺人事件も、新潟の女の子9年間監禁事件も、そして、最近の小学1年の女の子の事件も、数え上げれば限が無い多くの事件の根底にあるのは、自分の欲望のためだけに、女性を“物”としてしか扱わない、人権意識のかけらも無い大馬鹿野郎達の考えです!!性犯罪は、再犯性が高い。なのにあまりにも軽く見られ過ぎてないか?被害者は一生苦しむ。失われた命は戻らない。性犯罪は厳罰に処すべき!でなければ、安心して子供育てられないでしょ。産むめないでしょ。斯く言う私も、犯人達と同世代の男の子を持つ親である。加害者の親となった時、私は何ができる、何をすればいい...子供が小さい時から、「数ある犯罪の中で、女性に対する犯罪はサイテイだ。」と言い続けてきた。こういう事件が起こるたび、「こいつらは生きる価値も無いサイテイの連中だ!!」とわざと厳しく言ってきた。それを分かっていてくれると信じたい。信じるしかない。
2004.12.08
今日次男が、「髪を切りたいので散髪代をくれ。」と言った。いつも行く美容院の広告チラシが先日入っていて、カット代2千円である。「行けば?」と答えると、「おつりは返すから1万円。」 と言う。「何で何で?」と聞くと、ついでにメッシュを入れたい。10日にバイト代が入るのでその時返すと言うのだ。やっと髪も人並みの色になっているのに、”なんでわざわざ、しかも部分的に色なんか脱かなあかんのよ!”と思ったので言ってやったね。「わざわざメッシュなんか入れんでもいいよ。ほら、お母さんをみよ!年とったら自然にメッシュになんねん。」と。イヤイヤイヤァ~と笑いながら首を振り、手を差し出してきた。しょうがない、貸してやることにした。この辺が甘い所です。結局帰ってきたら、「おつりは無いねん。危険物の本買うたから。(ガソリンスタンドでバイトしているので資格を取るつもりらしい。)」とまあ私の予想通り、おつりは返って来なかった。「分かった、じゃ、給料日の10日には1万円返してね。それが無いと今月生きていかれへん。」と念を押しておいた。その分の1万円は必ず返す、と言う。多分これは返って来ると思う。いつもはカット代3千円は私が出してやっている。それが今回はまるまるかえって来るのだ。”ラッキ-!!”本人はまだその事に気が付いていない。早く来い来い、十日の日。
2004.12.07
昨日の続きですが、「あんたエエ親や。」の次に実は、「俺にとって都合のいい親。」というう言葉が続くのではと、後で気づいたのであります。実は、私は子供を叱る時に根気が無いのです。それが結果的に、甘さになって出ているんですが...何か頼まれたりしても、最初はだめ!と反対するんですが結局折れてしまう事が多いです。まあ、出来る範囲のことですが..長男とは大喧嘩になるんですが、さめるのが早いので、お互いに「さっきは言いすぎた。ごめん。」 「こっちも..。」てな具合に結構仲直りも早い。次男は超へそ曲がりなので、この”ごめんなさい”がなかなか言えないで、笑ってごまかしてしまうタイプです。反省はしているのは見た目にも分かるのだが、言葉にしないと相手には伝わらない、と言い聞かせています。おまけに、私から見ると結構しつこい。ずっと以前の事を覚えていて、ああだった、こうだった、と言ったりします。「その記憶力を勉強に生かせないのは実に残念だ。」と子供に言ってやります。子供たちが小学生のころ、悪さをして夫に叱られたことがあります。二人を前に座らせて長い間説教していた。最初は反省していた子供たちも、だんだんイライラしてきているのがわかる。あれじゃ、逆効果だと思いました。その後子供たちは何かしでかすと、「お父さんには言わないで、だってしつこいんだもん。お母さんに怒られた方が気が楽だ。」(このころは、関西弁ではなかった)と言うようになりました。これは、これで、「お父さんに言うゾォ。」とちょっとの間使えた。さて、我が家の家族の血液型は何型でしょう。詳しい方ならお分かりですね。私と長男はO型、夫と次男はA型です。血液型性格に根拠があるかどうかは分からないけど、違いはあるような気がします。まあ、お互いに足りないところを補い合っていければいいんじゃないでしょうかね。あれ? 私に根気がないので、都合のいい親になっている、と言いたかっただけなのに...
2004.12.06
相変わらず少年犯罪が多いですよね。そして、とかく親の責任が叫ばれます。その事について次男と話した事があります。「これは、やっぱり親のせいだと思う? たとえばアンタが殺人をしたとして、それは私のせいなんかなあ。」と尋ねた私に「いや、本人のせいやろ。」といとも簡単に答えた。「世の中間違うてるで、何でもかんでも親のせいしたらあかんで。」オヤオヤ、あなたからそんなお言葉が出るとは、ちょっと驚き!でも、分かってんねんな、肝心のところは。「そうなんだよね。親は自分の子供の事一生懸命育てているよねえ。口うるさく言うのも心配しての事だし、もって生まれた性格とかもあるし、子育てに絶対的なマニュアルなんか無いし、親の方も子育て慣れてないもんね。難しいなあ。」「そや、でも最終的には本人の責任や。せやけど、分かってないアホな親も多いで。自分の子だけはそんな事せん、って思ってるアホな親。そんなんの子供にかぎって、やってるっちゅうねん!」と自分の経験を元に話してくれよりました。本当に子育ては難しい。問題児を持つと親もいろいろ勉強させられる事が多くて、人間として成長させてくれるのも事実。つまり、神様は私にもっと勉強するように子供達を差し向けたって事?で、「こんな親はどうなの?」と自分を指差して子供に聞いてみた。「あんた、エエ親や。」と言ってくれた。 もう~、分かってるやんか~。だったらもうちょっと良い子になってくれ!と思った愚かな母でした。
2004.12.05
今日は夫も休みなので久々にゆっくり過ごした。昼食を終え、くつろぎながら新聞の折込チラシを見ていると電話が。私のパート先の店主である。「あっ、あの、確認なんですけど、今日○印が付いてるんやけど...」と言われ、あわててシフト表を確認。”あ亜ア亞阿蛙ぁ唖ァー、やってもうたぁ”今日は私の出勤日だったのだ。日曜だとばかり思い込んでいた。そうだったのだ。先週は私が日曜休みだったので、今週は私が日曜に出るとおもいこんでいたのだ。「今すぐ行きます!」とあせって答えると、「急がなくていいよ。ゆっくり来てくれていいから。」と言ってくれた。い、いい人なのだ。実はこれが初めてではない。”あ~もう自己嫌悪!!”その度に店主にはやさしくしてもらっている。私のパート先は、私と、もう1人のパートさんと、店主の奥さんと3人でそれぞれの都合に合わせてシフトを組むのできちんとした曜日は決まっていないのだ。失敗するのは私だけなんだけど...。 ハァ~。店主以下、こんな私にも優しくしてくれて感謝!です。働くときって、特にパートなんかでは、収入よりも環境の方が大事だと思う。以前のパート先では、社長はじめ、人間関係があんまり良くなくて、しょっちゅう入れ替わっていた。1年足らずでやめたけれど、ここは、知り合いに紹介してもらってから、かれこれ6年、楽しくやらせてもらっている。今日の事は、反省、反省。今日は子供のぼやきでは無く、私自身に、ぼやき及び反省でございました。
2004.12.04
12月です。師走なのだ。歳の瀬なのだ。なのに何なんだ、このポカポカ陽気。おまけに台風まで近づいているって、12月に...なんてこった。日本の冬は何処へ、頑張れ、日本の冬!あちこちでイルミネーションも点燈し、クリスマスらしい飾りつけもしてありますが、いまいち盛り上がらないと感じているのは私だけでしょうか。イルミネーションと言えば、以前住んでいた札幌のホワイトイルミネーションは良かったですね。近頃はあちこちで、それはそれは素晴らしいイルミネーションがありますが、札幌との違いは、”雪”なんです。あの白い雪があるから、ロマンティックでシンプルな美しさが映えるのです。ホワイトイルミネーションを初めて見たとき、”恋人時代にこの街に住んでいたかった”と思い、こんな素敵な街に住んでいる恋人達をうらやましく思いました。年が明ければ、雪祭りの準備が始まり、北の大地は真冬でも元気でした。札幌を離れてから、いつの間にか12年もたって、札幌で生まれた次男は20歳になってしまいました。月日の経つのは早いなあとつくづく思います。
2004.12.03
今日用事があって、長男に電話した。用件を伝えた後に遠慮がちに一言いった。「小遣い頂戴..」小遣いって、この前仕送りしたばかりだし、ここんとこそんな事言われたこと無かった。以前はよく、「食料を...」なんて言われて、米やらレトルト食品やら送っていたのだが、今の所でバイトを始めてからはとんと言って来た事がなかった。今年に入ってからは準社員になって、結構リッチなはずなのだが...5日から旅行に行くのだと言う。プーケットに10日程、友人達と楽しんでくるらしい。大学のうちに(時間に余裕のあるうちに)海外旅行のひとつも経験しといた方がいいだろうとは前々から思っていたので、自分で行くなら反対はしない。「いってらっしゃい。」なのだが、親をあてにするな、とは思う。”いや、別にどうしてもと言うわけじゃないんやけど.. 少しでいいんやけど..向こうは物価も安いから。”と、彼にしては控えめだったので、つい、「1万円ぐらいならだしてやらんでもない。」と言ってしまった。私はまだまだ甘い、やっぱり甘い。彼は、”それで充分、お土産買うてくるわ。”と言って喜んだ。以前の彼なら、もっとエラそうに大金を要求していたと思う。ヘタすりゃ旅行代まで出してくれといっていたかもしれない。まだまだ甘いが成長の後は見られる。気長に見守りますか、ってそんな歳でもないような気が....
2004.12.02
前にも書いたとおり、次男は高3に上がる時点で留年が決定しました。学校側は追試の前に補習もやってくれます。同じような仲間がたくさんいたけれど、彼らは勝手に、補習さえ出ていれば合格させてくれると決め込んで、バイト、遊びにあけくれていました。結局仲良くアウトになりました。それまでさんざん ”高校なんか辞めてやる。プ-タローでも何でもかまへんわ”と言い放っていた彼らも現実を突きつけられてうろたえました。同じ不良をしていても、自分達は高校に行っている、中卒でぶらぶらしているやつらとは違う。と、変なプライドもあったのにいざ突き放されると自らの処遇を考えざるをえません。仲の良かった3人の帰り道の会話、誰言うとも無く、「俺らこのままやったらただの落ちこぼれやん...俺、やっぱり大学行くわ...」「うん、せやなぁ...俺も行く事にするわ。」..(沈黙)そして現在3人とも大学生になっています。人生どのように転ぶかわかりません。彼らが大学生になっている事が良い事なのかどうかも分かりませんが、少なくともあのまま高校に行くよりは良かったように思えるのです。
2004.12.01
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