一日休めば、桜丸もかなり落ち着く。家にいる間は、Man to Manで学習する事ができるので、本人にも解りがよいし、自信が持てるようだ。普通の算数問題ではなく、積木のやり方でゆっくりじっくりと遊びながらできる。 理解があってこその「ゆとり」なんだって、つくづく思う。今迄学校がやってきた、「ゆとり教育」は、「ゆとり」と「暇」を勘違いしていたんだと思う。子どもは、かしこいので、楽をしようと思えばいくらでも「ゆとり」を「暇」に変える事ができる。そして、暇な時間をゲームや遊び等に費やす。 そこに「知」への向上心はない。友達化した教師を目指す教育に「礼」も「徳」も「尊」もない。学校は社会性を養う為に必要な場所だが、果たして、このような体制の中で、どのような子供達が育っていくのか・・・