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この何日かは、携帯の「緊急地震速報」のメールが鳴らない日々です。とは言え、震度4以下(以上だとメールが鳴る仕組みだそうです)のものは一日に数回はあるんですけどね。家がミシッと鳴ったり、静かな揺れがぐぐぐ・・・と来ると「また大きくなる?」という不安がよぎり必要以上にドキドキしてしまいます。この恐怖、当分は続くんでしょうね。。。心なしか南の方面で多いような気がするのは思い込みでしょうか。でも、どうかどうか皆さん「だだの思い込み」と笑わずに、くれぐれも気を付けて下さい。ジェリ 014 posted by (C)サスケ0620ジェリのこんな寝顔を見ていられるママは本当に幸せだよ。おねーちゃんが、とても寂しそうに言いました。「連休にみんな戻ってくるから会おうって話になったんだけど、福島に居る〇〇ちゃんは来られないんだって・・・」学生時代の友人たち(皆就職してあちこちに散らばっています)とはお休みごとに集まってワイワイやるのが恒例なのですが、今回もいつものメンバーに声を掛けたところ、福島在住の子だけが「行けない」と返事をしてきたそうです。交通の便なんかがまだまだ大変なんだろうねと言うと、そうではなく原発の風評被害で「福島からのお客様お断り」と言う張り紙があるお店があるという話を聞いて「怖くて県外に出られない」と言っているというのです。「そんなところばかりじゃないでしょ。それに顔を見て福島の人だって解るわけじゃないんだし」そう軽く言った後に気が付きました。彼女は「福島の人」だというのがバレるのが怖いんじゃなくて、そんな風に見られてしまった事、そんな風に見ている人達が居る事に傷ついて哀しくて怖いのだという事に。「伝染病でもあるまいし、みんなバカじゃないの!!」とおねーちゃんが涙を浮かべて言います。世の中の極端な反応に、相手を思いやらない言葉や行動に、何とも言えない憤りを感じます。まずは自分の安全を、そう考えるのは決して悪いとは言いません。でもそれが確保された先で、今も大変な思いをしている人達に対して更に傷つけたり辛い思いをさせる事をするのは余りに酷いです。会社の方の親戚が原発の避難区域から一家で避難してきたそうです。家からは一切何も持ち出せず、着の身着のままで両親と幼い娘さん二人の4人家族で仙台の親戚の元へと身を寄せました。当初はそんな長い生活になるとは思いもせずに、とにかく早く町を出るように言われただけでした。今年一年生になる長女のランドセルも家に残してきました。しかし、戻れる目処が立たない今は仙台の学校に入学する事にして新しいランドセルを買ったそうです。入学が決まった小学校も地震のせいで校舎の修復工事の為、近くの中学校で間借りをして授業をしているそうです。顔を見に行った会社の方が「ストレスでね、まだ小さい子供なのに口の周りにヘルペス作って痛そうだった。」と言っていました。本来なら何の心配もせずに無邪気に遊んでいられた年齢なのに。この子にはそんな話はありませんでしたが、避難先で転校した子供の中にはいじめられて哀しい思いをしている子も居ると聞きました。どうしてそうなるのでしょう。大人が悪いです。直接子供に対して言わなかったにしても、どこかで態度に出ていたり、陰で言って居たり。大した知識も無いのに、いかにも解ったようにして忌み嫌ったりして。もちろん私だって大した知識はありません。でもどっちみち無いのならいじめに走る無知より、一緒に遊べる無知で居た方がいいと思う。力を持たない弱いものが辛い目に遭うのは本当に哀しい事です。ジェリ 015 posted by (C)サスケ0620みんなで守ろう、そうは思えないのでしょうか。
April 24, 2011
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前回の日記で書いた杉山金属(株)さんより、荷物が届きました。お願いした代替用のフタと一緒に、電源だけで多様な調理が可能なグリルパンも送って下さいました。頂いた鍋 posted by (C)サスケ0620鍋の深さが約6センチある為、焼く、炒めるの他に煮込みや鍋物にも使える便利なものです。おねーちゃんと二人で「すごいね~ありがたいね~」としばし見つめていました。ご厚意に感謝をしつつ、有難く使わせて頂こうと思います。余震から二日間、ずっと家に閉じこもりきりでした。再び散らかった部屋の片づけをしながら、少しでもジェリの側に居てあげようと思いました。あらためて思うと、最初の揺れの中たった一人で頑張ったジェリに本当に可哀そうな事をしたなぁと思ってしまいました。おねーちゃんが無造作にガタンと大きな音をたてたりすると、物凄く驚くだよね~可哀そうに。ON THE トラちゃん posted by (C)サスケ0620「まったく むしんけいなヤツでしゅよ。。。」今日初めて自転車で近所を走ってみたのですが、余震と言えど震度6の威力は大きかったようで、最初の地震後にようやく営業を再開し始めていた近所のレストランの壁が剥がれかけて再開不可能の状態になっていたり、3日前までは大丈夫だったマンションを囲むブロック塀が崩れかけてロープで縛られていたりと、前回は何とか持ちこたえた建物に新たな傷みが出ている箇所があちらこちらにありました。ようやく決まっていた始業式の日程が、新たなダメージで延びてしまった学校もあるそうです。まだまだ可能性があるという余震ですが、いつまで続くのだろう。関西ガスの方が来て、我が家でもやっとガスの開栓をして頂けました。「お待ち申しておりました~」と出迎えた私に、立ち会いの方も「そうですよね~」と笑って仰っていました。1日一人50件を任されて、連日訪問しているそうです。遠い所から来て頂いている皆さんに、本当に頭が下がります。余震のせいで一度開栓した箇所も、再度点検が必要になった所もあるそうです。こつこつと頑張ってきたのにと思うと何とも悔しい気がします。久しぶりに台所で料理らしい料理をしていると、以前を思い出したジェリちゃんが。。。真剣おねだり posted by (C)サスケ0620真剣おねだりの表情です(笑)一か月ぶりのお風呂は、まだまだ頑張っている人達の事を思うと湯船のお湯は半分だけにしました。
April 10, 2011
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本日の予定だったガスの開栓は、予想した通り明日以降に延びてしまいました。やっぱりなぁ・・・でも仕方ないよなぁ・・・と思いつつも残念です。(ToT)/~~~お風呂や~い~♪でも、せっかく復旧したのに再びストップになっちゃった所も随分とあったらしいので、もう少しだけ辛抱、辛抱。点検が不十分で事故なんかになったら、それこそ大変ですもの。昨日の帰り、車の中から作業服にネームプレートを下げた集団を見かけました。私が見たのは2グループで、ざっと100人位。多分、ガスの復旧のお手伝いに来て下さっている関西ガスなどの方達なんでしょうね。車の中からでしたがひそかに「ありがとうございます」と頭が下がりました。本当に助けて頂いて感謝です。借り物ののお鍋 posted by (C)サスケ0620おねーちゃんの友人が「ガスがなかなか使えるようにならなくてねぇ」と話したら「二台あるから」と言って、手持ちの電気調理鍋を貸してくれて喜んで使っていたのですが、昨日の大型の余震の際にテーブルの上から落下。ガラス製のフタが割れちゃったんです。自宅の物なら「あーあ」で諦めるけど、借り物なので困ってしまい底に書かれてあった杉山金属(株)をネットで検索して、問い合わせのメールを送ってみたんです。あまり最近の商品ではなさそうな事、出来ればフタだけを取寄せたい事を書いてお願いしてみました。そうしたらすぐに代替えの品を発送してくれるとのご返事とともに「少しでもお役に立てればと思い、当社製品のグリルパンを同送させて頂きますのでどうぞお使いください。余震など不安や心配なこともあると思いますが、微力ながら私達に出来る手助けをしていきたいと思っております。頑張ってください。」との温かい言葉と一緒に料金不要の書き添えまでがありました。もぅ、どうしたらいいのでしょう。本当に有難くて涙が出ました。私はそんな風に仰られるなど夢にも思わず、ただただ娘の友人に壊れた物をお返しする事は出来ないと大慌てだったんです。もちろんネット銀行から代金は振り込む旨もお伝えしました。そこに思いもよらずこのような温かいお気持ちを頂き驚いてしまいました。本当に沢山の人達、名前も顔も知らない人達が、とてもとても心配して下さり応援して下さっているんです。有難いです。「みんなつながっている」フジTVかどこかのCMで、そんな言葉を聞いた時以前はなんだか白々しい~なんて正直思っていたのに。今は「本当に皆、どこかで繋がっている」誰かを助けてあげたなら、またその先の誰かを助けられる事になるんだ。そんな風に本当に思えます。だから自分が誰かに助けてもらったなら、私も次の誰かの力になってあげたい、そう真剣に思う事が出来ます。昨日の余震が来る前の夕方に、未々子さんから大きな大きなダンボールが届き、生活雑貨、食品、飲料などを大量に送って頂きました。どれもきっと「どんな物が足りないのか」といろいろ考えながら、お店の中を歩き回ってくださったんだろうなぁと、まだお会いしたことも無い未々子さんの姿が思い浮かべて「ありがとう」と頭が下がりました。今回の出来事では、本当に沢山の方達に力を貸して頂きました。そのおかげで、本当はすぐにクヨクヨメソメソする私のはずが、一度も凹む事無く元気で頑張っています。本当に有難うございました。もう、大丈夫、元気に頑張れます---!眠たい・・・ posted by (C)サスケ0620「ゆうべはヨシンがあってねぶそくでしゅ・・・」すやすや posted by (C)サスケ0620「いまのうちにねるでしゅ」すやすやすやじゃまするにゃ~ posted by (C)サスケ0620「だ~か~ら~、ジャマしないでくだしゃいって~」
April 8, 2011
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皆様、とりあえず皆無事です。そろそろ寝よう・・・って思って布団に入った途端の揺れでジェリをぎゅっと抱っこしながらベッドに座ったまま耐えてました。11日よりは揺れの時間は短かったものの、大きさは同じくらいに感じました。一時、津波警報も出た為、玄関前でご近所の方達とパジャマ姿のまま怖くて一時間以上も話していました。今回は電気、水道は大丈夫のようです。ガスの供給再開が今日の予定だったのに。どうなるんだろうなぁ・・・やっとお風呂に入れると思ったのに。会社に電話をしたら「前回同様、事務所の中はガチャガチャだよ」との事。また一からやりなおしです。。。ガス開栓の立ち会い(来るかどうかわかんないけど)の為、休む事が心苦しいけど、まだ怖がっているジェリと今日は一緒に居てあげようと思っています。
April 8, 2011
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今日、久々にジェリがキャットタワーのてっぺんに登っていました。震災以来、初めてです。pcとジェリ posted by (C)サスケ0620 ※ はテーブルの上ですけどね(笑)もともと地震を意識して、背の高い家具は置かないようにしていた我が家で、唯一倒れたのがキャットタワーでした。帰って来た時にはゴロンと転がっていたので、一人で居たジェリはそれはそれは怖かっただろうなぁ。起こしてやった後も、下の小部屋や一番上のスペースには登ろうとはしていませんでした。それが今日、知らないうちに一人で登っていました。「ジェリ、登れたねぇ」と言うと、顔を近づけてスリスリしてきました。ジェリなりに恐怖心を克服出来たのかも知れません。強い子にゃ posted by (C)サスケ0620「強い子でしゅよ」気が付けば、もう四月になっていました。日々、無我夢中だったので月日の感覚がマヒしているのかもしれません。桜だって咲き始めるし、新学期だって始まるはずたったのにね。学校が始まるのは、もう少し先になるようです。お店の開いている時間帯がすこしずつ長くなってきて、バスの本数が少しずつ増えてきて、水道・ガスなどのライフラインの回復も、日々進んできています。皆が一生懸命になって、地震以前の日々を少しでも取り戻そうと努力をしています。がんばっています。朝、目覚まし代わりに映るテレビの音を聞いていると、なんだか何も無かったような、以前と変わらない生活を送っている、そんな錯覚を起こすことが時々あります。起き上がり頭がハッキリしてくると「やはりこれは夢ではなくて現実だ」そう自覚します。私は今、こうして温かい部屋に居るけれど、寒くて暖房も行き届かない所で、まだまだ不自由な生活をしている人達がまだ居ます。私や私の会社の人達のように、一見、直接的には打撃を受けず、自宅で生活が出来ている、そんな人間達にも、これからは二次的なダメージというのも少しずつ出てくるのかも知れません。得意先の会社が流されて回収不可となった売掛、仕入れようとしてもメーカーの製造ラインが被災して商品不足で入荷が出来ない、などせっかく踏みとどまったはずなのに、そこから進む道が無くなってしまう。そんな事が起こり始めています。「どうなるんだろうこれから。どうしていったらいいんだろう。」そんな風に考えて立ち止まってしまいます。「こういう時にはこうすればいいんだよ」教えてくれる経験者が居ない、それほどの大きな大きな災害に私達は立ち向かっていかなくてはならないんですね。ネココロリ時代にお店のお手伝いをしてくださったnonnonkiさんが食料を送って下さいました。 ありがとうございます(涙)大阪在住の彼女はテレビで見る状況に心配してくださり、すぐに食べられる食材をと沢山送って下さいました。原発事故の件もあり、大阪でも水は一人二本までの制限が出てきているそうです。それなのに、その分も送って下さいました。本当に有難いです。当分の間は、昼間に抜け出しての買い物もしなくて済みそうです。(お店が帰りには閉まっているので、時々日中に買い物に行かせてもらっていました。)今は少しずつ改善されつつあります。私は肉親との縁が本当に薄く、親戚もごく少ないのですがこんな時に気にかけて心配してくれる友人が居てくれるというのは、それが何よりも本当にありがたいことだと思います。
April 3, 2011
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